「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 求道詩歌誌「余白の風」 »求道詩歌誌「余白の風」第188号 2011年8月発行

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

求道詩歌誌「余白の風」第188号 2011年8月発行  

*日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる

会員作品とエッセイ(*主宰コメント)

豊田市 佐藤淡丘
百合ひらき両手をひらくマリア像
打水のすぐに連れくる風のあり
仰向きて眺む天井晩夏光
われ独り老鶯(ろうおう)とゐて響きあふ
明易しこの世の息を地に返す

   座の文学
 地方都市の小じんまりとした、俳句結社の末席を穢すようになって丸四年、月に一度の句会は片道二時間をかけて行くだけの値打ちがあると、つくづく思うようになりました。
 主宰他十二~三名が句を持ち寄っての真剣勝負、中でも互選評は、ユーモアを含めての節度あるやりとりがとても楽しい。その間、主宰(人間探究派加藤楸邨師系)の人柄が阿吽の呼吸でもって「座」を盛り上げる。
 人間って、寄り添うことは実に楽しいものですね。南無アッバ、南無アッバ。

*「老鶯」は夏の季語。春を過ぎて鳴く鶯。句会・歌会など、日本の短詩型はその短さを「座」という集団で補い合う作者=読者の独特の文学といえます。そこに「寄り添い」という発見をしたのは、淡丘さんの信仰的慧眼。

京都市  瀧野悦子
居酒屋の昼の暗さや梅雨ぐもり
梅雨深く辞書もたれあふ南無アッバ
発心の絵筆重たき南無アッバ
南無アッバ爺の戦争ばなしかな
彼の手に触るる小径や南無アッバ

*「南無アッバ」連句。こう並べると、「南無アッバ」は万機・万能の季語のように思えてきます。

一宮市  西川珪子
昨年の梅酒味わうしみじみと
食細くなりて小分けの冷奴
簾よりやわき光の流れけり
人波に乗って祇園の祭りかな

*②高齢者は、うんと腹を空かせてから食事をした方が体にいい、というような話も聞きました。

秦野市  長谷川末子
数日前金を卸した/残り少ないので秘蔵箱を開けた/札が無い。いつもの場所の/キャッシュカードも見つからない/上着、ズボンのポケット、袋物類/どこにも無い。捜しあぐねて/銀行に連絡を取る。行員の助けを/借りて差し止めの手続き/帰って来ても残る不安/ふと時間つぶしに読む本を開いた/カードと札があった。/驚きと喜びがごちゃまぜ/行員と夫に謝る/御言葉に失った金貨を見つけて喜ぶ女性が/ああ神様の戒めと憐みの日

*アッバは思わぬ機会に、御言葉を学ばせてくださる。文字どおりの生涯学習。

稲城市  石川れい子
七色の子ら大空に虹立てり
納涼(すずみ)能鳥も来てゐる池の端
近江富士琵琶湖をわたる風涼し
七月のあかつき男の子生れたり
献体の父見送れり茄子の花

*琵琶湖畔から、お忙しい最中での投句。しかし、鵜飼の広告裏紙を使っての投稿というのも粋でいいじゃないですか。

八王子市  フランシスカ井上
放射能汚染は知らず蝉しぐれ
節電を保冷枕に助けられ
ふわっと風訛言葉がノックする
安直なギャグも換気に南無アッバ
立ち位置がアッバに向う風の技

*今回の節電キャンペーン、従順な日本人の不気味さも感じないでもありませんが、学んだことも大きい。

名古屋市  片岡惇子
凌霄花(のうぜんかずら)の届かぬ天に遊ぶ雲
立葵天に深々御辞儀して
蝉時雨休み休み道を行く
入道雲尖りきれず丸くなる
グラジオラス天の色なり赤白黄
大夕焼真珠を胸に旅に出る(マタイ13章45節)

*身の回りのたくさんの自然から、神や人生について静かに学ぶ姿勢がよく見えます。

大和市  佐藤悦子
夏祭り鎮魂の灯よな南無アッバ
わらを食む牛の眼清く南無アッバ
登りゆくゴーヤの風に南無アッバ
老鶯の語りかけるや明けの空(マタイ6章)
被災地になでしこジャパンの花咲けり

