「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 連載「井上神父の言葉に出会う」 »(27)『愛をみつける』における<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>-「風」第86号2010年冬

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

(27)『愛をみつける』における<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>-「風」第86号2010年冬  

七 ここまでを振り返る
<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>(『ルカによる福音書』一八章九~一四節。以下、<たとえ>と略記)を巡って、井上神父の各著作を通観しています。これまでのところを本連載に従って振り返ると、
第二三章 日本的「為さざる愛」を示す<たとえ>
第二四章 自力から他力信頼への転換を促す<たとえ>
第二五章 十字架から罪の自覚へと導く<たとえ>
第二六章 悲愛へ導く「行」を教える<たとえ>
というように、おおよそ要約できるかと思います。
井上神父が福音書の行間を、いかに丁寧に読み解いているかは、この連載全般を通して示してきたつもりですが、とくに「復活」を中心に考察した第二部=拙著『すべてはアッバの御手に』では、そのことが顕著に表れています。
同様にこの<たとえ>も、右四つの章で見てきたように、神父の各著作の中で、その置かれた位置により、如何に多様かつ深い読みをわたしたちに提供してくれていることか。ここにも井上神学=アッバ神学の「底知れぬ深さと幅」(右書「あとがき」)を感じずにはいられません。

第二七章 『愛をみつける』における<たとえ>
一 思い出すこと
さらに執筆年代順に<たとえ>を見ていきましょう。『愛をみつける――新約聖書のこころ』は近年新装版が出ていますが、初版は一九八一年九月の発行で、「あとがき」には「一九八一年盛夏」と記されています。
前掲書「プロローグ」にも書いたとおり、この年はわたしにとって、精神的にも生活の上でも大きな転機となりました。再就職、洗礼そして結婚という、三大事をいっぺんに経験することになったからです。この年の前半までは一人で、結婚が決まってからは妻と二人で、何回か井上神父のいた東京カテドラルのカトリックセンターへお邪魔しました。その前年、一九八〇年から「風の家」設立の一九八六年までの五年余りは、わたしが井上神父の人となりを最も身近に感じた貴重な時期だったのだと、今なつかしく振り返っています。こうした個人的な経過もあったからでしょう、『愛をみつける』が発刊されると貪るように、一気に読んだことを憶えています。
まず、この本をめぐって、印象に残っていることを二、三あげてみます。

第一は、すでに触れたことですが、この『愛をみつける』から(『まことの自分を生きる』にかけて)、井上神父の文体が、「より自在に、より自身の文体となり、自由でのびのびしてきた」(『心の琴線に触れるイエス』一四二頁)ということです。あとで気がついたのですが、これは翌年出された戸田義雄編『日本カトリシズムと文学』(大明堂)の次のようなくだりと一致します。
<(「Ⅳ シンポジウム 日本カトリシズムの原点と成熟」中、一九六三年の論文「日本の歴史的風土とキリスト教序論」と一九八〇年の『余白の旅』の文体の変化を指摘されて)
井上 ・・・・それは多分、一つはやはり当時は「とにかく何か訴えてみたい」というような気持ちでしょうかね。何かそういうコチへの気持ちがあったと思うんですけれども、自分の心情とキリスト教との距離が全然埋っていませんでしたし・・・・。けれども今は漠然とではあっても、少しかたちがつかめてきたし、何て言うか・・・・余裕みたいなものが出て来たとでも言えるのでしょうか。
小田桐弘子(日本文化研究所研究員) 別に意図なさったわけではなくて。
井上 全くないですね。ただその間にやはり私が付き合ってきた遠藤さんとか、三浦朱門さんとか、矢代静一さんとか、たくさんの文学関係の人がいますね。無意識のうちにそういう人たちの影響ってのは、あるんじゃないでしょうか。何しろ「文章がなってない」と、それだけしか言われてきませんでしたからね。『愛をみつける』で初めて「あんたの文章になったんじゃないか」って。それは特に矢代さんに言われたですけれどもね。
小田桐 大変失礼な感想を申し上げますと、前の御論文の頃にはお考えがあるのだけれど、それを伝える対象の顔が見えないというような感じがあったのですが、最近のは、一人へ読者の顔を神父様がちゃんと心の中で想定なさり、この人にはわかってもらえるだろうとの確信を持って書かれているようにお見受けしたものですから。>(一八五~六頁)
蛇足かもしれませんが、この本が出されたとき神父はわたしに、
「これは、まあ、女子高生向きに書いてみたんだ」(笑)と、ちょっと照れくさそうに話していたことを、思い出します。
「あんたの文章になったんじゃないか」といわれるほど「自在な文体」になったのは、神父自身がいうように、心の「余裕」によってもたらされたものでしょうが、それは小田桐氏が指摘したように、具体的に「一人へ読者の顔をちゃんと心の中で想定」して書くという結果を生みだします。もちろんそれが文字どおり「女子高生向き」という形で、対象を狭く限定することにはならないでしょうが、そのために、この時期から井上神父の「下からのキリスト論」的発想や救い表現が、開花することにもなったのだと思うのです。
いわずもがな、ここでは、彼女たちを見下しているのではありません。たとえとして、現代の女子高生がわかるようなかたち、表現によって、福音が伝えられなければならないということ。そうでなければ、現代日本においてキリスト教のインカルチュレーションはありえない、ということを示しているのだと思います。わたし自身、教室で彼女らに直接関わっている者として実感をもって、神父のその心が読み取れます。こうした経緯を踏まえながら、この『愛をみつける』を見ていきたいと思います。

