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第88号-特集:求道俳句概論  

2003/9/1
発行者:平田栄一


【特集】

平田栄一求道俳句概論
余白への旅

島 一木

一、その出発
平田栄一は、二十六歳のとき(一九八一年八月)にキリスト教カトリックの洗礼を受けている。彼に洗礼を授けたのは、小説家の遠藤周作との交友でも有名な井上洋治神父である。俳句を始めたのは、それから五年後のことであるから、平田栄一俳句は出発時から信仰者の俳句ということになる。

信仰などいらぬという涼しい目をしている
一九八六・〇八

神を呼び神を疎ましく生きている
〃   

 「私の句作動機は、当初から求道的なものであった。洗礼を受けたものの、今一つ救いの実感が持てない心許なさに悩んでいた(中略)。何か具体的に形になる求道手段が欲しい、そう思いながら悶々としていた」(「青年句会報」第69号)。彼は、書店で荻原井泉水の著書『新俳句入門』に出会い、「層雲」自由律の門を叩く。



二、その活動
「層雲」に入会してからの活動には目覚ましいものがある。四年目で新人賞を受賞。そして、一九九〇年二月には、「層雲」の若手作家を中心とする「青年句会」を立ち上げる。「氏には青年句会発足当初からお世話になりっぱなし、主催もずっと自分でなされ、キャシャなあの細身の身体でよくもまあ続けてこられたと感心するばかりである。句会では驚くまでに正確無比鋭い句評が歯に衣を着せぬまでにポンポンとびだし、酔ってはまるで酔虎のように俳界の過去現在未来を吠えまくしたてる」(比田井白雲子「言葉の伝導者」)。青年句会メンバーの述懐だが、当時の情況が生き生きと伝わってくるようだ。

手相見にもう客がいて浅草仲見世師走の朝
一九九〇・〇三

不発弾眠る杜の蝉しぐれ
一九九〇・一〇

散文的朝、韻文的夜
一九九二・一〇

一方で、「鳩よ!」「月刊宝石」に創句──永六輔氏による造語で「自由律より自由に」「俳句のような短文ならなんでもどうぞ」という趣旨のもの──を投稿して最多入選を果たす。「俳句空間」へ作品を投稿し始めるのも、この頃からである。

失業中きのうと同じカーテンの位置
一九九一・〇二

月夜の海体内時計遅れがち
一九九一・一〇

蝶ひとひら 改札で呑む強心剤
一九九三・〇三

産声以前 たしかに溜息
一九九三・〇六

晩鐘のように母の小言を聞く
一九九七・〇七

 年月順位に記録された全発表作品の資料を眺めると、現代俳句協会や俳句総合誌へと活動の場を広げていく様子がよくわかる。才能ある俳句作家の順調な滑り出しと言うべきだろう。「層雲自由律」(「層雲」は「層雲社通信」「層雲自由律」と誌名を変えていく)を活動の中心としながらも、「俳句ポエム」や詩誌「泥水」等へも投稿している。成星出版刊の『現代歳時記』にも作品が掲載された。「豈」に参加するのは30号(一九九八年七月)からである。しかし、二〇〇一年七月には「層雲自由律」を退会。同九月に、主宰する「青年句会」を「余白の風」と改称して広く詩と信仰の場とするなど、求道中心の方向へと急展開し始める。このことについては後に改めて述べる。所属誌も、二〇〇二年一月「海程」、同十一月「紫」と目まぐるしく変転して現在に到る。

雲を喰い尽くした植木屋の消息
一九九五・〇五

雷鳴七つ のちの虹 のち広場
一九九五・一一

離人症の足裏疼く夏木立
一九九八・〇七

祈りを忘れていた虚無が手のひらにある
二〇〇一・〇一

多発テロ葡萄の重さ手に余る
二〇〇二・一〇

 彼の旺盛な活動は俳句だけに止まらない。『今を生きることば』(女子パウロ会・一九九四年)、『やわらかな生き方』(サンパウロ・一九九六年)、『人の思いをこえて』(ヨルダン社・一九九九年)、『雨音のなかに』(ヨルダン社・二〇〇〇年)など求道的エッセイ詩集を多数出版していることからも、その情熱のほどは知れよう。ホームページ「今を生きることば」は、全国のキリスト者や求道者の活発な交流の場となっている。