*「<系図ごと背負いて御国へ秋の空  栄一>について、新堀様の文章を読み、私の人生、信仰生活への大きな示唆をいただきました。」とのお手紙。「余白の風」が皆様とアッバの縁を結ぶ場となることを嬉しく思います。

蓮田市  平田栄一
背文字なき第一句集を手にとりて身の丈程の幸せを思う
「復活」ですべて終わったわけじゃない人は死んでも仕事は残る

―藤原龍一郎選・平田栄一『求道俳句集』より―
復活の予兆あちこち露月の忌
雨脚の強さ弱さや秋のミサ
定型に盛るキリストや秋歪む

寄贈誌より  
「日矢」五五八号  新堀邦司
母の日の厨に立ちて夕支度
西行に憧れもして花の旅
復活の水ほとばしり春確か

「こみち」二四九号  魚住るみ子
うららかや六十五年の共白髪
日常へ戻れるは何時春氷雨

『幼きイエズスの聖テレジアの教訓と思い出』覚書
 井上洋治神父は、六月の立川教会での講演に続き、七月九日にも、岡田武夫東京大司教とイグナチオ教会で対談されました。その模様はカトリック新聞(七月二十四日号)に掲載されていますが、岡田大司教は、公開インタビューを終え、「(井上神父が)生涯をかけて取り組んでこられた精神を、引き継いでいきたい」と語っています。
 ところで、この対談の中でも井上神父は、「私の人生はテレジアに始まりテレジアに終る」と、リジューのテレジアへの傾倒を熱っぽく語っています。そして、彼女の語録を集めた『幼きイエズスの聖テレジアの教訓と思い出』は、「真珠の如くすばらしい言葉が並んでいる本」と絶賛しています。
ところがわたしが調べたところでも、この本は絶版のままになっているようです。(もし、新版を御存知の方はご一報ください。)そこで、わたしの手元にある昭和三十五年=一九六〇年、カルメル会訳から、少しずつ読んだ所をご紹介したいと思います。
   ――――――――――――――
 セリナ・マルタン(五女・一八九四年入会、ジュヌヴィエーヴ)は、テレーズ・マルタン(七女・一八八八年入会)の姉であるが、カルメル会入会は前後する。セリナはテレーズの精神的な「弟子」となった。(p5)

テレジアは一八九六年三月から一八九七年九月三十日に死去するまで、女子カルメル会において称号はなかったが、実質的に修練長だった。(10)

テレジアは、修練女各自の個性を考慮して、勧告をあたえた。
「・・・・この相違のために、どうしても人はみな、同じ方法で誘導することはできないのです。・・・・イエズス様が彼女たちにお示しになる特定の道によって、霊魂を導かねばならないことを感じます・・・・。」(11)
井上神父は、イエスの説教やたとえ話はすべて対機説法である、という。すなわち、テレビやラジオで不特定多数の人々に語ったようなものではなく、目の前で顔を合わせている特定の人々に語った。ゆえに、個々を比較すれば、矛盾するような言葉がたくさんある。修練女に語ったテレジアの言葉にもそういうことがあるということ。

しかしその修練女らに対しては「いつでも落ち着いて温和で」はあっても、「叱らなければならない時」には、「彼女の死去の数ヶ月前」でさえ、「熱のため震え、喉を火のようにからしながら、不完全さをやめさせるため、また修道女のひとりを矯正するするため、力のありったけをしぼっていた」という。(14)
テレジアのやさしさと激しさの両面を同時に見る思いがする。

「聖女の賢徳」――一人の修練女に不満を抱いたセリーヌに同情しつつも、謙遜の心へと導いた「木箱」の話――「人はありもしない理由を付け、全くの想像に基づいて、ひとりでやきもきするものだということを、そういう折を利用して教えてくれた。」(16)

テレジアは自分の苦しみを語らず、また修練女たちに人間的に好かれようと振舞ったことは一度も無く、彼女たちの完徳にのみ心を砕いた。(17)(つづく・余白)
――――――――――――――――――――
定例・南無アッバの集い平田講座八月二十七日(土)

*入会案内は本ブログサイドバー参照

category: 求道詩歌誌「余白の風」

thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/1782-10ea6c0a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

講座・南無アッバの集い

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

カテゴリ

全記事表示リンク

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。