「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 求道詩歌誌「余白の風」 »第177号 2010年9月発行

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第177号 2010年9月発行  

井上洋治神父の提唱する、日本人のキリスト信仰を生きるために

井上洋治神父のうた(*主宰寸感)

――コンビニでの買い物――
あっ、/パンを買ったお釣りの小銭を取りおとし/それが/カウンターのまえの床のうえに/散らばってしまった/目の不自由なぼくには/うつむいて/一円、五円という/小銭をひろうのは難しい/うろうろしていたら/カウンターの青年が/大丈夫ですかと言って近寄って来て/小銭を集めてくれた/嬉しかった//駅に来て/切符売り機で切符を買おうとしたが/うまく行先の駅名が読みとれない/うろうろしていたら/はやくしてくれないかなあー/という声が/後ろの方から聞こえてきて/ぼくはあわてて/その場をはなれた/行きかう人たちの顔がおぼろげなのは/なにも/その日にかぎったことではないのだが/なにか ふっと 哀しみが/心の底からこみ上げてきた/その哀しみをそっと/「南無アッバ」のお札のうえに抱きしめ/駅の階段をのぼりながら/ぼくは/一段ごとに「南無アッバ」を/となえつづけてみた//アッバの作品としての/ちっちゃな ちっちゃな/ぼくの人生が/次第にぼんやりと/アッバの広く大きな息吹の中に/みえてきて/不思議に/何か心があたたまってきた//アッバ/ありがと、嬉しい/南無アッバ

(「風」第79号08年夏・秋 傍線主宰)

*人のちょっとした言葉に一喜一憂するのが、生身の私たちの日常。老いの深まるなかで信仰は益々揺るがぬものとはなるものの、体の衰えは如何ともしがたい。
そうした中で、「南無アッバ」とお札を通して神につながっていく具体的な術が、右傍線以下に示されている。文学と祈りの「実践指導」を兼ねた優れた詩。

会員作品とエッセイ

八王子市  井上文子

人の子を離れて蘭の咲きっぷり

今更の思案虚しく南無アッバ

長短を合わせアッバの懐に

*一句目、人間のおせっかいを離れてのびのび。二句目、ドンマイ! 三句目、すべてはアッバがご存知。


名古屋市  岩崎姫公子

しゅろの芽の棒立ちのさま聖霊祭

折り紙の朝顔咲ける老いの家

夏まつり施設の庭に踊りの輪

*季節の移り変わりと、その中に生きる人間・自然、そしてアッバを思う心が、各句にあふれている。


名古屋市  片岡惇子

空蝉や自然法なるこの命

口尖らす石榴の怒り受けてみる

心太突けば吹き抜く風のあり

お向かいの大きな家が、私の家の窓をほとんど覆っています。それでも、ベッド兼用の長椅子に仰向けになって、窓を眺めると空が少し見えます。
季節毎に変る雲の動きが見えます。今は、入道雲が、力強く私の想像を掻き立ててくれます。夜になると、星月も見える時があります。僅かな窓の帯状の空間から、神様の与えてくださる恵を、楽しんでいます。癒されています。

*各句、思い切った描写が清々しい。小生宅も同じく年中日陰。それでも西日に胡瓜や朝顔がよく育つ。


大和市  佐藤悦子

聖母被昇天とお盆
聖母被昇天の祝日は、昔から東方教会に大事にされていたが、七世紀頃ローマでも祝われるようになり、間もなく全西方教会に広がった。古代ペルシア人の信者は、マリアのことを「かがやかしい姫」と呼んで、八月十五日にこの被昇天を祝っていたが、この信者は、インドや中国に渡り、祖国の信仰と習慣を持って行った。その八月十五日の晩は、大きな火をともして、「かがやかしい姫」を祝い、死者の事を示す小さな灯を川に流して聖母が天国に導いてくださるように祈る習慣があった。その頃、中国に渡った弘法大師は、この話を日本風になおして紹介した。こうしてはじめて「かぐや姫」の話が伝えられるようになった。死者のためのお盆も、その時から始まったといわれている。
(参考:聖母の騎士信心会報78号)

初盆の叔母のみ魂に南無アッバ 被昇天祭聖母に祈る

*興味深い話ですね。8月15日は終戦記念日との符号も不思議に思っています(『俳句でキリスト教』73頁参照)。


豊田市  佐藤淡丘

かなかなやかわたれどきのかなたより

眼のみ濡らして鳴けり秋の蝉

いなびかりためさんとしてまたひかる

冒頭の句、かわたれ時/彼は誰。字引によれば、人の見分けがつきにくい時刻、夜明け。とある。ものの本によれば、これを最初に使ったのは彼の国木田独歩だそうで(たき火)、もう百年も前になる。また私の大好きな内村鑑三の文章によれば、「朝陽水を離れて東天ようやく明らかなる時」と記し「歓びは朝来る」Joy comes in the morning. とこの時刻を謳歌しています。今朝もかなかな(蜩)が森を深くして鳴いています。夏終るの感を深めます。

