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第190号 2011年10月発行  

余白の風 190 号 2011-10.pdf

*日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる

会員作品とエッセイ(*主宰コメント)
  
一宮市  西川珪子
天の門ひらかれていし秋の空
病葉の散る一瞬を祈りつつ
聖堂にロザリオを繰る秋深し
明月や夢故郷の山や川
秋草を摘むひとときの平和かな

*②一期一会。生老病死、人生の儚さへの祈り。③真に落ち着く、生きた時間。④最後に帰る思いは故郷の自然。⑤小さいものに見出す真の平安。震災や台風、この上半期は生きるとは何か、日本とは何かを考えさせられました。


秦野市  長谷川末子
若草色のスイッチョが/カーテン揺れる中にいる/何年振りの訪れに友を迎える心地する/机の端にガラス戸に見え隠れする細い足/今朝目ざめると枕元ふっと気付いた気がついた。胡瓜を薄く二三枚網戸を開け虫を置く/閉めて淋しく外を見る素早い動き又肩に/テレビ体操する時も肩から首へ頭へと/「もういいんだよ外は秋」/外に放ってさようなら/心の沈む数日を慰められて喜んで

*考えてみれば、虫も植物も人類よりずっと昔から生きのびている――大先輩なんですね。悠久の時間から訪れた「友」一匹のスイッチョに感謝!

稲城市  石川れい子
敬老の日や早朝の露天風呂
虫時雨読経の如く休みなく
草の花十花十色の個性かな
葡萄園の主の想ひ南無アッバ
引退の神父のはなし身に入みて
  主宰「求道俳句集」選
わだかまり解けて月指すトマの指
仰ぎ見る十字架優し敬老日
穴惑い両輪見事かわしけり

*九月一八日(日)東京・立川教会にて行われた井上神父共同司式のミサ(裏面写真)に参加された由。お説教(音声)は平田のブログ「南無アッバを生きる」にアップしています。(前号作お詫びと訂正「ひまつぶし」→「ひつまぶし」)


名古屋市  片岡惇子
渋柿の青き信仰南無アッバ
秋の蝶余力を信じ天に発つ
鰯雲棄てきれぬものあと一つ
白無花果燃えて弾けて透けてゆき
鰯雲解き放されてただ浮かぶ
秋暑し重ねし年を捨てきりし

*①上五中七が利いている。テレジアの幼子の道を想う。②もうだめかと、ふと思う一瞬、アッバの励ましがある。③捨てようとする自分もアッバに任す。⑤「ただ」がポイント。無我の境地への憧れ。


大和市  佐藤悦子
実る穂のベクレル数値南無アッバ農家の友の声近づけり
秋の庭に宇宙のカメラとらえたる日の出の十字架聖なる光
病みて知る小さき花よ南無アッバ
老いゆきてテレジアの道ナムアッバ

*①被災地の友を思う。「わたしたちにもそのような人々の心を写し取れる友の心をお与えください。」(風の家の祈り)まさに今祈るべき祈り。③④テレジアの究極の祈りを日本語にすれば「南無アッバ」


豊田市 佐藤淡丘
船宿の櫂のさやけしむすびの地
秋日浴び水門の鯉旦悠然
リズムもて漂ひはじむあきつかな

吟行抄
 秋初めの一日、小さな結社の小さな吟行を奥の細道むすびの地(大垣)で過しました。
 水の都にふさわしくお城を取り巻く水門川は、伊吹嶽の自噴流と重なり今も清い流れを醸し出しています。吟行での作句は思うに任せませんでしたが、この日の《おとづれ》は無性に亡き畏友、カトリック俳人、岸貞男の面影が浮び、この地で詠ったであろう作品が終始気になる不思議な一日でありました。

  美しきさみしさ川藻うねりをり
  炎天行く十三人のそのうしろ
  水の上に一人が立ちて水澄めり
            岸貞男句集『花魂』より

*「作句は思うに任せず」と仰りつつ、いつもながら安定した詠みっぷり! たしかに吟行や句会などで、主題と違った昔のことが妙に思い出される、という経験はあります。アッバの計らいか。岸氏の洗練された三句も、ありがとうございます。