前置きが長くなってしまいますが、もう一点。これもすでに引用しながら論じたことと関連するのですが(『心の琴線に触れるイエス』五二頁)、同右シンポジウムで、北森神学との比較に話が及んだ時、神父は次のように言っています。
<・・・・確かに、十字架の血というのは、自分を裏切ってゆく人間を、やっぱり包み込むところに、流れるものなんだろうというふうな・・・・。そういうことはね、『愛をみつける』あたりでは、私も何となく感じたのです。だけど・・・・>(『日本カトリシズムと文学』一九七頁)
その痛みが、御父の神様までいってしまうときついと、いわば「痛む父と慈しむ父」(平田)との対比が語られたのでした。しかし今ここでは、「十字架の血」が裏切る者を「包み込もう」とするときに流れ、痛むものなのだということを神父が「何となく感じた」のが、『愛をみつける』を書いている頃だった、という点に注目しておきたいと思います。
総じてわたしたち平均的な日本人が、「愛」と聞いた時に思いつくようなもの――恋愛、夫婦愛、親子愛、友情、あこがれ、隣人愛……そうした諸々を巡りながら、最終的にアッバの悲愛=アガペーに気づいてもらう、ひとことで言うと、『愛をみつける』はそういう本ではないか、と思います。

二 他者の哀しみに心を痛める
まえおきが長くなってしまいましたが、当の<たとえ>の所を見ていきましょう。一八章にわたって書かれた、このエッセイの後半にさしかかる第一二章に、<たとえ>が引用されます。ただし、聖書からの直接引用ではありません。それは先の読者対象――本書は〝女子高生向け〟――が念頭にあるからでしょう。ここは、たびたび言及してきた井上神父の、思い切った聖書敷衍訳、意訳、さらには解説の力が発揮される所です。このあたりがまた、「あんたの文章になった」といわれる所以でもありましょう。
神父はこの<たとえ>を、以下のように書き出します。
<ある日、エルサレムの神殿に二人の人がのぼってお祈りをした・・・・二人のうち一人は、みんなから盗人、売国奴として軽蔑される税金取りであり、今一人は、みんなから立派な謹厳な人たちとして半ば尊敬され半ば恐れられていたパリサイ派の人でした。当時神殿の聖所の両側には、ユダヤ人の男子だけが入ることを許された「イスラエルの庭」という庭がありましたが、税金取りは盗人だからということで、後ろの方の席で祈らなければならないことになっていました。>(『愛をみつける』一二六頁。以下同書からの引用は頁数のみ記載)
これにあたる聖書テキストは、
<二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。>(『ルカによる福音書』一八章一〇節)
です。このわずか一節を、これだけ(傍線部)敷衍――解説しているのです。この調子で話がすすめば、おそらく聖書を一節も読んだことがないような日本の読者であっても、十分にこの<たとえ>の宗教的文化的背景が理解できるでしょう。
そしてわたしは、この<たとえ>敷衍部の白眉は、つぎのような「税金取り」の祈りだと思います。
<神様、何といってもお金は欲しいし、妻や子供の喜ぶ姿を見たくて、悪いこととは知りながら、ついつい今日まで不当な税金を通行人からしぼりとってまいりました。どうしようもない私ですけれども、どうかこんな罪人の私にも憐れみをおかけ下さい。どうかよろしくおねがいいたします>(一二七頁)
件の「徴税人」の祈り、
<神様、罪人のわたしを憐れんでください。>(『ルカによる福音書』一八章一三節b)
を、一般の人にこれほどわかりやすく、リアルにその心情を表現した敷衍訳はないと思います。こうして、
<自分のどうしようもなさを、素直に神の前にあやまった税金取りの祈り>(同頁)
は、神に聞き入れられる。そのことは、井上神父も「よくわかる気がします」と言っています。
 しかし、「ファリサイ派の人」の「まじめ」で「尊敬され」、神に「感謝した祈り」が、
<なぜ神のみこころにそわないとイエスは言ったのだろうか。これは、私がフランスに渡ってしばらくたったころから、私の心をとらえはじめた疑問でした。>
と、あのリヨンでの回心体験(一九五三年、本誌八二号三九頁以下、また八三号三二頁以下参照)前の心境を吐露しています。
<そしてその疑問が氷解していく過程で、イエスが一番嫌った姿勢は、こんなだめな奴と俺とはちがう――と人を審き、石を投げる姿勢だったのだ、ということが明白にわかってくるにつれて、私の人生の軌跡は、それまでとはちがった方向に大きなカーブをえがいてきたような気さえするのです。>(一二八頁)
と、回心の経緯を語ります。
 またこのように、当時の社会で正しいとされた「常識的な価値基準を転倒させ」「アガペーの愛を人間の最高の価値」としたイエスから出た言葉として、『マタイによる福音書』二一章三一節を敷衍します。
 <自ら持すること固く、悪を行わずに生きているあなたたちよりも、夜の女や税金取りの方が先に天国に入る>(一二九頁)
 <たとえ>とこの言葉から神父は、
<隣の人間の哀しみや思いに心を痛めずに生きている人たちは、彼らの軽蔑するコールガールなどよりも、神の前でははるかに劣っている>(同)
という結論を引き出しています。つまり、自ら「謹厳実直」に生きることよりも、「隣の人間の哀しみや思いに心を痛め」ることの方が、はるかに尊いというのです。
 これまでみてきた井上神父の著作では、<たとえ>について、「人を審き、石を投げる姿勢」こそ、「イエスが一番嫌った姿勢」であるということ、すなわち人を裁かず、石を投げない姿勢――為さざる愛が奨励されている、ということを学んできました。しかし、この『愛をみつける』まで来たときわたしたちは、アガペーには「人を裁かず、石を投げない」という、行為における不作為ということだけではすまない、否、そうした姿勢の根本にあるべき、「隣の人の哀しみや思いに心を痛め」ることのできるメンタリティが要求されているのだ、ということに気づくのです。