*今年は特に残暑が厳しいので、「かわたれどき」は大切な活動の時間ですね。

京都市  瀧野悦子

チャレンジに戸惑ふ背をポンと押し為せば成るよと南無南無アッバ

あはあはと繰り言尽きぬ病む吾子にぶっ飛ばしちゃえステーキを焼く

*子を思う母親の気持ちがストレートに出ていて頼もしい。その背をさらに見守ってくださるアッバ。


一宮市  西川珪子

原罪が脱ぎ捨ててある蛇衣

それぞれの思ひを秘めて盆のミサ

やさしきは風に応える風鈴かな

*一句目、この猛暑の中では実感をもてる句。お盆はキリスト者にとっても、日本では特別な意味を持つ。


秦野市  長谷川末子
 朝顔
都忘れの花も散り鉢の中に双葉が三つ/迷い込んだ鉢の種。日毎に伸びる朝顔に/竹の囲いと棒を立て三週間が過ぎました/葉が茂っても咲かぬ花暑さの精と決めました/それから数日大輪のピンクが五個も咲きました。見捨てた鉢に四色の花が毎日咲いている/短い命おしみつつ都忘れの置土産/思いもしないプレゼント/目覚めの朝から元気です。

炎天下買物帰り南無アッバ

ぢぢばばが入れ歯洗ふ夜南無アッバ

朝顔が十二個咲いて南無アッバ

*朝顔は下町の花、不思議な花、日本人の花。うちでも妻が拾ってきた種が可憐な花をつけました。


稲城市  石川れい子

マザーテレサ生誕一〇〇年
 南無南無アッバ 南無アッバ
今日はマザーテレサの生まれた日 八月二十六日よ。マザーテレサ生誕の一〇〇周年の記念ミサ。微笑むマザーのお写真にいのりを捧ぐ人多し。八十七年の一生は 神の手となり足となり ひたすら神の愛のため神の道具となりきった愛の天使のようでした。人の命の始まりと人の命の終わるとき それが一番大切と人の命の尊厳を 行いで伝えた人でした。
帰天後わずか六年で二〇〇三年に コルカタの福者とされました。二十世紀の人としてやがて聖者とされるのは間近いことと待たれます。宗教を越え国を越え みんなが慕うマザーテレサ。マザーの愛に共感し たった一人の行動が 今では百二十カ国に広まった神の愛の宣教者会のメンバーは 六千人になりました。

めつむればマザーテレサの素足かな

神の愛マザーテレサの汗となり

*リジューのテレジアからマザーテレサへ。一見対照的な活動のようでいて、根本の所でつながっている。


蓮田市  平田栄一

キリスト者われ久伊豆の七神社めぐりて楽し秋の夕暮れ

居間の灯の小さい方の球が切れそのまま秋のひと日は暮れぬ

寄贈誌より

みづにそひそらにしたがひ秋淋し  大木孝子(「野守」41号)

死ぬときはみな顔小さし稻の花

無花果を裂けばほどなく雨の音

*易しい言葉に、深い意味のこめられた佳句。


六月の二十日で果てし日記かな   新堀邦司(「日矢」548号)

花の門明け花嫁を迎へけり

婚祝ひ春の讃歌を高らかに

*看取りや花向け、悲喜こもごもを南無アッバ。

後 記

○久しぶりに内村鑑三全集を開く(第1巻1981年版 岩波書店)。編年体で編集された最初の文章は「米の滋養分」明治13年(1880年)、内村20歳のとき、『農業叢談』という、北海道農民啓蒙のため、農学校生徒がつくった冊子に寄稿したもの。
 米と他の穀類を表で比較し、結論として、米がそう優れた食物でないことをいい、?北海道は米より栄養価のある麦や玉蜀黍が生産に適しているのに、高価な米を求めるのは嘆かわしい?としめくくる。
 学生時代の短い文章だが、その土地土地に適したものを栽培し、常食とすべし、という発想。どこかで「二つのJ」、日本には日本のキリスト教、という発想につながらないだろうか。
 それにしても、内村鑑三全集(や本)は、根強い人気があり、長く読まれている。全集がたびたび出されたり、昨年はそのDVDも出たという。それだけでも、日本人キリスト者としては、稀有の存在である。

○二番目は「千歳川鮭減少の原因」内村鑑三22歳、明治15年の文章。内村がその設立に積極的にかかわった「大日本水産会」の会報告に載る。この集会でたびたび演説や談話を行った。一時この会報告の編集で生計をたてる気持もあったようだ(改題参照)。その後水産伝習所が設立されると、そこの「教師」として「授業」をし、実習指導もした。
宗教とは分野は違うけれども、このような若い時の経験や編集への興味などが、鑑三の後の活動――精力的な執筆や集会活動などへの準備となっていたように思えて興味深い。
 ところでこの千歳川の鮭の話だが、鮭保護のため禁漁にしたとたん、ウグイが増えてかえって鮭が減ってしまったという皮肉な落ちになっている。これも短いが、なかなか含蓄ある話。そしてこう結ぶ、
「只々卓上にて論究するのみにして実際の如何を討察せざれば還てかくのごときの弊害を生ずべし 記して以て貴会に報ず」
 人生や信仰においても「実験」ということを主張しつづけた内村鑑三。「実際の如何を討察」しようとする体験主義は、ベルクソンから影響を受けた井上洋治神父のアッバ神学に通じるものであり、日本人の体験知的特性を思わずにおれない。ここでもまた、「二つのJ」が想起される。
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南無アッバの集い講座「井上神父の言葉に出会う」第6回。9月25日(土)13時30分。四谷ニコラバレ会議室:講師・平田栄一。会費千円。


*本誌は、井上洋治神父の提唱する日本人のキリスト信仰を生きるため、詩歌を中心として、共に道を求め、祈り合うための会誌です。
*初心の方はもちろん、どなたでも、賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)
*締切=毎月末 *年会費二千円(半年千円 誌代送料共)
*入会案内 余白メールへ。
*ご意見ご感想をお寄せ下さい。
yohakunokaze-mihon_convert.jpg見本誌A4判両面刷1枚

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