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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第6回四谷講座ノート 2010-9-25 井上神学の体験主義・実践主義(5)  

(2)その魅力

A.自然への親近感
「テレーズにとって自然美が、決して否定されるべきものではなくて、神への道の出発点として肯定されている」(p.120)
→①大自然のなかでの自己把握→母性原理の神把握。Nature
②「おのずから」を好む姿勢へ naturally、by itself、無理のない信仰、自然体
例:おおらかで自由な祈り――「小さい子供は眠っていても、目覚めていても、同じように親の気に入ると思います」――何の罪も感じていない。これと関連して、

B.幼子の道
すなわち、アッバへの絶対信頼
「弱さ・みにくさ・小ささを前提とし、それゆえにこそ懐に迎え入れる神の悲愛をうたいあげた」(「余白の旅」)
「この世のすべての罪を犯しても神への信頼を確信する。」(自叙伝)「小さい子供は地獄に落ちない」(教訓と思い出)

こうして、(『余白の旅』『私』)
「どこまでもテレジアを追いかけることによって、テレジアの掴みえたものを自分のものにしてみようと決心し」(p39)-体験的につかみたい
1948年(S23)3月:大学1年、21歳前日3/27=復活祭前日デュモリン神父より洗礼:霊名十字架のヨハネ。うちの長男も。
その時の心境は、「ただもうこれしかないというような切っ羽つまった、何か土管の中に押し込まれるのを覚悟するといったような気持ちで受洗を決意した」(40)

⑥カルメル会入会~渡仏
1949年(S24)大学2年終り頃、父へ入会希望、大反対。アグネス(アニェス)修道女=マルタン次女ポリーヌへ手紙、病床ふるえる手でカード「私の聖なる小さな妹に、いつもあなたと一緒にいてくれるようにお願いしてあげます。」宝。

女子カルメル会での勉強、卒論パスカル、
1950年(S25)3月卒業(3年か?)
6月渡仏。
 渡仏前の詩――50年5月23歳『余白の旅』第一詩集『風の薫り』巻頭「願い」これが、今回4回にわたってやってきたテーマの締めくくりというか、今まで書いていない新発見!――大袈裟――の視点なんですが(自己満足)

この詩について私は、「風」52号で「一読、宮沢賢治や八木重吉を思わせる」と書いたが、神父はこの詩について振り返り、『余白の旅』で、「この拙い感傷的な詩に表現されている魂の憧れだけは、今も私の心に脈打っている・・・・この魂の憧れを失ったときこそ、私のキリスト者としての生命の終わりだという気がする」といい、井上師の信仰の原点と考えられる。

 この講座にあたって、この詩をもう一度読んだときわたし自身気がついたのは、
「難しい神学はわからなくても、・・・・説教はできなくても」と繰り返される神学や説教はまさに、言葉・理性の象徴ではないか。
それに対し、「・・・・一緒に泣いてあげる」「小鳥たちと愛をうたう」「微笑みながら咲く花」は、まさに体験・実践を象徴。

以上のように井上神学は、無意識的にではあっても、当初より、体験知を求める実践的キリスト教、という特色を持っていたのだ。

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