三、その作品展開
 最初に述べたように、平田栄一の俳句とキリスト教は切り離せない。「神の問題がなければ、おそらく私が俳句にかかわることはなかったであろう。私にとって求道と句作は同時展開し、切り離して考えることはできないものであった」(「神を詠む──現代俳句協会青年部勉強会寸感」)と書くほどだから、いかにクリスチャンらしく敬虔な作品ばかりかと思いきや、実際には、次のようなおよそクリスチャンらしからぬ作品が目白押しである。

妻に憎しみ持つ夜の冷たい足
一九八九・〇七

来ない女を待つブラック一杯分の夕陽
一九九〇・〇八

美少年Aいつから鍵穴を覗く癖
一九九三・一二

死出の旅たとえば豆腐の上を往くような
一九九五・〇六

酔いどれ黄金虫 起きよ 手をのばせ
一九九七・〇一

 本稿では作品をほんの一部しか紹介できないが、資料にはもっと生々しい、普通の生活者と変わらない、いやそれ以上に振幅が激しいのではないかとさえ思われる感情生活の記録が並ぶ。これは一体どういうことなのだろうか。信仰を持ってもなかなか現実とは相容れない実生活上の葛藤の表出と受けとるべきだろうか。ある程度はそうかもしれない。だが、事はそれほど単純ではない。そもそも洗礼を受けたときの心境を、「越えがたいと思っていたキリスト教の敷居、実はそんなものは最初からなかったのだ、今あるがままの自分でよいのだ、ということに私は師(井上洋治神父・筆者注)によって徐々に気づかされていった」(『わが心の春夏秋冬 第二集』潮文社)と述べる彼にとって、信仰を持たない者には一見とりすましたように見えるクリスチャンらしさなどとは、初めから無縁であった。

不治の病人(ひと)見舞った日の妻強く抱く
一九八八・〇〇

捨て置け 神が拾う
一九九〇・一〇

利き耳立ててる街路樹 人間不信
一九九二・〇八

花絶えし花壇 忘却は罪ですか
一九九五・一〇

弱さも神の豊かさカルピスすする
一九九七・〇九

 彼にとっての問題は別のところにあった。「有季定型という枷のない自由律俳句は、思想・宗教的傾向の強い自分の心情を読み込む器として、大変魅力的に思えた。(中略)だが実作に熱心に取り組むにつれて、自由律がそう生易しいものではないということが徐々にわかってきた。文学的によい作品を産もうとすることと、宗教的心情を表現することとの乖離──『宗教と文学』あるいは『詩と信仰』という古くて新しい問題に突き当たったのである」(「青年句会報」第69号)。つまり、「神を呼ぶ」キリスト教的心情と、いわば「神を疎ましく」思う文学的リアリズムとの葛藤の問題(同前掲文)に悩み続けたのである。

 文学的によい作品を産もうとする作家として当然の衝動は、「句体が一様でなく多種多様、全くバラエティに富んでいる」(比田井白雲子「言葉の伝導者」)と評されるように、言葉の実験者とも呼べる多彩な作品を産み出した。俳句という短い詩形で言葉を自由自在に操れるようになるためには、作家人生において早い遅いの違いはあっても、十年位は思いっきり色々な試みを実験的に敢行する時期を避けて通れないと私は考えている。彼の場合は、その試行錯誤の時期が一番最初に来たと思われる。幸いにと言うべきか、有季定型よりも試行幅の大きい自由律で、しかも青春から中年に差し掛かる不安定な感情生活と相俟って、思う存分に言語実験は敢行されたとみるべきだろう。俳句作品における<私性>の問題について、「作品中心主義であるべきところが、作者中心主義に陥り、いつのまにか作品の主人公=作者自身と無意識に思い込んでしまう過ち」(「青年句会報」第61号)と述べる作者の作品を、そのまま実生活と直結させて論じることはできない。

