「南無アッバ」を生きる ホーム » ツイッター記事 »11/05のツイートまとめ

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

11/05のツイートまとめ  

yohaku5

「主人は、この管理人の抜け目のないやり方をほめた。」(ルカ16)http://seseragi.jesuits.or.jp/07-prayer/101105.htm
11-05 08:51

イエスのたとえのいくつかは、私たちの常識をこえて、理解しがたいものがある。このペリコーペもその一つ。
11-05 08:52

ゆえに、古来様々な解釈がされてきたが、今日は今あげた御言葉に注目したい。それによってイエス様は、何を言いたかったのだろうか。
11-05 08:54

「抜け目がない」こと、すばしっこい、ある意味ずるい?やり方でさえ褒められる。何に対して?「自分が家に迎え入れられる」ため。
11-05 08:56

家に迎え入れられるために、必死になっている「管理人」の姿。「そこまでして、おまえは救われたいか? そうか、あっぱれじゃ」そういう気持で主人は褒めたのかもしれない。
11-05 08:58

そんなことを考えていると、どんなことをしてでも、神の国に迎え入れられること、ありとあらゆる方策をして、努力をして、「神様、私をよろしくお願いします」と懇願する、そういう姿は、アッバの前に、「よし」と映るのではないか、と思える。
11-05 09:01

また、その手段も考えさせられる。この「管理人」がむしゃらに救いを求めていても、がむしゃらな手段は使ってない。「土を掘る力もない」「物乞いするのも恥ずかしい」いかにも後ろ向きな感じがする。おかしみさえある。
11-05 09:04

そういう彼も、アッバは受け入れる。自分の分をわきまえること。自分に合った救いの手段があること。そんなことまで考えさせられる。
11-05 09:05

「恐れおののきつつ、自分の救いを達成するように努めなさい。」(フィリピ2:12)
11-05 09:07

category: ツイッター記事

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/1593-15939141
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

講座・南無アッバの集い

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

カテゴリ

全記事表示リンク

▲ Pagetop