「南無アッバ」を生きる ホーム » 連載「井上神父の言葉に出会う」 »(30)-2 『風』第89号 井上洋治著『人はなぜ生きるか』における<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>をめぐって

(30)-2 『風』第89号 井上洋治著『人はなぜ生きるか』における<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>をめぐって  

のちに井上神父は、「旧約」神観の否定・超克の上にイエスの教えがある(『わが師イエスの生涯』三三頁他)ことを、明言していきますが、その前提として、新旧約聖書に表れた神観の違いを「明白」にすべきだということ。

ここにすでに、新旧約聖書の連続性より断絶性を強調する井上神学の特徴が見てとれます。
それはまた同時に、日本人のキリスト教理解、ひいては伝道に「極めて大切」であるというのです。


イエス様は命をかけて、「アッバ」と呼べる神の母性原理を説いたわけですが、
井上師ご自身も、上のような「断絶性」や母性を語るに、破門すら覚悟した時期もあったのです。

そう考えると、昨年の岡田大司教との対談など、感慨深いものがあります。
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