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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第23回(2)井上神父の回心体験-人に石を投げない心-『風』誌第82号   

 その直後井上神父は、自身が「フランスの大学に通っていた頃、ある晩」この一節を読んで、
<それからの生き方に大きな影響をあたえられた程の強烈な衝撃を受けた>(同書、一七九頁)
と告白しています。

 ここ数回にわたり、本誌上において神父は『漂流――「南無アッバ」まで』と題して、これまで大きな影響を受けた人物――ベルグソン、テレジア、法然、エレミアス等々について、順次語ってきましたが、右の「イエス自身が語ったたとえばなし」は、新約聖書中の御言葉としては同じくらい、あるいはそれ以上に「大きな影響」と「強烈な衝撃」を受けたものだったのではないでしょうか。

これを即内村鑑三的な劇的回心体験「コンボルション」(conversion)に比することは適当でないかもしれませんが、この御言葉が神父を「根底からゆさぶり」、その後の神父の生き方を変えさせることになったという意味では、やはり一種の回心体験と言っても過言ではないと思います。

それが具体的にどのような「衝撃」であったのかを、井上神父は続けて語っています。

 <司祭になろうとフランスにわたり、そのときまで自分なりに一所懸命頑張っていた私を根底からゆさぶったものは、それまで自分の生きてきた道はキリスト教徒としての道ではなくて、実はパリサイ人の道ではなかったかという問いかけでした。このルカ福音書一八章のパリサイ人の祈りを、私は結局続けてきていたのではないか、というおそれにも似た驚きでした。>(同前)

 それは御言葉から、ということはイエス、アッバからの問いかけであり、「おそれにも似た驚き」だったというのです。

 このときのショックを神父は、自伝的エッセイ『余白の旅』では、次のように述べています。

 <私がローマ滞在中にえた今一つの貴重な体験は、全くキリスト教的な意味あいのものであって、ある意味ではキリスト者としての私の生き方そのものに関係するもっとも大切なものであった。

 ある夜、寝る前に何気なく読んだ次の「ルカによる福音書」の一八章のイエスのたとえ話に、私は深い衝撃をうけたのであった。

・・・・(<「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ>引用)>・・・・

 それまでにも何回も、私はこのイエスのたとえ話を読んでいたはずであった。しかし、その夜私は、イエスに従って生きてきたと思いながら実は自分はパリサイ派に従って生きてきたのではないかという思いに、ちょうど足もとをすくわれるような衝撃と不安とを感じたのである。>(「暗中模索」八七~八九頁)

 右二つの箇所を合わせ読むとき推測できることは、先ほど言ったように、井上神父がこのペリコーペから受けた「衝撃」は、「強烈」で「深い」ものであったにはちがいありませんが、それはいわゆる〝救い体験〟とは、一線を画すものだった、ということです。なぜなら神父のこの時の体験は、アッバからの「問いかけ」であり、「おそれ」であり、また「不安」をも伴う種類の「衝撃」だったからです。

すなわち、多くの回心記によくあるような法悦、平安、歓喜の涙等々を伴うような回心体験ではなかったということです。むしろ井上神父の場合は、それまでの生き方を一八〇度変えるよう反省を促し――その意味では文字どおり回心なのですが――そこに留まることをゆるさず、次の行動、アッバへのリアクションを問われる類のものだったといえましょう。すなわち「パリサイ人の道」から真の「キリスト教徒としての道」へと方向転換が迫られたのでした。

 <私が完全に福音書のイエスに捕えられたのはそのときからである。イエスとパリサイ派は何が原因であんなに烈しく対立したのだろうか、押しよせてくる数々の疑問をかかえて、私の図書館通いがはじまった。そしてこのとき受けた衝撃の種は、次第次第に心の中で大きな樹となって成長していったのである。>(同前)

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

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