京都市  瀧野悦子
ちちろ鳴く山のお寺や南無アッバ
ひぐらしや日に二便の山のバス
聖書読むとことん秋の夜長かな
書に倦みて独りに倦みて長き夜

あっ危ないブレーキ握るわたくしにそしらぬ顔のお城の鳩よ
毎朝、自転車で二条城を半周しながら四条へと向います。この鳩はわたくし、ブレーキはアッバです。アッバに守られている日々。

*なんでもない日常にこそ真理が見える、そう感じさせるお作。人が命の危機に際して思い起こすのは、人生の大事件でなく、毎日食べたお味噌汁の味や、あるとき交わした何気ない会話のことだといいます。南無アッバ


蓮田市  平田栄一
復活したイエスの第一証人はマグダラのマリア元娼婦たり
俺が立つ所はどこにもないのだろう俺を立たせる無があるばかり

寄贈誌より    
「日矢」五六〇号          新堀邦司
鴎外に秘めたる恋や沙羅の花
天近き檜原村や星涼し
はも料理京に伏見の銘酒あり

『幼きイエズスの聖テレジアの教訓と思い出』覚書2
テレジアは「霊的幼児の道」によって、より「謙遜」となった。事実、「小さき者」として終生、修練院にとどまった。(18)

「隣人が時折、私どもをけなすことをたいへん喜ぶべきです。というのは、だれもそういう仕事をする人がなければ私どもはいったいどんなになるでしょうか。ですから、それは得なのです。」(20)
――「謙遜」の徳について、けなしてくれる人がいるから、謙遜になれる、ということか。

「私でしたら(略)、不正当にとがめられるほうを好みます。自分には何もとがめることがありませんから(引用者注:自分からは自分をとがめることがない、ということか)、そして私は神様に、喜んでそれをお捧げいたしましょう。次(のいつかの時)に(は)私にしても、そのとがめられたことをやりかねないと考えて自らへりくだります」(21)

「謙遜は真理であると私には思われます。(略)」彼女の教えの土台は、自分が弱さそのものであることを見ても悲しまず、むしろわれらの弱さを誇ることを教えるにあった。「自分が弱く小さいものであることを感じるのは、いかにも快いことです。」と彼女は言っていた。(傍点原文、21)

――「わたしは弱いときにこそ強い」(Ⅱコリント一二・一〇)というパウロの逆説を思わせる箇所。

「今のところあなたに必要なことは英雄的徳を実行することではなく、謙そんをかち得ることです。それがために、あなたの勝利にはいつも失敗がまじっていなければならないのです。あなたがその勝利を嬉しく思うことができないように。かえってそのことを思い出すと自分が偉大な霊魂ではないことに気づき、あなたをへりくだらせるでしょう。」(24)
――一〇〇%成功!と思えない方が、かえって大事なのだという。

「不完全であったことが、私には喜びのように思われました。きょう、神様は、私に大きなお恵みをくださいました。よい日でした。」と、それで私は、どうしたらそんな気になれるのかと尋ねた。「私の小さい方法、それはいつでも嬉しそうに、いつもほほえんでいることです。ころんだ時にも勝利を博したと同じように!」と彼女は答えた。(24~25)
――不完全やころんだ時に喜べる、これこそ弱さの中の強さ!

彼女は十字架上のイエズスの聖画の下に次の言葉を書いておいた。「主よ、私があなたをお愛ししていることはよくごぞんじでいらっしゃいます。(ヨハネ二一・一五~一七)けれど私をお憐れみくださいませ。私は罪びとにすぎませんから(ルカ一八・一三)」と。これは彼女の常日頃の心がけをあらわしたものである。(25)
――罪人のまま愛せる、というのは、わたしたちにとって意外に新鮮な発見!
定例・南無アッバの集い平田講座十月二十九日(土)

*どなたでも参加できます。初心者歓迎。
*入会希望等お問い合わせは、サイドバー「余白メール」にて。
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