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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

書評:神父が書いた詩集――井上洋治著『風の薫り』を読む――(六)  

 「ベランダで」以後の『風の薫り』所収作品の創作年代を調べてみると、一九九〇年から九七年まで、ほぼ年を追うごとに作品数が増えており、近年の井上氏の詩想のますますの充実ぶりがうかがえる。そして、巻末に「風の家の祈り」(一)、同(二)の二作品を載せて一巻をしめくくっている。



   風の家の祈り(一)



 アッバ。

 迷ってしまった一匹の子羊をどこまでも探し求める羊飼いのように、暖かな春の日も、凍りつくような冬の日も、今日までの私の人生を、いつも暖かく見守ってきてくださったお恵みを心から感謝いたします。私があなたのことを、疑ったときも、また忘れていたときでさえ、たしかに、あなたは私をお忘れにはなりませんでした。

 この日本の土地にそのあなたの悲愛の芽が育ち、一人でも多くの人が、御子イエスによる真のよろこびと自由と平安とを見出すことができますように。

 主キリストによって アーメン。



   風の家の祈り(二)



 アッバ。

 利己主義に汚れている私たちの心を、あなたの悲愛の息吹で洗い浄めて下さい。

 空を行く雲、小川のせせらぎ、一輪の野の花が捧げる祈りに合わせて、私たちの祈りをあなたの御前で澄んだものとして下さい。

 人々の弱さ、欠点、罪を裁くことなく、まずこれらを受け入れられた御子イエスの悲愛の心に、私たちの心を近づけて下さい。また、御子イエスが、深い哀しみと痛みを背負って、重い人生を歩んでいた人たちの心を映しとり、受け入れ、友として生きられたように、私たちにもそのような人々の心を映しとれる友の心をお与え下さい。

 苦しみも、哀しみも、喜びも、すべてをあなたの御手から受けとることによって、私たちの日々の生活が、あなたの悲愛の息吹きの働きの場となることができますように。

 主キリストによって アーメン。



 この二作品は、『風の薫り』中の配列では最後になるが、調べてみると、この二つの「祈り」の初出は全作品中最も早く(それぞれ『風』二十号と二十一号)、氏の思(詩)想の始めであり終わりである――アルファでありオメガであることを意味する。本論の冒頭で、「『神がイエスをよみがえらせ、高く挙げて主とした』という信仰宣言は、すっぽりとイエスがそのまま余白の次元に入りこみ、生かされ、余白を吹きぬける風と一体化し、生きとし生けるものの根底を吹きぬけることとなったということに他ならないのではないか。」という『余白の旅』所収の言葉は、長い精神遍歴の果てに見つけた氏の信仰宣言であると指摘したが、それを敷衍し、具体化した「祈り」がこの二つの祈り――詩なのだと思う。つまり、これらは氏のキリスト教信仰の中核であると同時に、キリスト教文化内開化への実践であると言えるのである。

 二つの祈りは「アッバ」で始まる。この語は、イエスの思想あるいはキリスト教信仰を理解する上で大変重要なキーワードである。

 「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ14.36)

 これはイエスが、逮捕される前、ゲッセマネの園で祈ったときの言葉として伝えられている。イエスの祈りはすべてこの「アッバ」という呼び掛けで始まっていたと指摘する聖書学者もいる。この言葉は、幼児が父親を親しみを込めて呼ぶときのアラム語である。現代の日本人に置き換えれば、「パパ」とか「お父ちゃん」などに相当するのだろう。旧約時代、「神」をこのように親しく呼ぶことはなかった。このことが、イエスがファリサイ派などから反感を買った一因ともなった。ともあれ、イエスに至って初めて、神の厳格さ――父性より、やさしさ――母性の強調という、神観の転換が行われたのである。

 イエスにならい、「風の家の祈り」は、この「アッバ」から始まるのである。日本でも(とくにカトリックでは)様々な祈祷書が出版されているが、「神よ」「父よ」あるいは「天の父よ」などから始まる祈祷文はあっても、「アッバ」をそのまま使ったものは、未だないのではなかろうか。

 「風の家の祈り」(一)第二段落「迷ってしまった・・・・」は、『ルカによる福音書』一五章あるいは『マタイによる福音書』一八章に出てくる、有名な「迷い出た羊のたとえ」を援用する。「利己主義に汚れている私たち」は、ときに意識的に、ときに無意識のうちにたびたび人生の方向を見失ってしまう子羊のような存在である。しかし、「アッバ」なる神は、迷わない九十九匹をそのままにしてでも、群れから迷い出た一匹の子羊を自ら探し回る羊飼いのような方なのである。その一途な「悲愛」〓アガペーは、「暖かな春の日も、凍りつくような冬の日も」また、私たちが「疑ったときも」「忘れていたときでさえ」変わらないものなのだと宣言する。これは、一方的な神の悲愛への絶対的信頼と感謝の祈りと言えるだろう。

 第三段落「この日本の・・・・」は、「御子イエス」によって宣言され、もたらされたそうした普遍的な「悲愛の芽が」、「この日本」という特殊な場に生きる私たちに文化内開化インカルチュレーションすることを願う。

 「風の家の祈り」(二)は、(一)で示された神からの悲愛を受けている私たちが、日常のなかでそれに応えるための祈りである。つまり〝愛の実践〟のための祈りということになる。

