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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

求道詩歌誌「余白の風」第183号 2011年3月発行  

日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる

会員作品とエッセイ

稲城市  石川れい子
ふりしきるふりしきる雪南無アッバ
見慣れたる景色一変春の雪
日溜りに無心に咲けるいぬふぐり
紺色のスーツに社員春浅し

 大自然に移りゆく四季があるように、人の一生も自然の如くなり。九十五才の母は老人ホームへ、夫はがん再発で入院。病を得れば家族の絆いよいよ現わるるチャンス。これ又幸いなり。現実をすべて受け容れると、心は楽なり。生が喜びなら、生死一如で、死さえ喜びとなる。その心境に到達できるのは、信仰という恵みをいただいた者の幸せであろう。体はレンタルで、魂こそが永遠に生きるいのちだから。

*このような気持ちで人生を見渡せる信仰は、アッバの御業ゆえとしか思えません。それでも、病は癒され、老いは安らかに、と祈らざるを得ないのが私たちです。ゲッセマネのイエスの祈りを思い出します。
「アッバ、おとうさま! あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ14・36)


練馬区  魚住るみ子
隠し味の塩になれよと説きたまふつつしみ歩まむ南無南無アッバ

*「隠し味」とは洒落てますね。こういう感覚は好きです。愚問ですが、すると「ともし火・光」(マタイ5・14~)の方はどうなるのか?「間接照明になれ」とか。


名古屋市  片岡惇子
塵に帰る命を見つめ薄氷
水仙の一輪咲きて命かな
闇ひらく神の光に春うらら
土踏めば生かされし命躍動す
「箴言」説く神父の口の春寒し

 引越して、三月で丸七年になります。その時植えた塀替りの南天。戴いた山吹、小米桜、花桃、芙蓉。園芸好きの妹が勝手に植えた無花果、柿の木が、狭い庭に伸び放題になりました。ご近所の方から「ジャングルになりましたね」と言われた程。

どうしようかと困っていた折、十二月初旬の朝、例の妹が電気鋸を買ってきたと、思い切りよく切り始めました。任せきりにしていくわけにもいかず、枝を細かく切り、葉を掃き寄せたり半日。日頃していない屈伸動作。

翌日朝激痛で起き上がれない。筋肉痛かと三日程耐えても変わらない。針治療に行き、重症の坐骨神経痛と診断、治療継続。思わず顔がゆがみ、涙が滲み出る。なんとか歩けるので、約束したところは休まず出かけていました。友人が、ある苦しい体験をし、「体験してみなければ、分らないことを知った。あなたがどんなに痛かったか、一緒に歩いていても感じなかった」としみじみ話してくれました。

病気や孤独のつらさは、体験しなければ分りません。今幾つかの病気を抱えていますが、神様の恵みと思っています。少しは苦しんでいる人と共感できるのではとの思いがあるからです。
我が家に庭は、今すっきりとして、七年経って、始めて水仙が一輪咲いています。

*「すばらしい」とか「残念な」とかで言い表せない御体験をされましたね。「~について知る」ことと「~を知ること」はまったく別、とは井上神学の教えるところです。ともかくもお大事に。


大和市  佐藤悦子
雪の日はみ言葉秘めて暮れにけり
修院の門の奥なるヨセフ像
暁の空に向かいて南無アッバ今日の一日を委ねまつらん

*「南無アッバ」に徹底する道のりは長い。でもそれは楽しい旅。参考まで、私はスランプのときは、聖書そのままを575(77)にまとめてみます。


豊田市 佐藤淡丘
春の星天の笑くぼとなりたまふ
水底にひかりの立つや磯遊び
如月の奇しき光り綿毛とぶ
手を容れて届かぬものや春の雲
淡雪の天網恢恢くぐりぬけ

 鍵山秀三郎という実業家の著した「日々これ掃除」という本を手にして随分慰めを得ました。そこで自分のことを披瀝するのも、いささか恥しさを覚えますが、或る福祉施設の掃除ボランティアをやり始めて、今年で九年目を迎えようとしています。毎日のこととて時には孤独感、そして空しさを抱くこともありますが、食堂・風呂・トイレが奇麗になってゆく過程を見届けた後の満足感に支えられて、今日までなんとか続けております。私の好きなキリスト者、内村鑑三の次の言葉も、ともすると心の糧にしています。

 「勤労の報酬は満された良心である。さらに尽くそうとする決心である」と。

*「良心」と「決心」を頂けるボランティア――これを体験によって知る淡丘さんの人柄が、句に現れる。先日の四谷講座に、遠方から駆け込まれたバイタリティも見習いたいもの。


