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第176号 2010年8月発行  

井上洋治神父の提唱する、日本人のキリスト信仰を生きるために

井上洋治神父のうた

――救急車のさいれん――

右に左にそそり立つ/高層ビルのコンクリートの壁/そのコンクリート砂漠の大都会の真中にある/猫のひたいほどの/小さな 小さな緑の空地/それでも/この小さな空地で/風とたわむれている いちょうのけやき//重い、だるいからだをかかえて/ぼくは 今朝も/アッバのおはからいに感謝しながら/いっときの静けさをあじわっていた//と/全く突然に/まさにつんざくような/救急車のサイレンがきこえてきた/あっというまに/現実にひきもどされたぼくは/我が身を振り返り/思わず アッバに/感謝の祈りを捧げた/でも そのあと/ふっと気づいて/車中の人に思いをはせ//あわてて/ぼくは つけくわえた/「アッバ 車中の人もよろしくお願いしますね」//窓外の空地の木々たちも/何だか笑いながら/一緒に/〝南無アッバ〟と、となえてくれているみたいだった/アッバ 南無アッバ  

二〇〇九年二月のある朝

*「風」84号巻頭詩。井上神父の詩に〝無技巧の技巧〟とでもいうべき魅力を感じるのは、私だけであろうか。「コンクリート砂漠」のなかの、風や草木、自分、隣人をストレートに歌って何の技巧もない。だが、人工物の中で「風とたわむれる」自然、その脇で生身の「だるいからだをかかえた」自分、それを「アッバのおはからい」と「感謝」する、という、汎在神論的信仰の具体が示されている。

しかし間髪いれず「救急車」で運ばれる「車中の人」へのとりなしの祈りを忘れない――「共に」という悲愛の具体がある。そこに無理や背伸びや理屈はない。どこまでも正直でストレート。そして結句は、そうした自分や隣人を、「笑いながら」包み込んで、「一緒に〝南無アッバ〟と、となえてくれる」「空地の木々」に視点が戻る、そこにキリストをみるように。


会員作品とエッセイ(*主宰寸感)

稲城市  石川れい子

父は生誕一〇〇余年

 南無南無アッバ 南無アッバ
 能登の農家の次男坊、中学合格叱られて、勘当されて他家の子に。昼間手伝い、夜は夜具の、中で勉学夢捨てず、お国のためと憧れの海軍士官へまっしぐら。首席で通し卒業に、恩賜の短剣賜はれり。
 国敗れて山河あり。戦後は公職追放で、物物交換、畑づくり、南瓜と芋で食いつなぎ、やうやく造船技師として、ドックで働く二十年。老ひても勉学怠らず、特許庁の翻訳を、続ける父の背中かな。
 神の計画愛深く、息子娘をミッションの学校に入れしが信仰の、恵みいただく縁となる。月日は流れ、病得て、神の学びを病院で、遂に受洗のお恵みを、還暦の頃賜はれり。
 八十歳でこれまでの、自分史まとめ遺言書献体手続済ませ後、八十七歳で帰天せり。

献体の父見送りて茄子の花

炎天下被爆の聖母マリア像

*人の一生の不思議、人の死が残すもの・・・・アッバのなさる御業は計り知れない。


文京区  大木孝子

風の家まで風に押されて薄紅葉

花ひひらぎほんとはさびし神様も

磔刑の御身やはらにかげろへり

*第四句集『蟲狩』より。第一句には「井上洋治神父様」と前書き。各句のなかにはっとさせる発見がある。


名古屋市  片岡惇子

神の内芙蓉咲きては散り行きぬ

伝え切れぬ寂しさありて西瓜割る

蜘蛛の網に何か残して落ちて行く

*「伝え切れぬ」「何か」はきっとアッバ「神の内」にあり、何でもご存知です。信頼しましょう。


大和市  佐藤悦子

天青くヒマワリの花咲く如し娘の霊名はフランシスカなり

オオカミも小鳥もそばにやってくるフランシスコの太陽の讃歌(うた)

以前、日本で一番人気がある聖人は、アッシジのフランシスコと聞いたことがあります。日本人の自然観や心情とフランシスコの霊性は、通い合うものが多いのでしょうか。そこで久し振りに『古都アッシジの聖フランシスコ』(講談社)の写真集を開いてみました。

「小さき貧者である吟遊詩人 フランシスコにとって聖書の言葉は、そのままの実感でした。自然を自分の見方で詩にしましたから、素朴な人々に影響を与えました。後世のアッシジの信心詣りは、そこへ行って自然を賛美するということでもありました」(文・小川国夫)

*私事ですが、わたしの霊名もアッシジのフランシスコ。ちなみに妻はクララ。


豊田市  佐藤淡丘

語るかに空蝉の背割れてゐし

木下闇ころがり出づるものはなし

神ぞ知るたった一羽の帰燕かな

「そもそも日常は報われぬことの繰り返し」だと、その昔先輩から教えられたことを、ふと想い出しました。早朝の丘での祈り。日々施設での掃除夫としての祈り。はたまた、家庭祭壇での祈り。これらが何らかの成果を求めての祈りだったらどうでしょう。きっと不満しか生じないことでしょう。