荒れ野にて母と女が交錯す
一九九二・〇四

始祖鳥飛ぶ交差点イエス振り向く
一九九二・〇九

アースに触れた夕日 もう泣かない
一九九三・〇三

椅子 百年の倦怠を運ぶ
一九九四・一一

入日ドラゴンの舌に帆を立て
一九九七・〇二

 これだけ意欲的に言語実験を敢行した作家が、自由律から有季定型や前衛俳句などの他のスタイルへと興味の矛先を移してゆくのは時間の問題であり、当然のことだったと私は思う。「その後『豈』へ入会したのも、自由律・定型・有季・無季にかかわりなく、現代俳句を模索してみたいと思ったからです」(同前掲文)。残念ながらこういう姿勢は、狭量なセクト主義が定着している現今の俳句界では、なかなか受け入れられない。前に記したように所属誌を変えていったのも、新しい探求の場を求める実験者としての姿勢からみれば必然的なことだったかもしれない。

飲みかけのグラスに映る顔がない
一九九七・〇七

ピンポンのボールの速さ去年今年
一九九九・〇〇

闇に曳くレールに傾ぐ彼岸花
二〇〇〇・〇五

陽炎に揺れる無音の花電車
二〇〇一・一一

辺境の月こそ光れ世の闇へ
二〇〇二・一二

 この間の事情を彼自身は、「つまり俳句形式について、私の場合、定型回帰ではない。定型に重点が移った。いや、形式に迷うことが重荷になったのだ。いや、これも違う。形式がどうでもよくなったようだ。キリストを詠いたい、目的がそれだけに絞られた」(「豈」35号)と書く。この文章を読んで、いよいよ求道という方向性を明確に打ち出すつもりなのだな、と私は思った。



四、余白への旅
 では、平田栄一の俳句は、これからどのようなところへ向かおうとしているのだろうか。彼が師と仰ぐ井上洋治神父は、キリスト教の日本文化内開花(インカルチュレーション)を説いてつとに知られている。「イエスは地中海沿岸のパレスチナに育った人で、ヨーロッパの人たちとは、言語系統も種族もまったく違います。そのイエスの教えをヨーロッパ人は自分たちの言葉と生活感情で受けとめました。(中略)そこにキリスト教をぬきにしてはとうてい考えられないヨーロッパの歴史がうまれてきたのでしょう。ヨーロッパの人たちができたものなら、それは私たち日本人にもできるはずだと私は思います。」(井上洋治『日本とイエスの顔』北洋社)。

遠く近く鳴くこおろぎ悠久を這う
一九九九・一〇

神を待つ木が季を待つように
二〇〇〇・〇一

虹かかる生死を渡るイエスかな
二〇〇〇・一〇

清貧という遊行流行る世紀末
二〇〇一・一一

会うてさて話す事なし聖母祭
二〇〇二・一一

 二〇〇一年十一月、平田栄一は「青年句会報」を「余白の風」と改称し、自らも「余白」のペンネームを使い始めている。この「余白」とは何を意味するのだろう。井上洋治神父は、その著『余白の旅──思索のあと』(日本基督教団出版局)の「余白」という章の中で、日本人としてなぜ龍安寺の石庭に魅かれるのかを考察して、ヨーロッパの聖堂の壁画には余白がなく重苦しく感じたことに思い至る。龍安寺の石庭の魅力は余白によるのであり、木も花も何一つ植えられていない白砂の部分こそが余白の役目を果たしていて、その周囲のすべて──十五個の石、くすんだ油土塀、その塀の外の木々の緑──を生かしている。この「余白」の章は、井上洋治神父の思想としても圧巻と思える部分なので、ほんの一部の概略しか紹介できないのが残念だが、氏はこの「余白」についての考察を、さらに自然そのものやキリスト教へと広げてゆく。

