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Ⅰコリント11  

「主に倣え」「私に倣え」ということは主の「十字架」に倣うということ
11:1

*普通、「主に倣え」などと言われると、「そんな畏れ多くて」とか、
また、人が「私に倣え」などといえば、「なんだ偉そうに」と不遜な感じを抱くでしょう。
しかし、どうもパウロの文脈はそうじゃない。
私たち一人一人が、主の「十字架」にならって、日々の重荷を負う、
そのとき、逆説的に、実存的に、福音を聞くのだ、
という信仰が根底にある。
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