「南無アッバ」を生きる ホーム » 求道詩歌誌「余白の風」 »第170号 2010年2月発行

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

第170号 2010年2月発行  

*本誌は、井上洋治神父の提唱する「南無アッバ」の心を生きるため、詩歌を中心として、共に道を求め、祈り合うための会誌です。


創刊二十周年の辞:余白

早いもので、本誌「余白の風」は、一九九〇年三月の創刊から今月で、丸二十年が経過しました。

先日、カトリック新聞から、「求道俳句について取材したい」旨連絡をいただきました。有難いお話なので快諾し、さて何を話そうかと考えていたら、ふと「そうかあ、ちょうど二十周年なんだぁ」と、こんな調子で気がついたのでした。

一〇〇号突破のときもそうでしたが、この会はともかく気負い無く始めたものですから、何年たったなどほとんど意識していませんでした。アッバは面白いことを巧みに仕掛けてこられるものです。

私と俳句との出会いは、当初から求道と結びついていたことなどは、すでに『俳句でキリスト教』にも書きましたが、この会そのものははじめから「求道」と「俳句」が直結していたわけではないのです。会の名称の変遷がそのことを表しています。すなわち、

○「層雲青年句会報」創刊~一六号(92・6)
自由律俳句結社「層雲」の下部機関として、平田が東京日暮里で句会を立ち上げ、その模様を報告するために発行。

○「青年句会報」~七〇号(01・6)
「層雲」分裂を機に、結社をこえた自由な短詩系探究の場となる。

○「余白の風」~現在
七一号(01・9)では、以下のように、「本会報改称の趣旨」を述べました。

「私はここで、本会報七十号十年を経過したことを機に再び名称を改め、これまでの反省と今後の期待をこめて、次のようにこの会報の方向性を明確にしたいと思います。

①本会報をより開かれた場とするため、俳句・短歌・一行詩といったジャンルを越えた、短詩系文学全般を模索するものとする。

②本会報を文学的興味だけでなく、生き方を模索し、道を求める人たちのためにも開かれたものとする。

③総じて、本会報を詩と生き方の自由な探求の場としたい。

以上が、私の考えです。
新会報名「余白の風」は、私の恩師・井上洋治神父の句、「余白の風 神の悲愛に 露草の如くに 遊ばん」から許可をいただいて、決定したものです。」

以後、この趣旨に沿ってほそぼそとですが、会を続けてきました。こうした私の勝手な方向付けによって、「なにやら抹香くさくなってきて、ついていけない」と思われた方も多いことでしょう。

はじめからいっしょにやっていた人はすでにどなたも残っていません。入れ替わり立ち代り、のべ何人くらいの方がこの会誌を通り過ぎたことか。すでに亡くなられた方もいます。

そして今、志を同じくし、かつ継続できる(実はここが一番大事)安定した、現在の会員の方々が集うようになったのです。それはそれほど昔のことではありません。

作者読者の皆様、私のわがままについてきてくださり、ほんとうにありがとうございます。改めて御礼申し上げるとともに、表題にあるこの会の趣旨「求道詩歌で南無アッバ」の思いを新たにしたいと思います。

こうした記念すべき時に、アッバのお計らいによって、カトリック新聞に取り上げるべく、大元麻美記者を遣わされたこと、驚きと感謝でいっぱいです。勝手ながら、この新聞掲載(近日中)をもって、二十周年記念行事とさせていただきたいと思います。

今後とも、詩歌を通して祈り合うべく、共に歩んでまいりましょう。アッバ、アッバ、南無アッバ


井上洋治神父のうた

―アッバ讃句――

朝目覚め/今日の一日 そっとさしだし南無アッバ

朝 目覚め 命なりけり南無アッバ

*前者は『アッバ讃美』(聖母文庫)、後者は『南無の心に生きる』(筑摩書房)より。
「南無アッバ」をキーワードに、その時々の正直な思い、情景をうたっていく「アッバ讃句」。
わたしは拙著『俳句でキリスト教』の最後にこれらを取り上げ、「既成の俳論の範疇で批評することは、見当違いのように思います」と述べました。

ではどのように読むべきか?
右新聞の取材のなかでわたしは、これから求道詩歌をはじめようとする人に、「わかりやすく、また最良のお手本」として、これらの句を紹介したのでした。


作品とエッセイ(*主宰句評)

秦野市  長谷川末子

枯木立星の世界を広げたり

終日を「お寒いですね」で通じ会ひ

締切の迫る賀状と俳句かな

誕生祭讃美おさめて灯の消ゆる

元旦
大晦日は満月/日の出前のクレパス色/躍る朝日は世界を照らす/神様はすべてを御覧だ/貴方の私の心の扉を叩く方/すべては御手にある 世界の人々/貴方も私も愛されている みんな皆/許して下さっているから。

