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神の国は「流れ」「無」による理解 p.104-106   

神に国は吾らを包む「根源の大生命の流れ」であり、
その永遠の生命の流れは、吾らを包み込んで流れ始めている。

この流れに身をゆだねよ、そのとき、真の完成、喜び、愛を
味わうことができる。

これがイエスのメッセージ。

この神の国を理解するには、
「無」を理解するのが有益、と神父は言う。

古言〝火は火を焼かず、水は水を流さず〟
=A即非A(鈴木大拙)

私が私であるのは、私ではない「スッカラカン」による
→対象化できない無
→無我となり、行じ体験するほかない

ここでも、井上師の体験主義的キリスト教が
発想の根底にあることがわかる。
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