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142-145 十字架から復活へ  

話は、十字架の意味の体験的獲得から、
キリストの復活という、信仰の核心に迫っていく。

使徒5:30-32の弟子の証言や
1コリント15:14のパウロの復活重視を引用するが、
復活の意味として、
「イエスの復活そのものは歴史的事実ではない」(143)と明言する!

復活は単なる蘇生ではない、というところまでは、
多くのキリスト者の賛同を得るだろうが、
霊の体をもつキリストの不可視性を強調する点には、
多くの反対論が、現在もある。

井上神父の復活論については、
私も非常に関心を持っており、
近年の『すべてはアッバの御手に』は、
ほとんどそのことに終始して書いた、
といってもよい。

総じて、
日本人キリスト者でなければ出てこない復活論といえる。

ここでは、
井上神父の復活論が、
主にレオン=デュフールの名著

に負っていることを、
付言しておく。
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