交換取引でない祈り、即ち、恵みは恵まれる方が恵みたいときに与えて下さる。ただ、それだけのことと思うように、やっとなりました。今日も消夏法の一つ、「南無アッバ」を三回唱えました。

*「報い」ということのレベルや範囲を、小さな自我をこえて、アッバにお任せしたいものです。


京都市  瀧野悦子

白日傘クルクル六十路南無アッバ

TシャツにLOVEの一文字南無アッバ

ころころと笑ふシスター南無アッバ

お仲間に入れていただけうれしく存じます。気負いなく素直な句詩歌・・・・皆様から祈りの優しい風をもらいました。とにかく出句を。いゃーのびく作句出来て楽しいです。いつもなら推敲を重ね、主宰の言われている点に注意して、類句に気をつけアレコレ・・・・なのですが。神様との語らいを句に出来るなんて楽しいです。

*アッバのふところで「のびく作句」この姿勢も求道詩歌の特徴ですね。


立川市  新堀邦司

飛梅も葉陰に青き実を結び  大宰府天満宮

幾千の絵馬を鳴らして青嵐

玄海の幸を肴や冷し酒

*「日矢」8月号より。同誌連載、氏の「人物歳時記」が楽しみ。御祖父・愛月様の<老梅は支へ柱にもたれ咲く>が心に沁みる。


一宮市  西川珪子

漆黒の闇にほたるの乱舞して

戦争は嫌です清流蛍川

魂鎮まる長篠の原ほたる飛ぶ

仏法僧で有名な鳳来寺山近くの湯谷温泉に行きました。近くには長篠の合戦跡があり、夜は蛍狩りならぬ蛍乱舞を心ゆくまで楽しみ遠き日の情景が蘇ってきました。

*学生時代ひとりで、リュック担いで南木曾から鳳来寺山まで、自然歩道を歩いたことを思い出します。


秦野市  長谷川末子

レンちゃん

二年になって背が伸びた/妹、弟やんちゃです/子育て母さん忙しい/時々大声聞こえます/日本生れの子供達/親の会話はベトナム語/学校好きのレンちゃんは/国語算数よく出きて/スポーツ給食共に好き/いつも身ぎれい髪束ね/一人一人が個性的/素早い行動目は澄んで/ふと恥しい私です。

 丹沢の山を毎日眺めています。日毎に変る姿に神の御技を感じます。

*結句に思いがこもる。日本人が忘れたもの。学ぶべきが日常に溢れている。


蓮田市  平田栄一

何処にか大安心があるような夜がうきうきと更けにけるかも

ベルクソンの「持続」を思う夕間暮れ妻の作りし酢豚が匂う


高校倫理「キリスト教」授業録6-平田栄一

こうしたことをふまえて、以下、ぼくがこの話を、ちょっと大胆に意訳・敷衍(ふえん)(意味・趣旨などをことばを付け加えて、くわしく説明すること)して現代的にアレンジしてみます。
 もとの『マルコによる福音書』(10章17~31節)の話と比べながら読んでみてください。
                *
 ある金持ちの青年がイエスのもとに来て、真剣な面持ちで尋ねました。
 ――先生、どうか教えてください。ほんとうに人間らしく、生き生きと生きていくにはどうしたらいいのでしょう。
 イエスは答えました。
 ――きみはすべきことを知っているじゃないか。

 青年はいぶかしげに言いました。
 ――先生、わたしは世間の常識をわきまえ、親の言いつけもすべて守ってきたつもりです。学問を怠らず、目上の人たちにも礼をつくしてきました。しかしなぜか・・・・これでいいのだろうか、これがほんとうの自分の生き方なのだろうか?と、ふと不安に思うことがあるのです。心からの安心感がないのです。

 イエスはそんな彼をじっと見つめ、心から同情し、そして言いました。
 ――きみの気持ちはわたしによくわかる。君は誠実で勤勉だし、心もやさしい。でもきみには一つだけ欠けていることがありはしないだろうか?

 ――えっ! どんなことですか? いままでのわたしにどんな落ち度があるというのでしょう? どこかまちがいがあるのでしょうか?

――これから家にすぐ帰って、きみが親から受け継いでずっと大切にしてきた持ち物を全部売り払って、そのお金を貧しい人たちに分けてしまいなさい。そのとき、きみはほんとうに自由になるだろう。わたしについてくるとはそういうことなんだよ。(つづく)


後 記:余白

*会員の皆様、暑中お見舞い申し上げます。

*井上神父様その他の方から、前号についてコメントを頂きました。「うれしく、楽しく読ませて頂きました」、「いい句が多くなったね」といったお言葉です。会員が多くなってやむなく選句させていただいているところですが、こうした評判は励みになります。

*お願いがあります。私信との区別、また誤植防止のためにも、できるだけ投稿部分については原稿用紙をご使用ください。
  

*本誌は、井上洋治神父の提唱する日本人のキリスト信仰を生きるため、詩歌を中心として、共に道を求め、祈り合うための会誌です。
*初心の方はもちろん、どなたでも、賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)
*締切=毎月末 *年会費二千円(半年千円 誌代送料共)
*入会案内 余白メールへ。
*ご意見ご感想をお寄せ下さい。
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