「南無アッバ」を生きる ホーム » スポンサー広告 » 求道詩歌誌「余白の風」 »第165号 2009年 9月発行

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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第165号 2009年 9月発行   

求道詩歌で南無アッバ
Copyright©1990余白
平田栄一,All rights reserved.

前月号推薦句

百日紅燃え尽きる時無風なり  惇子


主宰近詠

蓮田市  平田栄一

イエスというぶどうの木から実を結ぶ

キリストと共なる生死パセリ食む

人去りて平和は残る荒布採り

夏めきて恵みの雨を待つ心

在りて有る確かな方よ聖五月

子供の日父とイエスは一つなり


 皆様、この度は遠方遙々わたしの拙い話を聞きに来てくださり、まことに有難うございます。思わずも「余白の風」のオフ会も兼ねることができました。感謝です。


作品とおたより(*主宰寸感)
 
文京区  大木孝子

泰山木の白引き寄せむ死に際は

お母ちやまもお父ちやまもゐる草の市

おろかさも懐かしきかな茄子の馬

ことなべて水からくりの如しとも


*「野守」三七号「空蝉」三三句から選ばせて頂きました。作為はないのですが、選句は偶々最終頁に偏ってしまいました。勝手ながら全句を連作として読んだ時、紆余曲折の果て、俳句的軽みの南無の世界とでも言えるような感覚を予感させます。


名古屋市  片岡惇子

蝉時雨森震わせて命かな

緑陰や余白の刻を頂いて

蝉時雨マザー・テレサの言葉聴く

入道雲誇ることなく黙し聞く

向日葵を対峙して見る翳かな

苦瓜の登り詰めしは天の門

睡蓮の半開きにて黙示録

八月や罪なきものは石投げる

あかとんぼの輪の中にいる平和かな


*短い命の限りを尽くして精一杯鳴く「蝉」、汗を拭いてふと佇む緑陰に感じる「余白の刻」、日常と求道生活のなかで、充実した時間を過ごす作者の姿がうかがえます。


豊田市  佐藤淡丘

連れ犬のはたと躓く晩夏かな

歩すたびにばったの円弧透きにけり

刈り残しカンナ一群れ更に燃ゆ

幼帽揺らぐ白さや捕虫網

葬の日は爪を隠せりさるすべり


一介の男(七三才)は、ナント三年ぶりに上京したことになります。名古屋から四人組が連れだって「井上神父の言葉に出会う」講座に心を弾ませて出発しました。四谷の交叉点に降り立つと、上智大、そしてイグナチオ教会が目に飛び込んで来ると同時に、カトリック教徒としての安堵感というか誼(よしみ)が湧いてくるのを覚えたものです。

平田先生(「余白の風」主宰)に初めてお会い出来る期待感を胸に会場(四谷ニコラバレ)に入るや否や、名古屋組の三人の女性は、ちゃっかりと一番前の席に陣取り、先生の講演を一語も洩らさじと聴き入っていました。

井上神父の「アッバ神学」を易しく新鮮な思いでうかがった後、喫茶店でお仲間を入れての「わかち合い」も、これからの発展を予感させる、またとない機会でした。感謝。

*第二句、ポイントは「円弧透きにけり」。人生も歩むほどにその足跡が透き通っていくようなものであったなら、なんと素晴らしいことか。求道の果ての憧れの境地です。


一宮市  西川珪子

燦めきて何処まで昇る蜘蛛の糸

夫の通夜を偲びて

過ぎし日の速さ通夜の日パリー祭

亡夫ありて吾れありぬ白き百合

夜風背に金魚を掬う子の瞳

夏木立円の教会千の風

みつ豆や今を語らう風は愛


*先の「淡丘」氏の「円弧」の句に対して、こちらは第一句、「蜘蛛」の句が対応するように思います。地面を這うばったに対して、何処までも天へ昇ろうとする蜘蛛糸の足跡が輝く――。


秦野市  長谷川末子

常夜燈蝉の乱舞は夜明けまで

捨てられし鬼火の赤火の如く

秋出水死を選びたる主婦ありて

敗戦日抑留わすれぬ夫に添ふ

外は夜集(すだ)く虫の音主は近く


うりずん
一月の寒さにじっと耐え/春の芽吹きは春初め  /その瑞々しさを「うりずん」と/沖縄びとは云うそうな//残暑に苦しむ私達/初秋の風の有難さ/寒さがあって感謝する/暑さがあって感謝する/年を取って気付く事/長い恵みと導きを

