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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第23回(5)黄金律と銀の教え-人に石を投げない心-『風』誌第82号  

「キリスト教の愛」といったとき、代表的な言葉としてよく例に出されるのが、山上の説教のいわゆる「黄金律」です。

<だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。>(『ルカによる福音書』六章三一節、『マタイによる福音書』七章一二節a)

これは「為す愛」を総括的にすすめる教えといえます。新約聖書ではこの言葉が有名ですが、実は旧約聖書(続編)には次のような言葉もあります。

<自分が嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない。>(『トビト書』四章一五節a)

これは「為さざる愛」といえましょう。黄金律に対して「銀の教え(教訓)」などという言い方もされてきたようです。

興味深いことに、これと同じような対応が、『論語』にもあります。

<己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す(己の欲する所を人に施せ)>(雍也第六)――為す愛

<己の欲せざる所人に施す勿れ>(顔淵第一二、衛霊公第十五)――為さざる愛

ご存じのとおり一般的には、聖書では「黄金律」=為す愛の方が、論語では後者「施す勿れ」=為さざる愛の方が、よりよく知られています。

『キリスト教辞典』(岩波)によると、為す愛に対して、為さざる愛の「否定的な形」に類する文言は、儒教、仏教、ジャイナ教、イスラーム教、ゾロアスター教ほか、ギリシア・ローマ文化圏など世界中に多数みられるといいます。ユダヤ教のラビ・ヒレルが、「これをもって律法の総括であるとした」という話も残っています。

実は「福音書以後のキリスト教でも否定形の方をイエスの言葉として伝えるものが多い[ディダケー一・二、トマス行伝八三]。」ともいいます。つまり、世界的な愛の歴史においては為さざる愛が大勢を占めてきた。にもかかわらず、キリスト教会形成の途上で「為す愛」が強調されていったのではないか、と推測できるのです。

それと同時に、世界的・伝統的な「為さざる愛」は、少なくともキリスト教会のなかでは、相対的に低く見られていったのではないか、とも思えるのです。「黄金律」に対して、「銀の教え」という言い方にも、そのことがうかがえます。ちなみに、手元にある『新共同訳略解』(日本基督教団出版局)を見ますと『ルカによる福音書』六章三一節については、

<黄金律と呼ばれるもの。「人にされたくないことを、人にするな」は古今東西を問わずみられるが、それは、基本的には、報復を避けるための互恵的行為。>(一八三頁)

などとされ、いかにも銀より金のキリスト教の黄金律が上位にあるかのごとく解説されています。
さて果たして、銀の教えは基本的に、「報復を避けるための互恵的行為」なのでしょうか。また黄金律の積極的な愛に対して、消極的な愛として、下位に置かれるべきものなのでしょうか。わたしにはそうは思えません。

少なくとも、先の井上神父の言葉にもあったように、まず「私たちがいかに人を愛することから遠い至らない人間であるかを謙虚に自覚し、私たちをも受け入れて一緒に食事をしてくださるであろうイエスの前に心からそれを恥じること」――「愛の欠如の自覚」から出発すべきものだとすれば、第一の愛として、あの「ファリサイ派」のようには人を裁かない、「為さざる愛」があげられるのではないかと思うのです。

こうして、人を裁かない、人に石を投げない、といった「為さざる愛」が強調されている――少なくとも「為す愛」の前提として「為さざる愛」が主張されているのが、井上神学の「悲愛」の一つの特徴といえるのではないでしょうか。それはまた、東洋的な、あるいは日本的な心性からのアガペー解釈、受け取り方につながるものでもあると思います。

(次号=09年12月予定=につづく)

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

thread: 聖書・キリスト教

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