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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

(30)-4 『風』第89号 井上洋治著『人はなぜ生きるか』における<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>をめぐって  

すなわち、『新約聖書』を実践指導書としてとらえたことに対する批判、神を「無」としてとらえることへの疑問、そして最後が、いま話題にしている、

<「イエスのとらえた神理解」に対する私の考え方であり、そこから生じてくる「旧約」と「新約」の関係の問題>(二四九頁)

です。

そしてこの最後のものについて神父は、

<やはり私が提出している問題の最大のもの>(同)

と自ら述べています。


3点とも、いろいろな批判にさらされましたが、どれも、日本人がその感性でキリスト教に求道しようとすれば、意識するとしないとにかかわらず、つまずきとなる事柄に対応しています。

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

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