一宮市  西川珪子
春光の充てる聖堂マリア像
紅梅の幹も紅なり神の業
筒茶碗亡夫の手作りぬくもりぬ
重き雲に堪えかね一枝折れてをり

*④をどう読むか。ばらばらでなく、これらの句を連作として読むと、決して暗くはない。むしろ「一枝」の潔さを感じる。アッバをいただく求道詩歌の試み。


秦野市  長谷川末子
丹沢近い公園に/春を求めてやって来た/甘い香りと紅い花/枝垂梅の満開に/今日と云う日を感謝する/一歩入ると犬ふぐり/西洋たんぽぽ笑ってる/絹糸揺れる遠柳/ジョギンギする人、親子連れ/テニスコートの半袖さん/照明塔の天辺鴉/地上見ながら啼いている/広い青空白い雲/雲は崩れて流れ行く/二十度近い暖かさ/あゝ春一番の真昼間

*二月末の夜、強い南風が吹いて、これは春一番だなと思ったのですが・・・・いずれにしろ、気象庁の発表より、こうした自分の実感で確かな春を知るうれしさ。


蓮田市  平田栄一
たまさかにスラッと訳せしギリシア語の一文眺む惚れ惚れとして
地の塩になれとは言わず地の塩であるとぞ言えりイエスは吾に     マタイ5 
群衆に祈りをこめて配られし七つのパンと少しの魚          マルコ8

寄贈誌より

「野守」四三号          大木孝子
鮭また鮭絶頂の死へひた急ぐ
死に際はめんだうならむ蜆汁
魚は氷にリリアンの尾のうす緑


「風」アッバ讃句応募規定――
 井上神父の「アッバ讃句」にならい、皆さんの南無アッバの祈りを短い求道詩歌にしてお送りください。「~~南無アッバ」という形のほか、俳句・短歌・川柳・自由律・一行詩などでもけっこうです。(採否選者一任)


「バルトと蕎麦の花」を読む(3):平田栄一
 前回まで、偶然にも井上神父をご存じだった「はんぐろ」氏のK牧師体験とでもいうべき実話をご紹介しました。前号のこの記事については、井上神父ご自身からもコメントをいただきましたが、それとは別に、本誌でもおなじみの俳人・新堀邦司氏からも、お電話やお手紙を頂きました。まず、その一部をご紹介させていただきます。
 「影山譲牧師(筆者注:これまでの文章では「K牧師」と書いてきましたが、この後転載する公になった本でもすでに実名が使われていますので、それに合わせることにします)とは何度かお会いする機会があり、私も以前出版した『野尻湖物語』の中で、「名牧師のこと」と題して、一文を書いております。

 影山牧師は信濃村伝道所での務めを終えたあとは、伊豆の下田の教会に移られ、現在は東京都青梅市にある引退牧師のホーム○○で奥様と余生を過ごされています。数年前、私はこのホームを訪問し、ご本人にお会いしました。

 阪田寛夫先生とも懇意にしていただき、ある夏に野尻湖畔にある別荘を訪問して親しくお話をする機会を得ました。お二人の名前を目にしましたので、つい懐かしい思いになり、お電話した次第です。
 現在、信濃伝道所の牧師は稲垣という青年で、私の長男と若手牧師仲間として親しくさせてもらっています」(二〇一一・一・八)

 以下、右文中にでてくる新堀邦司著『野尻湖物語』(長野県 信濃町文化によるふる里おこしの会刊)から転載させていただきます。「K牧師」こと影山譲牧師の人柄がよく描写されています。

 <「朴訥(ぼくとつ)」という言葉はこの人のためにあると思った。小柄で、服装には無頓着で、頭髪なども梳(くしけず)っていない。見るからに、田舎教師そのものである。話し方も朴訥で、どこか訛りがある。それでいて、何か不思議な人間的な魅力がある。日曜日、教会で行う説教は、朴訥ながら聞く人の心を打つ。小林一茶の里にある「日本基督教団信濃村伝道所」の牧師・影山譲牧師のことである。

影山牧師はちょっとした名物牧師である。とっつきにくい印象を与えるが、朴訥で、とても暖かな心の持ち主だ。日本一雪の深い町で、ひたすら神の愛を伝え、土地の人々を支えつづけている姿には正直いって頭が下がる。
影山牧師がこの地に赴任してきてから、かれこれ二十年にもなる。牧師の在任期間としては長い方だ。今ではすっかり土地に根を下ろしてしまった感がある。

「野尻湖の近くは四季の変化に富んでいて、とてもいい」
土地の印象を聞くと、影山牧師は開口一番に風土を褒めた。>(「名牧師のこと」九四頁)(つづく)


*入会案内は本ブログサイドバー参照


南無アッバの集い・井上神父の言葉に出会う(第十一回)三月二十六日(土)午後一時三〇分:四谷ニコラバレ

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