「南無アッバ」を生きる ホーム » 求道詩歌誌「余白の風」 »(10)アッバ讃句コーナー(第三回)=第193号 2012年1月発行

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

(10)アッバ讃句コーナー(第三回)=第193号 2012年1月発行  

「風」第八九号転載

 クリスマスおめでとうございます。
今号にはたくさんの作品をお寄せいただきました。

日本人であれば小学校以来、俳句や短歌のようなものは必ずどこかで作ったことがある、といいますが、今回頂いたお手紙のなかにも「日記に書きとめておいたもの」とか、「昔の手帳にあった句を直して」などとあり、短詩型がいかに日本人の心性に親しいものであるかが伺われます。
ぜひ続けておつくりください。

儘ならぬ人の世と聞く神在す   長谷川末子

 上中句と下句の断絶にどきりとします。自分としては、あれこれ誠実に努力してきたつもりなのに結果がでない「儘ならぬ人の世」。人生は、世間はその繰り返し。

そして気がつくと、身体も心もくたびれ果てている、まさに儘ならぬ状態。しかしそのとき作者は「神在す」現実に気づいたというのです。

儘ならない――自我が満たされないからこそ神がいる――わたしたちの狭い自我をこえて、アッバは必ず「万事益となるように働き給う」(ローマ八・二八)と受け取る信仰。

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