 生きとし生けるものは、「余白」ともいえるものの力によって生かされ、それぞれその場を与えられている。生命と役割を力一杯生きぬくことで、全体を表出していく。この「余白」の力こそ、芭蕉や一遍は「風」という言葉で呼んだ。人生が、自分自身を表出するものではなく、生きとし生けるものの「余白」をふくむ全体を表出するものであれば、自分の生命と役割を完全に生きぬくことは、逆説的ではあっても、「己れを無にして余白の風をして己れの人生を吹きぬけしめることとなるはずである」(同前掲著)。

珈琲甘く入れ咲き初めし紫陽花の白さ
二〇〇一・〇九

我が内に我が牧者あり秋の暮
二〇〇三・〇一

実のなる木ならぬ木もよし冬に入る
二〇〇三・〇三

逃げ水を追うて迷いし羊かな
二〇〇三・〇四

長き夜の夢に押されて発つヨセフ
二〇〇三・〇七

 もうこれ以上、何の説明も要しないだろう。平田栄一俳句の余白への旅路は、まだ始まったばかりである。いや、長い紆余曲折を経てやっと本道へ出たと言うべきなのだろうか。

(以上二〇〇三年七月記 「豈」同人)



【求道俳句会】
信仰と自然 その5 島 一木



冬日燦イエスは真理を証しする



鳴く雲雀ロバの子に乗って王が来る



春の闇さて人の子は去ってゆく



ガリラヤに先に行かれる陽炎の



汗臭く民はひしめくキリストに



雷走るこの神殿を壊してみよ



若葉騒ユダよ接吻で裏切るのか



木下闇主を置き去りに皆逃げた



夏の闇見ずに信じる者になれ



箱船に取り残されて朝焼ける



<アベリアの花>

 アベリアの花は、関西では人家の垣根や、駐車場や公園の植え込み、道路の分離帯などでよく見かけます。関東では、あまり見かけた記憶がありません。定着していないのでしょうか?

 アベリアの花は、私も好きです。というのは、よほど花の蜜がおいしいのか、この花には他の花よりずっと多くの昆虫たち──蜂や虻、セセリチョウやスズメガ、揚羽蝶など──がいつも来ているからです。そばに立って、色々な昆虫がブンブン嬉しそうに花から花へ蜜を吸いながら飛びまわる様子を眺めていると、その喜びが伝わってきて、天国もこういう所なんだろうかと恍惚としてしまいます。小さき花のテレジアが、花ざかりに蝶が舞う情景を夢に見ると書いていたのを思い出します。

 そこで、この小さな天国をいつでも眺められるように鉢植えにしようと、枝を折りとって土に挿しておけば、さあ大変。たちまち成長して大きくなり、手入れに往生します。一見可憐に見えるのに、雑草のようなたくましさを持っているのです。もちろん、昆虫たちも沢山きますよ。部屋の中をブンブン飛びまわるほどにね!



天国はどのような所かしら? 緑の風

白い花は清らかなので大好きです。アベリアの花に虫たちが集う情景はとても甘美で、天国的ですね。天国ってどのような所かとても興味があります。

ドンボスコの見た天国のヴィジョンは、この世では聞いたことがないような美しい音楽と、見たこともない美しい風景が広がっていたそうです。てっきり、これは天国かと思ったところ、御使いの声がして、「天の国はこれよりももっと美しい、あまりにも美しいので、肉体を持った人間には耐えられないので実際の天国の姿を見せる事はできない」と言ったそうです。

そういえば、リルケは「ドゥイノの悲歌」の中で、「もし、天使の列序につらなる一人がふいに私を抱きしめる事があろうなら、私はその、より激しい存在に焼かれて滅びるであろう。、、、なぜなら美は恐るべきものの始めにほかならぬのだから、、、」と、天使を美の象徴として書いています。あまりにも美しすぎるものは、人間の感性では捉えきれないのでしょうか。それほどの美に出会って見たいものです。たとえ焼き滅ぼされようとも、、、。

天の国に行く日が待ち遠しいです。

皆さんは天国はどのような所だと思いますか?



