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(30)-18 深化する神学  

本題『人はなぜ生きるか』の「私にとっての聖書」(一九八五年)に戻って考えますと、このエッセイが書かれたのは、『日本とイエスの顔』(一九七六年)の初版から九年目、さきの「あとがき」(一九九〇年)の五年前です。

ということはこの一文は、右に述べたような「確信」が、井上神父のなかで「ますます」強くなっていった時期に書かれたものということになります。


井上神学が、最初から固定的なものではなく、井上神父の思想や体験と共に、深化し発展していったということ。

私たちが20数冊の著作を読むときには、そのことも頭に入れておきたい。

昔、井上師に、「Aの本にはこう書いてありますが、Bにはああ書いてありますが。。。。」みたいなことを聞いて、お叱りを受けたことがありました。(笑)
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