「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 求道詩歌誌「余白の風」 »第179号 2010年11月発行 ありがとう!最後の「南無アッバ」ミサ

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第179号 2010年11月発行 ありがとう!最後の「南無アッバ」ミサ  

A4(2頁)プリント版はこちら(見本)。毎月会員に郵送しています。

日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる

井上洋治神父のうた(*主宰寸感)

―南無アッバの定期ミサ最後の替歌讃美歌―

*今号会員のおたよりにもあるように、去る十月十六日、四谷ニコラバレ聖堂で、井上神父叙階金祝のときより多い人たちが参加して、定期としては「風の家」最終のミサが行われました。講話ののち、皆で唱和した井上神父作詞の替歌讃美歌。聖体拝領には長い列ができ、心温まる時間を共有させていただきました。


会員作品とエッセイ

名古屋市  片岡惇子

朽蔦に一葉残りて命かな

黄落や裏も表も私なり

十月や年を重ねて手の重く

*一句目、最後まで丁寧に生きる。二句目、裏を見せ表を見せて散る私。三句目、五十肩で私も辛い。


大和市  佐藤悦子

あわれなりクマの親子は人の世に自然の乱れ告げてゆきけり

COP10みちびきたまえ南無アッバ 繋がっているあなたも吾れも

生物多様性条約会議(COP10)に寄せて
「神よあなたは人を神に近いものとし栄えと誉れの冠を授け、造られたものを治めさせ、すべてをその足もとに置かれた。羊も牛もことごとく、野の獣、空の鳥、潮路を泳ぐ魚の群も。」(詩編8)

*現代は「神を切り離して、人間と自然を切り離し、そして人間が自然を従わせ自分の欲求のままに扱おうとしているうちに、神を忘れた」(『南無の心に生きる』)


豊田市 佐藤淡丘

移ろいは天より地へと虫の秋

虫の音のたしかむる先地の匂ひ

こぼれ萩一輪ごとは知らず過ぐ

秋の海足裏に硬き渚かな

 カンボジアの旅(主催・日本カトリック宣教者会)に出る直前、東チモールに駐在している娘から電話があり、「お父さん、ちゃんと目的を持って行って下さいね。」と少々不遜とも思える言葉が発せられた。咄嗟のこととて「うん、分っている。謙遜を学んでくるよ。」と何か哲学問答のようなことを言った覚えがあります。しかし今こうして帰ってみると、今回の旅はまさに、「謙遜」を学び、今もそのことを反芻している自分を発見しています。
 内紛・貧困・格差社会のはざまの中で、健気に生きているカンボジアの人々、中でも子供達の澄んだ瞳に出会うとき、現地にいる日本の若者(五名)が、それぞれの立場で神の国の実現のために働いている姿に接し、胸を打つものがありました。南無アッバ

*お嬢さんを含め、「日本の若者」も、すばらしい人はたくさんいる。そして現地の子供たちに宿る、涼しいまなざし。


京都市  瀧野悦子

秋の夜の耳熱くなるlove-song急に編みたき彼のセーター

言い分けをぎゅっと怺へたグーの手をパッと開けば南無南無アッバ

重い荷をそっと助けてくれる君 君はいったい何処からくるの

*二首目、新鮮な視点。グーパー、グーパー、南無アッバ。リズムがいい。三首目、「セーターの彼」かイエス様か。


一宮市  西川珪子

毀れゆく地球に住みて祈る風

日々色増す稲穂は豊かみずほの国

当教会の入り口に「切支丹殉教顕彰碑」があり、尾張の国で三千人もの人が殉教者になられた由、記して有ります。ある時一人の僧侶がその碑に出会い、三千人もの人が殉教とは納得ゆかず、いろいろと調べた結果、間違いないと確証され、それが縁で当教会の寺尾神父と心を通わせる事となり、お互いに祈る場は違ってもと云う事で、講演を企画されました。仏教の辿った道も知ることができ、連西寺の住職もキリストにおける殉教を知ることができたと感謝されました。
名古屋には、ローマ法王庁も認めた栄国寺と云う寺があり、切支丹遺跡や千人塚があります。見えない所で神様はいろいろに働きかけて下さるのだと感動しました。南無アッバ