天国にはかなわないけど、 余白

緑の風さんにも、余白の風~をお送りしましたー。

爽やかにお過ごしあれ~~♪



福音短歌 その12 島 一木



種まく人が 夜昼

寝起きするうちに 種は

芽を出し 育ってゆく

(マルコ4:27)



からし種

やがて育って 木になって

空の鳥きて 枝に巣造る

(ルカ13:19)



パン種を 女がとって

小麦粉に 混ぜると

全体がふくらんでくる

(マタイ13:33)



宝を みつけた人は

大喜びで 持ち物を売り払い

その畑を買う

(マタイ13:44)



商人は 高価な真珠を

みつけると 持ち物を全部

売って それを買う

(マタイ13:46)



福音短歌 その13 島 一木



網が いっぱいになると

漁師は 岸に引きあげ

そして 座って選ぶ

(マタイ13:48)



ともしびを 器で

覆ったり 寝台の

下に置く者はいない

(ルカ8:16)



人は 水と霊によって

生まれなければ

神のくに には入れない

(ヨハネ3:5)



肉から生まれた者は

肉であり 霊から

生まれた者は 霊である

(ヨハネ3:6)



あなたは 風の音を聞くが

それが どこから来て

どこへ行くかを知らない

(ヨハネ3:8)



神学 猫目



神学書棄てる緑陰に深海魚



Re: 神学 余白

この「深海魚」、とても自由に泳いでいるような気もします。



久しぶりです あこ虫



戸を叩きぶち破ってくれイエス様



炎天下 蝉はぎゃあぎゃあ 罪罪罪



眉間に神様が住んでいてかゆい



知らぬまに目がギョロリする不信の時に



アダチルのチルがわめいてイエス呼ぶ



Re: あ、 余白

久しぶりに、本領発揮ですね。どんどんかきまくってください。



夕焼け 奈菜



この夕焼けをみるために

これまでがあったんだなあ



Re: 夕焼け 余白

いい言葉ですね。

たまにでもいいから、こういう夕焼けをしみじみ見れたら、幸せです。

そして、私たちが死んだとき、神様にお会いして、ああこれが本当のあなたなんですね、って、この瞬間のために生きていたときいろいろな苦労があったんですねー、と納得できるのだと思います。



(無題) 比田井白雲子



とんぼう 私探そう



風鈴 なんだか私にであえそうだ



向日葵どこを向いているのだ



山頭火句評、楽しみにしています



Re: (無題) 余白

ありがとうございます。私も自分に出会うために、句作に文章に、頑張ろうと思います。



(無題) しんご



祈りにならぬ言葉さえ



とりなす御霊の深淵さ



誰かの祈りに糾われ



旅路の果てのはらいそよ



Re: (無題) 余白

無意識の祈り、っていうのがあるんじゃないかな、って思います。それといつも「誰か」に支えられている、ということ。そういうことが感じ取れる人間になりたいですね。


【俳句でキリスト教─求道俳句の世界】
「系図」が暗示するもの
平田栄一

マタイ伝の一章が好き薔薇が好き

平井洋城


 欧米人のものの考え方や文化の根底にはキリスト教がある、といいます。その教典である聖書は現在でも世界のベストセラーです。今も聖書に関する書物は一日に一冊は書かれている、というデータもあるくらい、その内容ははかり知れないものがあるようです。

 ここで〝聖書〟というのは、もちろんイエス(紀元前七乃至四年~紀元三〇年頃)以後のことが書かれている「新約 (〝新訳〟ではありません )聖書」とそれ以前の「旧約聖書」とが合本になっている、分厚いものです。近年、日本聖書協会から出版された、カトリックとプロテスタントが協力して訳した『新共同訳聖書』では、「旧約聖書」は千五百ページ、「新約聖書」四百八十ページ、それに「旧約聖書続編」として三百八十ページ余り、全部で二千三百六十ページにも及ぶ大著です。これを通読しようとすれば相当の覚悟があっても挫折してしまうかもしれません。



アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリアの妻によってソロモンをもうけ、(中略)・・・・このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。(マタイ一・一~一六)



 新約聖書の第一巻、『マタイによる福音書』(以下『マタイ』『マルコ』『ルカ』『ヨハネ』などと略します)の巻頭は、およそ一ページ分がカタカナの人名で埋められています。おそらくはじめて新約聖書に接する読者は、ここでまず途方にくれてしまいます。せっかく手にした聖書は即本棚に直行ということになりかねない。聖書が「世界のベストセラー」といわれながら、多くの人たちにとって実は〝持っていても読まない〟本の最たるものであるという原因のひとつが、こうした聖書のとっつきにくさにあるように思います。



 そこでまず、はじめて聖書をひもとこうとする読者に、一見無味乾燥な右の「系図」にも、実は大変興味深い意味が暗示されているということに触れてみたいと思います。そしておそらくそれが、聖書全般を読むときのある種のコツを知る、ということにもつながるのではないかと思います。

 先の「系図」をもう一度ゆっくり読んでみてください。アブラハム以下イスラエルの男系の中に、「~によって」で表される女性が(マリアを除いて)四人入っています。「タマル」、「ラハブ」、「ルツ」、「ウリアの妻」です。

 こころみに、この部分だけを岩波文庫版の『福音書』で見てみましょう。ちなみにこれをギリシア語から翻訳した塚本虎二という人は、無教会主義で有名な内村鑑三さんの高弟でした。この塚本さんの『福音書』は訳がやや古い(初版昭和三十八年発行)のですが、本文の途中に小さな活字(左の引用文では< >部分)を使って簡単な説明が加えてあり(敷衍(ふえん)訳)、初心者にはたいへん親切なものです。



・・・・ユダの<その嫁>タマルによる<不倫の>子はパレスとザラ、・・・・サルモンの<遊女>ラハブによる子はボアズ、ボアズの<異教国モアブの女>ルツによる子はオベデ、・・・・ダビデの<将軍>ウリヤの妻による子はソロモン、・・・・



 「タマル」はユダという人の義娘でしたが、夫が死んだ後再婚できず、義父であるユダの子を生むという姦淫の罪を犯すことになります(創世記三八章)。また、「ラハブ」はエリコという所にいた売春婦です(ヨシュア記六章 )。「ルツ」は姑にとことん尽くした嫁として有名ですが、この人はモアブという異教の地方出身であり、本来イスラエルの家系に入れるべき人ではありませんでした。さらに、「ウリアの妻」はバト・シェバという名の大変な美人でしたが、ダビデ王はあるとき彼女が水浴びをしているのを見て気に入り、自分のもの(!?)にしてしまいます。それだけでなく、自分の忠実な家来であった、バト・シェバの夫ウリアをわざと戦いの最前線に送り込んで死なせてしまうのです(サムエル記下一一章)

 こうして男系の純粋な血統を重んじるはずのユダヤ民族に不倫や遊女や異教の女性が関係し、その血筋からイエスという聖なるキリスト(救い主)が生まれたと、マタイは言っているのです。これはどういうことなのでしょうか。



 これに関しては古来、いろいろな解釈がなされてきました。純粋無垢でなく、罪を重ねた血統から生まれたからこそ、キリスト・イエスがすべての人の罪を背負い、そして贖(あがな)うことができたのだ、というのはその典型的な解釈例です。

 『新共同訳聖書』巻末の「用語解説」によれば、「贖い」とは、



旧約では(一)人手に渡った近親者の財産や土地を買い戻すこと、(二)身の代金を払って奴隷を自由にすること、(三)家畜や人間の初子(ういご)を神にささげる代わりに、いけにえをささげること、などの意味がある。旧約聖書の中で神が特に「贖う方」(イザヤ書四一・一四) と呼ばれているのは、イスラエルの民を奴隷状態から解放する神の働きを述べたものである。新約では、キリストの死によって、人間の罪が赦され、神との正しい関係に入ることを指す。



