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(30)-16 福音書はバイアスがかかっている  

すなわち福音書記者マルコにはマルコの、マタイにはマタイの編集目的や関心があり、その方針にそって、伝承の取捨選択・構成がなされ、ときには加筆修正や削除など、伝承そのものを「変える必要」もあったということです。

大まかに言えば、それぞれの伝承は福音書記者の意図や関心によって、さまざまなバイアス(偏り)がかけられて編集されたわけです。


人間的な意図が聖書に反映されていることは、否めない。

ただ、そのように編集された聖書が「聖なる」書ではない、ということは簡単には言えないでしょう。
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