「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 『日本とイエスの顔』 »166-170 憐憫と悲愛

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

166-170 憐憫と悲愛  

アガペーは無価値な者を含む愛

ただし、憐憫とは違う

『事件の核心』(G・グリーン)スコウビイの愛ならぬ憐憫による自己崩壊

憐憫は自己肯定の情熱であり、
アガペーのように自己転換しない

"アガペーは相手の立場で無心に共に泣く愛
→「悲愛」初出
→十字架の姿

マルコ2:13-17
歴史的イエスの明白な特徴:下積みの人たちとの交わり-ブルトマンも認める

この特徴から、イエスの生涯を貫くものが見えてくる


井上神学=アッバ神学での最重要なキーワード「悲愛」が初出する箇所。

相手と同じ位置に立って、
「共に喜び、共に泣く」「悲」の意味が強調される。

このあと、
アッバ神学の特徴が鮮明になる。

category: 『日本とイエスの顔』

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/1584-a930ca53
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

講座・南無アッバの集い

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

カテゴリ

全記事表示リンク

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。