*「切支丹殉教」ということからは、日本における伝道の問題など、さまざまなことを考えさせられます。


秦野市  長谷川末子

秋しぐれ傘軽やかに孫帰る

冬空に舞ふ鷺の群力満つ

人手なき畠の熟柿地に戻る

*三句目、新鮮な視点。「柿」にとっては、食べられてもそのままでも南無アッバ。いつも通信費補助の切手をありがとうございます。


稲城市  石川れい子

艶やかに源氏を語る実むらさき

「木にある時は 枝にゆだね 枝から離れれば 風にまかせ 地に落ちれば 土と眠る 神様にゆだねた人生なら 木の葉のように 一番美しくなって散れるだろう」(星野富弘)
 南無アッバの最終ミサで 井上洋治神父様作詞の歌を「夕焼け小焼け」の曲で皆で歌う。「からすも小鳥も野の花も みんな仲良く手をつなぎ ぼくらと一緒にとなえましょう アッバ アッバ 南無アッバ」
 これが南無アッバの「最終ミサ!」井上洋治神父様 南無の心をありがとう 枝から離れる一葉の この葉は光に照らされて 真っ赤にもえてひらひらと 風にゆだねて舞う姿
  裏をみせ表をみせて 散る紅葉  良寛
 聖堂にあふれる人々は 南無の心がにっぽんの風土にしみいる共通の 共感できる言葉だと 風の家から吹く風に 教えられて二十余年 「アッバ アッバ 南無アッバ」(二〇一〇・十・十六)

*ご出席ありがとうございました。当日は四〇〇人からの人が参加くださり、大盛況でした。みなさまに深く御礼申し上げます。


八王子市  井上文子

テレジアの種を日本の地に蒔かれ

残照のほてりを明日へ南無アッバ

ぺちゃんこになった日独り詩編読む

 十月十六日、井上洋治神父様の最後の南無アッバミサにあずからせて頂きました。『アッバ讃美』『すべてはアッバの御手に』読ませていただいています。

*ありがとうございます。また、お時間あれば、南無アッバの集い・講座の方にも、お出かけください。


練馬区  魚住るみ子

霽(は)れ渡る浅葱の空の限りなしこころの枷の解かれしとこそ

衿元に母の残り香夏衣

ふとりゆく実の見え隠れゴーヤ棚

*一首目、「浅葱」色というのは、日本人に特別の感慨をもたらす色のようです。三句目、ユーモラスなゴーヤ君。


蓮田市  平田栄一

「新しき彼女ができた」と子は言えり聖女クララの記念の朝に

夏期講座キリシタン史に集いたるリピーターらの絆は固し

寄贈誌より

キリスト教俳句を志向獺祭忌  景山筍吉

爽やかにマリア讃歌の稿起す   同

筍吉は、昭和五十五年に麻布教会で洗礼を受けたカトリック俳人。意欲的にキリスト教俳句を詠み、その普及と『キリスト教歳時記』(中央出版)を編纂した。新堀邦司氏が「日矢」十月号の「人物歳時記」で取り上げている。これを補足したのが『福音歳時記』(ふらんす堂)であり、拙著『俳句でキリスト教』を書くときも、大いに参考にさせて頂いた。当時、編者の永井房代・芙美さんからは、暖かい励ましのお手紙を頂いた。ただ、残念ながら、右二冊とも絶版だと思う。

天国の園に涼しく憩ふとや  新堀邦司

汗だくになりて濁世を生きるかな  同


四谷講座・井上神父の言葉に出会う第一回記録(4)

(第一六七号から続き)つまり井上神学は、「イエス様は十字架にかかって復活した」というときの「十字架」や「復活」だけを強調するのではなく、お生まれになったときから、たとえ話も含めて、とくに、苦しんでいる人や病んでいる人に、どうやって接していたか、どういうまなざしをそそがれたかということを、重視していく、ということです。

その小さな、それぞれのたとえ話を聞かされた人や、イエス様が出会ったいろいろな人々がどのように救われていくか――そういう意味で言えば、イエス様は十字架にかかる前に、その人たちを救い、イエス様がその苦しんでいる人の身代りになった、という言い方もできると思います。そこに小さな救いがある。いわば、大きな十字架と小さな十字架の二重写しになっている。

ですから、井上神父の本を読むと、一直線じゃなくて、いろいろな話の中に十字架があって、福音もある。また違う話になると、そこにも小さな十字架を背負っている人がいて、それをまた助けるイエスがいる。小さい十字架と復活を繰り返していって、最後に大きなイエス様のメインの十字架と救いが出てくる。そういう構造になっています。そういう意味では、どの本から読んでもかまわないと思います。

○南無アッバの集い・講座「井上神父の言葉に出会う」第7回。
11月27日(土)13時30分。
四谷ニコラバレ会議室
講師・平田栄一。
会費千円。


*本誌投稿は原稿用紙使用。採否主宰一任
*締切=毎月末必着
*年会費二千円(送料共)

入会希望はメールにて。

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thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

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