三 哀しみをうつしとる心
ここで今見ている『愛をみつける』第一二章の冒頭に戻ってみましょう。
その前の章で『ヨハネによる福音書』八章の<姦通の女>が引用され、それを受けて、
<人の思いや哀しみをかけがえのないものとして大切にし、それを己れの心に感じとるアガペーの愛の心こそが人間にとって一番大切なまた不可欠なものであり、この愛を生きぬいてみようとしたときにこそ、初めて人間にとって真の幸せと歓びに通じるものがみえてくる>(一二五頁)
と宣言するところから、この章ははじまります。
本稿第二三回では、「姦通の女」に「石を投げない」姿勢――「為さざる愛」が強調されているのが井上神学であることを述べました。キリスト者は、掟や道徳を重視したファリサイ派に対して、愛を重視している、といいます。しかし、その「愛」が、無意識に律法的、道徳的に捉えられているということはないでしょうか。わたしたちは、「愛」や「アガペー」といったときでさえ、「何としても掟や道徳律にまず目が向いてしまい」(同頁)がちなのです。そして目に見える――自他の目に善く映る「為す愛」に走りがちなのです。
この現実を知った上でもう一度、右に引用した言葉を気をつけて読んでみると、大変重要なアガペーの本質を、井上神父は端的に指摘していることに気づきます。すなわち、わたしたちの「真の幸せと歓びに通じる」「一番大切なまた不可欠なもの」――最重要な宝は、「アガペーの愛の心」であり、それは「人の思いや哀しみを」「大切にし」「己の心に感じとる」ということだといっているのです。
理屈をいえばたしかに、「大切にし」「感じと」ったのちに、何らかの為す(べき)愛の行為が、自ずから湧き起こるかもしれません、いずれまとめて検討するであろう、あの「善いサマリア人」(『ルカによる福音書』一〇章二五節以下)のように。しかしその「為す(べき)愛」が具体的に何であるかは、律法や一般道徳で前もって一律に規定することは不可能です。井上神父がよく、(たとえば死の苦しみに耐えるための)「お恵みは、前もって準備できるようなものではなく、それが必要な時に、その場で、その人にだけ与えられる」ものなのだ、と言っていることが思い出されます。
ここではむしろ、どのような「為す愛」に出るかどうかより前に、アガペーの本質が相手の哀しみを、まず「己の心に感じとる」所にあるという点が強調されていることに、注目したいと思います。
前述のとおり、本連載(二三)では、井上神父のいう「悲愛」の要素として、人に「石を投げない」――「~しない」という「為さざる愛」、すなわち不作為の姿勢を指摘しました。しかしこの箇所では、相手の心を自分の心に「感じ(うつし)とる」姿勢が強調されています。それは「~しない」という不作為――ある意味消極的な姿勢から、一歩踏み出して、すすんで相手を受容していこうとする積極的な意志活動ともいえましょう。
そしてこの、積極的受容の姿勢は、先に見た<たとえ>の主張、悲愛とは「隣の人の哀しみに心を痛めること」(共感)という結論と合致します。つまりイエスは、この積極的に相手を受容するアガペーの本質を説くために、<たとえ>を語ったということになります。
悲愛が「共に・・・・」を強調しているということは、これまでにも度々言及しましたが、ここではそれが、より積極的な共感として主張されているように思います。
 <人の思いをうつしとることは、同時にその人の弱さや欠点をゆるし、受け入れることにつながる>(一四九頁)
 <その人の心の鏡が澄んでいなければ、隣の人の哀しみも重みもその人の心の鏡にうつすことはありません。自分のことだけで、わがままで心の鏡が汚れ切っている人は、すぐ隣の人が哀しみに打ちひしがれていても、その気持ちをうつしとり、感じとることができません。>(一四六頁)
 これらの言葉は、人の思いを「うつしとる」ことが、その人をそのまま「受け入れる」ことを意味するとともに、わたしたちが日常の中でそうした思いをうつしとることの難しさを語っています。