とあります。が、おそらくほとんどの日本人にはピンとこないでしょう。それはイエスが生まれ育った背景としてのイスラエル民族の歴史に、わたしたちが馴染んでいないからです。



 ここで、キリスト教を生んだユダヤ教について一言しておく必要があるでしょう。

 今からおよそ四千年前、先の系図の最初に出てくるアブラハムというヘブライ人の族長がいました。旧約聖書によれば、彼はあるとき神に語りかけられ、現在のパレスチナ方面へ旅立ちます。その子イサク、次のヤコブ・・・・と時代を経るに従ってイスラエル民族が形成されていったと考えられます。

 その後、大飢饉をきっかけにエジプトへ渡りますが、そこで彼らはエジプト人の奴隷になってしまいます。この状態を救おうとして現れたのがモーセという指導者であり、彼はイスラエル人を連れてエジプトを脱出します。そのとき神から「十戒」というおきてをさずかったといいます(出エジプト記二〇章、申命記五章)。

 この十戒から「律法」というさまざまな宗教・生活規範が派生しますが、これらを一字一句怠りなく守ることによって、イスラエル民族はいわば自由を得られる(救われる)、という神ヤーウェとの契約(キリスト教から見れば〝旧い約束〟すなわち「旧約」)が成り立つのです。「贖い」という言葉は、こうしたイスラエルの歴史的背景から出てきたものなのです。もともと財産や土地を買い戻し、奴隷を自由にするための身の代金という発想から、イスラエル民族を奴隷状態から救う神ヤーウェ、そして新約聖書では、〝イエスが死ぬことによって人間の罪が赦された(イエスが罪を贖った)〟という発想につながるのです。



 話をイスラエルの系図に戻しましょう。

 先の説に対して、仔細に旧約聖書の歴史観にそってさきほどの四女性を見ると、必ずしも彼女たちが罪深い人間の代表とは言えないという聖書学者もいます。

 「ルツ」は敬虔な女性として賛美され、「バト・シェバ」はむしろ被害者であって罪はダビデにある。「タマル」の行為は今日からすれば問題でしょうが、古代では必ずしもおかしいことではなかったようで、さらに「ラハブ」は改宗者の模範とも見られている、というのです。

 こうしたことから、この四女性に共通するのは〝罪深さ〟ではなく、むしろイスラエル民族から見て〝異邦人〟(正統ユダヤ教にとって異教徒)であったという点に着目する説が出てきたのです。

 そうなると、マタイの主張は、罪を重ねた血統から救い主イエスが生まれたという〝贖罪〟思想の強調ではなく、イスラエルという一民族をこえて異邦人にも、すなわちすべての人たちにイエスの「福音(よきおとずれ)」が開かれているのだ、というところにあったということになるのです。

 一見わたしたちには味気ない「系図」ですが、こうして書かれた背景にまで踏み込んで、著者が何を言おうとしたのかという視点に立つと、「系図」自体がどこまで歴史的事実かという考古学的関心とは別に、さまざまな倫理的真実を示唆していることがわかるのです。つまり、神とは何か、人間とは何か、その関係とは、さらに人生の目的、どう生きることが本当の幸せなのか等々。

