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愛の宗教  

キリスト教は〝愛の宗教〟と言われるほど、神の愛を説き、同時に私たちに神と人への愛をすすめます。それは、祈りと愛の実行が自我相対化を促し、自我相対化がなされるほど真の愛が実践され、救いに至るという原理を持っているからだと思うのです。ですから、たとえば、「信仰による救い」というときの、その「信仰」とは、自我中心的な思い込みとは全く別のものでなければならないはずです。
こうして〝自我相対化〟という視点に気づき、その視点から聖書を読み直してみると、いままで漠然と読み過ごしていたいくつもの箇所が、自分自身の問題として身近なものに感じられるようになりました。と同時にこの視点に立つとき、具体的な生き方という点で私の心が大変楽になってきたのも事実です。
まず、前述した「善いサマリア人」のたとえに戻って、もう一度考えてみたいと思います。
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