「南無アッバ」を生きる ホーム » 連載「井上神父の言葉に出会う」 »(31)-11 神父の正直な葛藤

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

(31)-11 神父の正直な葛藤  

繰り返しますが、かの「シンポジウム」(一九八二年一月)で神父は、

<私のイエスはやさしいのです。イエスのまなざしはやさしいわけですよ。> 

と発言しています。

しかし右の述懐によれば、「天才パウロ」と出会う(同年二月頃と推定)前の神父は、そうしたやさしいイエスには「似合わない」「旧約の裁きの神ヤーウェを思わせるような師イエスの言動や言葉」に、「どうにもならない袋小路に追いつめられていくというようなあせり」を感じていたというのです。

ということは(わずかの時間差ですが)、先の発言は、そうした「あせり」を感じつつなされたものと推察できるのです。


おそらくその時間差は、1~3ヶ月程だったのではないか。

いずれにしろ時間の長さより、神父が葛藤の中で「私のイエスはやさしいのだ」と発言したことが、私には親近感を持たせてくれたのでした。

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/2082-c11eddd7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

講座・南無アッバの集い

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

カテゴリ

全記事表示リンク

▲ Pagetop