*こちらの第一句は、惇子さんの「蝉」の句に対応します。命の限り鳴く蝉もあれば、何を思うてか「常夜燈」に乱舞する蝉。心はさらに複雑な思いがします。


講座「井上神父の言葉に出会う」から:余白

(以下は、〇九年八月二十二日(土)、四谷ニコラバレ会議室において行われた講義をもとに、再構成したものです。講師:平田栄一)

 早いもので、井上神父様にわたしが最初にお会いしてから二十九年が経ちました。そのいきさつは今度の新刊『すべてはアッバの御手に』のプロローグに書きましたが、先ほど計算してみましたら、最初にお会いした一九八〇年といいますと、神父様が五三歳のときなんですね。実はわたしが、いま五三なんです。ですから、今のわたしの歳の神父様にわたしが会っていたんです。

だけど、今のわたしがもし、わたしのような青年に会って、「いっしょにお酒を・・・・」なんて言われたら、きっと断ると思います(笑)。なんとなくかまえちゃうと思うんです。でも、井上神父様はそうじゃなかったんですね。すーっと会ってくれて――だいたい初日からお酒に誘われちゃうんですから(笑)。それは驚きますよ、それまでのわたしは神父に酒を誘われるなんて、思ってもみなかったですから。もちろんうれしかったです。

 それからお酒が病みつきになったわけではありませんが、神父様の所に行くと、まず、神父様の本にあちこち赤傍線を引っ張ったのを持って行って、「先生、ここにはこう書いてあるんですが、こっちにはそうじゃないのは・・・・」みたいなことを質問します。するとたいてい、あまりいい顔はされない(笑)。それで、「あなたみたいに、人が書いた本に線を引いてきて、本人の目の前でこれはおかしいって言う人は初めてだよ」などと言われました。しかし、とってもよくしてくださって、本当に感謝しています。

 さて、お配りした図版の方をごらんください。ここに丸を二つ描いて、その中を矢印が貫いています。これはどういう意味かと申しますと、今、わたしの方で自分のことを随分しゃべってしまいましたが、やはり、わたしだけでなく、皆さんの求道生活は、さまざまな環境、事情のなかに置かれているわけです。わたしのように、就職浪人から具体的な求道が始まった人、あるいは学生さんで学校浪人がきっかけとか、御病気で長く療養されているとか、ご家族にいろんな問題があるとか・・・・。

で、そういうことと、井上神父様が書かれた本なり、ミサでのお話なり、いろいろテープや講演、NHKなどのお話などを聞かれたり、読んだりしたときに、これはまったく別の人――あの方はすごく偉いから、そういうふうに信じられるのだ、という感じで思っていると、いつまでも先に進まないんじゃないか――わたしもそうでした。

つまり、偉くてすごい、というところばり見ていると、自分との間に垣根というか敷居を作ってしまうことになる。ですから、どこかで接点、この図でいうと、丸と丸が重なってる部分で共感をもって求道する。神父様の本を読んで、たまたま手に取った一冊がピンとこなくても、別のもので、神父様の求道生活を私たちの求道生活が追っていくような考え方でいけば、少しずつでも成長していくのではないかと思います。

 どうしてこんなことを最初にお話しするかというと、これは、神父様の本の読み方ということだけでなく、あとでまたお話しするかと思いますが、こういう感覚の問題が、キリスト教の原点と関係があると思うからなんです。どういうことかというと、キリスト教の原初的な体験というのは、カール・ラーナーの言葉を要約すれば、「人間イエスは救われた。

だから同じ人間であるわたしたちも救われる」という、単純素朴な一事でした。つまり、イエスがキリスト=救い主だと断言できる原点には、イエスとぼくらは同じ人間なんだという感覚が、当時の人にあったということです。誤解を恐れずにいえば、それがないとキリスト教は始まらない。あの人は俺たちと違って、偉い人なんだ、出来が違うんだ、といった感覚だけじゃ、キリスト教は始まらなかったのです。(つづく)

 〇九年八月新刊『すべてはアッバの御手に』著者直送サイン本は、出版記念サービスとして郵送料・税共無料とし、一冊五〇〇円にてお頒けいたします。著者連絡先まで直接お申し込みください。



○本誌は、井上洋治神父の提唱する「南無アッバ」の心を生きるため、俳句を中心として、共に道を求め、祈り合うための月刊誌です。A4版1枚両面刷り
見本

○どなたでも、賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)
○締切=毎月末
○年会費二千円(半年千円 誌代送料共)
○連絡先:余白メールへ。

category: 求道詩歌誌「余白の風」

thread: 求道俳句

janre: 学問・文化・芸術

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