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自我を相対化する  

もう一度、「金持ちの男」をノックアウトした、イエスの言葉に戻ります。

「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」(21節)

だったね。
「あなたに欠けているものが一つ」っていうのはこの場合、「あんたは、根本が欠けている」ってことでしょ。
いろいろ同等にあるなかの「一つ」じゃないんだね。
決定的なものこそ、欠けている。それはつまり、自己が相対化していない、ということ。「おれ意識」でがんじがらめだってこと。
だから、気をつけなきゃいけない。この言葉だけ読むと、「欠けているもの」=「持ち物をすべて貧しい人に施すこと」と思っちゃう。違うと思う。
それは、こう考えれば明らか。
つまり、文字どおり持ち物を全部売り払って、すっからかんになって、人にあげて、イエスについていけば、この人は救われただろうか?ってね。
どうも違う感じがする? 逆は必ずしも真ならず。
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