*第二句、時候の挨拶というのは若い頃はどうでもいいような気がしていましたが、年々大事なものだなあ、生きていく上での潤滑油だなあ、と思うようになりました。第三句、締切があるからハリもある。末子さん、いつも俳句と詩のバランスが絶妙です。相互補完。


名古屋市  片岡惇子

凧揚げや天の門には誰が待つ

凧揚る実存の風止まるまで

臥せ居れば良きたより告げ寒雀

初氷目の前バスの発車せり

アブラハムははいと答えし寒椿

正月三日、御ミサからの帰り、一駅バスを早く降りました。途中小さな公園があって、凧揚げをしている父子がいました。その日は程好い風が吹いていて、かなりの高いところまで凧が上っていました。父子で糸を持ちながら、時々子の甲高い声が響きます。最近では見なくなった風景です。この凧も、風がなければ上がることは出来ません。

イエス・キリストの御体をいただいて、私はあるということを、ごミサの中でいつも思います。日常の生活の中で、生かされている私を知ります。

*「凧」を見上げた空に「天の門」を思い、「実存の風」を感じる。惇子さんの信仰の在り処が感じられます。日本のキリスト者にとっては、お正月は欧米以上に意味深いもの。御聖体の有り難さを改めて感じるのも、お恵みですね。お体お大事に。


豊田市  佐藤淡丘

綿虫に触れて怪我する罪をとこ

薄氷の水底にある気配かな

霜柱善人なれば蹴りてみよ

冬の水動かずにゐる我もまた

魚跳ねて同心円の初日影

マザー・テレサのことば、「私たちは、つつましい仕事から離れてはいけません。」
とある福祉施設の掃除ボランティアを始めて、今年で八年目を迎えますが、ともするとマンネリ化に陥り、ただ漫然と日々を過ごしている自分に気がつきます。

そんなとき、マザーから次のような勇気を下さる言葉に遭遇しました。「祈ることを愛しましょう」と。
祈りは座ってするばかりではなく、動いていてもできるのです。

掃除も祈りの一部に繰り入れ、たくさん祈ることに繋がると教えて下さいました。イエス様に心を上げ熱心に願うことができるのだ。少し心が入れ替わったような今日このごろです。

*淡丘さんの句は、いつも意味深長、奥の深さを感じます。といって難解というのではない。第一句、「綿虫」に「怪我」の滑稽、しかし「罪」を見逃さない結び方。第三句、「善人」への挑発、諧謔、しかし読後己を振り返らせる力があります。


世田谷区  広谷和文

冬山河

塚山もシルラ新羅の山も眠りけり

キムチ積む荷車がゆく冬田道

南瓜粥食むからくに韓国の修女院

息白く初ミサの鐘鳴らしけり

その果てに飛鳥が見ゆる冬山河

*広谷先生、初出句ありがとうございます。正調の詠い口にお人柄が滲み出ています。私はまだ訪れたことはありませんが、韓国の山々や修道院の様子が眼に浮かぶようです。日本以上にかの国は、キリスト信仰を自分のものにしているようですね。


一宮市  西川珪子

櫓田に命をつなぐ群鴉

衰えを感じつ生きる冬薔薇

碧き地球その球体に雪降りて

口すすぐ蹲居の水新年の水

不況風乗り切る金柑たわわなり

隔てなくひかり陽光受けてる冬菫

元日は久し振りの大雪でした。でも子供達は元気に道路の片隅、空地のあちらこちらに、幾つもの雪だるまを作り、その表情は豊かで、思わず笑顔になり暖かい気持ちが湧き上がってきました。

子供達のはしゃぐ声には未来があります。アッバ、アッバ、南無アッバ。

*第三句、「地球」「球体」と念を押されると、改めてそこに雪が降る、上からも、いや下からも?と不思議な気がしてきます。珪子さんの句はストレートですが、その素直さから右のように読者に考えさせる力があります。「蒼き地球」はなんとしても守らねば・・・・。


蓮田市  平田栄一

「最後まで耐え忍ぶとき救われる」最初の証ステファノ殉教
マタイ10:17~22

イエスいう「わたしはアバの家にいる」しかして父母と共に暮らせり
聖家族 ルカ2・41~52

シメオンという高齢者みまかりぬイエスを腕に抱きて後に
ルカ2・22~35

初めから言はありぬ言から命の光輝きぬ
ヨハネ1・1~18

悩み事常なるこの世渡らすにイエスは今も十字架におる
神の母マリア ルカ2・16~21

主の道をまっすぐにする叫び声ヨハネは来たり先駆けとして
ヨハネ1・19~28

聖母子に貢物する学者たち 吾は一日一首を捧げん
主の公現 マタイ2・1~12
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