四 イエスが先に受け入れてくださる
 この自覚を持つときわたしたちは、祈ることの重要性を痛感します。
<・・・・人々の弱さ、欠点、罪を裁くことなく、まずこれらを受け入れられた御子イエスの悲愛の心に、私たちの心を近づけて下さい。また、御子イエスが、深い哀しみと痛みを背負って、重い人生を歩んでいた人たちの心を映しとり、受け入れ、友として生きられたように、私たちにもそのような人々の心を映しとれる友の心をお与え下さい。苦しみも、哀しみも、喜びも、すべてをあなたの御手から受けとることによって、私たちの日々の生活が、あなたの悲愛の息吹きの働きの場となることができますように。・・・・>
おなじみの「風の家の祈り」(部分)です。あらためてこの祈りを吟味してみると、「受け入れる」「受けとる」「映しとる」という言葉が、繰り返し使われていることに気づきます。このことも、今回学んだ『愛をみつける』の<たとえ>にまつわる主張と符合します。すなわち、ここでの<たとえ>に限らず――井上神父を回心に導いた<たとえ>との出会い以降、「悲愛」には、他者やアッバに対して、自らが積極的に受け身となる姿勢=積極的受容という主張がなされてきたといえるのではないでしょうか。
同時にこのような「風の家の祈り」が繰り返されるということは、この〝積極的受容〟ということが、風の家会員やキリスト者にとって、今も理想であり、目標であり、願いでもあって、たやすく達成できるようなものではない、ということをも意味します。
しかし驚くべきことに、そのようなわたしたちに対してイエスは、自ら手本を示す「先生」となったばかりでなく、容易には隣人の思いをうつしとり、受け入れられない未熟なわたしたちをこそ、「裁くことなく」自ら先に受け入れてくださっているということ――それこそが、まさに福音なのです。
これまでも、『ルカによる福音書』七章の<罪深い女を赦す>の例など、イエスのゆるしが先行して回心に導かれる話を見てきましたが(『すべてはアッバの御手に』第三章ほか)、『愛をみつける』では、同じ福音書の一九章<徴税人ザアカイ>の話をとりあげて、次のように述べています。
<人はただ叱られたり、審かれたり、きめつけられたりすることによって力を得るものではないでしょう。もしその人が、自分の欠点や弱さを乗りこえようという勇気を持ちえたとしたら、それは自分が理解されている、受け入れられていると、感じたときではないでしょうか。>(一五四頁)
わたしたちは、通常汚れた鏡のように、人々の哀しみや痛みをそのまま心に映しとることができません。ついつい人の弱さ、欠点、罪を裁いてしまい、相手のことを受け入れることができません。しかしもし、わたしたちが「自分の欠点や弱さを乗りこえ」て隣の人の哀しみを、心にうつしとり、受け入れ、罪をゆるすことができることがあるとすれば、それはすべからく、イエスという先達が、アッバが、まず先に、わたしたちを受け入れてくださっているという事実によって可能なのだということ。この「福音」をもう一度思い起こしたいと思います。(つづく)

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/1723-12503074
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

講座・南無アッバの集い

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

カテゴリ

全記事表示リンク

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。