さらにこの「系図」の話は、学者としてではなく、具体的に一つの宗教を生きようとする求道者に対しても、非常に大切なことを示唆しているように思うのです。

右に紹介した第一説は、イスラエル民族の伝統的視点を重視した解釈、第二説はキリスト教がユダヤ教から離れ、世界宗教として発展していくとき問題となった異邦人の立場を重視した解釈でした。そのどちらが著者マタイの真意に近いかわかりませんが、確かに言えることは、それぞれの説が民族の歴史や文化、あるいは時代の要請と無縁ではない、ということです。先に述べたイスラエル民族の背負ってきた歴史がなければ贖罪的解釈は出てこなかったでしょうし、キリス教の発展がなければ異邦人改宗者への視点も問題にならなかったのです。歴史や文化から超然とした普遍的表現や解釈はない、ということです。これは、マタイ自身の著作動機――マタイはユダヤ教からキリスト教への改宗者を念頭に福音書を書いた――も例外ではありません。普遍的真理は、時代や文化の要請によって、さまざまな表現をとる、という事実を認めなければなりません。

ということは、わたしたちはこうした諸説を学びつつも、しかしそれを鵜呑みにするのではなく、現代日本人としての感性で受け取れる聖書解釈を模索してもいいということです。むしろそうしなければキリスト教はいつまでたっても日本人の身につかないということになります。ここに、「書かれた背景にまで踏み込んで、著者が何を言おうとしたのかという視点」がアウフヘーベン(昇華)されるのです。

そういう意味では、ヨーロッパの人たちが彼らの感性でキリスト教を受け入れていった過程、あるいは鎌倉時代に仏教を日本化していった歴史からも学ぶことがたくさんあります。



 日本人である掲句作者が、「薔薇が好き」なのと同じように「マタイ伝の一章が好き」と言えるのは、おそらくこうした聖書読みのコツを心得ていたからにちがいありません。




【共同日記】から
2003/07/29(火) 小さき花:

井上神父講演会「老いを豊かに生きる」

10代後半から死の問題に捕えられ、出家して、仏の修道院へ。

ヨーロッパで窒息感をもち、日本人の心でキリスト教、イエスの福音を捉えなおしたいと帰国しました。死の問題を解脱できたわけではありませんが、40年じたばたやってきた経験と知識と言う価値を着ています。同窓会で、若い頃は独身で変わっているといわれましたが、今になると話を聞きたいと言われたりします。
「老いる」というのは大変な事です。
人の役にたっている、必要とされていることが生きがいになります。
子供が小さい時、必要とされていることで、生きる力が湧いてきます.マザーテレサも人間が一番辛いのは、見捨てられ、価値がないと思う事だと言っています。
老いるとは、いただいた物、本来自分の物と思っていた物をお返しし,身についた価値という衣装を脱いでいくことです.死と老いの問題はかぶさります。
人間は華々しい事には、拍手喝采します、人間の目は、美しいきれいなものにむきます.貧しく落ちぶれ、尾羽うち枯らしたものに目を留めるのはイエス様を含め聖人と言われる人でしょう。
人の目から遠ざけられ、一人ぼっちになる。本当の一人よりも、皆の中にいて一人取り残される方が辛いです。
こんな苦しい時間を生きていかなければならないのかと考える時、
フランクルの「夜と霧」が示唆を与えてくれます。自分中心の世界観から精神のコペルニクス的転換。自分を見つめる大きなまなざしが、苦しみの中でどういう風に生きてもらいたいと期待を持っているかという視点です。
40年たって自分の人生は自分を表現するのではなく、もっと大きな命が私の命を通して表現なさっているとー良寛さんの理想の境地です。秋風に身を委せて散っていく紅葉のように、風に身を委せきる事が南無の心に生きることです。
よく働くから偉い、病気ばかりしているからた大した事ないなどというのは小さな人間の賢しらでしかありません。かけがえのない人生は大きな造化の営み、命をしめすものです。では、自分が大きな命の中に見えてくる、大きな命に生かされているいうことがどうやって見えてくるのでしょうか。
南無の祈り、私の場合は南無アッバの祈りを唱えること、唱えているうちに祈りという行為の次元へ。そして体全体で 見えてくると思っています。
自信はないけど、その心を失わないで、最期まで生きてみたいなあと思っています。



「余白の風」は俳句を中心として、日本人の心情でとらえたキリスト信仰を模索するための機関誌です。毎月発行しています。
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