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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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149-152 復活の身体とサイン  

「霊の身体でよみがえる」(1コリ15:42-44)とは、
身体がコミュニケーション=愛の連帯に不可欠であることを示す。

すなわち、「身体のよみがえり」とは、
永遠の生命-場に感応した愛のコミュニケーションである。

身体を持った人間には、伝達にサインが必要。

それは授受間の共通理解が前提となる。

イエスの教えを生きるとき、
無の原事実がロゴス・神の愛の合図(サイン)として受け取れる。

イエスの教えをほんとうに生きれば、
生きとし生けるものにアバの愛の語りかけが聞き取れる。

新約聖書は、無の原事実が神の愛の語りかけであることに気づかせてくれる。


「新約聖書は実践指導書である」という、
本の最初に書いたことをも、
敷衍される。

しかし、それはいわゆるマニュアル本という、
ニュアンスとは違うものである。

category: 『日本とイエスの顔』

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

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