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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

158-163 エロスとアガペー  

プラトンのエロス論
-ディティーマ:もともと一つのものが求め合う情熱

感覚を超えて、イデアにまで昇る、
「自分にない価値を追い求める」ため「自己中心的姿勢」

人間は、神を求める場合も、
エロスから出発せざるをえない。

二人が一生を暮らすためには、
エロスを超えたアガペーが必要

エロスが真の自己を開花するには、
永遠の生命-場によって自己転換必要
→アガペーにより包まれる

「忍ぶ恋」「道ならぬ恋」は、妨害によって燃える
ルージュモンの「トリスタン・イズー」-恋愛(エロス)と結婚(アガペー)峻別

注目点
1.道ならぬ恋は死によってしか結ばれない
2.エロスを燃やすために障害をつくる

エロスを持続するには「絶えざる渇き」が必要
cf『狭き門』のアリサ-エロス賛美者


プラトンとルージュモンの物語によって、
まず、エロスの特色をつかむ。

ここでは、エロスは高められなければならないが、
頭から否定されるべきものではない、
という点に、注目したい。

私たちは、いきなり天使にはなれないのだから。

category: 『日本とイエスの顔』

thread: 聖書・キリスト教

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