 はたして、キリスト教的な隣人愛とはどんなものであろうか。ここで、『マタイによる福音書』五章に出てくる「山上の説教」で有名な箇所、「敵を愛せ」とか「右の頬を打たれたら左の頬も向けよ」などに代表される、いわゆる〝無償の愛〟を連想する人は多いだろう。そしてその困難さととも――それゆえに――直観的に、そこにキリスト教的な偽善の匂いを嗅ぎ取る日本人も多いのではないだろうか。私は、日本にキリスト教が根づかない原因は、復活や奇跡理解への躓きよりも、倫理や道徳の問題の方が大きいと考える。明治以降、キリスト教すなわちピューリタニズムと解釈してしまう傾向が日本人には根強いのではないか。この論の最初に、キリスト者である私が酒を飲みたばこを吸っているのを知った周囲の人によく驚かれる、という経験を書いたが、このことなどは、キリスト教を儒教的な道徳宗教と誤解している典型的な例と言えるだろう。

 井上氏は、イエスが語った言葉はすべて待機説法だと言う。すなわちイエスは、ある時、ある場所で、特定の具体的な人たちに向かって語ったのである。現代のようにテレビやラジオあるいは書物などを通して、不特定多数の人たちに呼び掛けたわけではないのだ。だから、売春婦や徴税人に語る言葉と、ファリサイ派の人に語る言葉とはときには正反対にもとれるのである。たとえば前述の「山上の説教」などは、本来様々な場面で語られたイエスの言葉をマタイが、彼の属していた共同体のために集め、編集したものである。したがってその言葉の一つを、語られた状況を考慮せず、単独で取り上げ、普遍化することは危険なのである。

 このことを踏まえて、キリスト教的な〝隣人愛〟というものをどんなものかと考えたとき、よく引き合いに出されるのは、『ルカによる福音書』一〇章に出てくる「善いサマリア人のたとえ」である。追いはぎに襲われ半殺しになったユダヤ人を同胞の祭司やレビ人は見捨ててしまう。「ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した」(10.33,34)というものである。サマリア人はユダヤ人とは敵対関係にあった。「隣人を愛せ」というときの「隣人とはだれか」と問う律法の専門家に対して、イエスは「行って、あなたも同じようにしなさい。」と答えるのである。ここはたしかに、山上の説教の「敵を愛せ」につながる箇所である。キリスト教の愛は理性的な愛だと言う人がいる。心情的に敵を愛することができなくても、敵を憎む心情のまま、愛の行為を行うことはできる、と考えるのである。この「善いサマリア人のたとえ」もそのようなものとして受け取るべきなのだろうか。

 井上氏は、この「たとえ」を解釈するとき、「サマリア人」の心情に注目する。このサマリア人は、半殺しになっている人を見て、「憐れに思」ったのである。この原語スプランクニゾーマイという言葉は、本来「腹わたがちぎれる」というほどの強い意味を持っているという。つまり、助けずにはおれない、止むに止まれぬ心が沸き上がったのである。相手に憎しみを抱きながらも、しかし理性的にはかくあるべしと計らったから助けたのではないのだ。思わず助けてしまったといった方がよいかもしれない。そういう自然の心の動きを表しているのである。井上氏は言う、

 「ここで注意しなければならないのは、悲愛の行為というのは相手の思いを中心とする行為ですから、相手が今何を願い、何を必要としているかということが、自分の心の鏡にうつる必要があります。埃に汚れている鏡には物がうつりにくいように、・・・・そういう状態では、自分はその人のためにやっているつもりでも、実際は自分のエゴイズムが満足させられるだけで、本当にその人が必要としている、あるいは望んでいることを的確に行うことができない危険に陥ることもありうるわけです。

 したがって悲愛の行為というのは、ただ努力するというだけでは不十分で、祈りという行為が基盤になければいけないのだと思われます。心の鏡に、このサマリア人のようにスプランクニゾーマイしたら、つまり本当に憐れに思われたら、そこからはおのずから水があふれ出るように、悲愛の行為というものは行われるものではないか、というような気がわたしはしています。」(『福音書を読む旅』308~309頁)

 祈りによって「おのずから」「あふれ出る」悲愛の行為こそが大切なのである。実はルカは、この「善いサマリア人のたとえ」の後に「マルタとマリア」の話を続ける。イエスを迎える「マルタは、いろいろのもてなしのためにせわしく立ち働」(10.40)く女性であ り、一方「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入」(10.39)る女性である。マル タが「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」と言ったのに対し、イエスは「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(10.41,42)と答えるのである。「善いサマリア人のたとえ」で「行って、あなたも同じようにしなさい。」と言ったイエスが、立ち働くマルタと対照的に主の話に聞くという祈りの姿勢に専心するマリアを積極的に肯定していることを考え合わせると、祈りから悲愛の行為へという井上氏の見解はますます当を得たものと、私には思われるのである。

 ちなみに、十六世紀以来、カトリックとプロテスタントとの間で教義上の最大の争点だった「義認」(神による救い)の解釈について、バチカンとプロテスタント最大のルーテル教会の間で、十月に共同宣言に調印するという。そこでは「義認はただ神の恵みによるものであり、善行によって得られるものではなく、人は信仰によってのみそれを受け、善行のうちにその実が表れるということに、両教会が合意する」(朝日新聞99.8.24夕刊)と述べら れるというのである。信仰(祈り)の実としての善行(悲愛の行為)というエキュメニカルな考えを、井上氏は先取りしていたと言えるだろう。

 こうした全体のモチーフのもとに、「風の祈り」(二)は、(一)と同様、第一段落「アッバ」への呼び掛けからはじまる。

 しかし、祈りの姿勢といっても、私たちの祈りは、得てして「ああしてください、こうしてください」というあれこれの自我欲求を神にぶつけるだけに終始してしまうことが多い。そこで第二段落では、そうした「利己主義に汚れている」心が神の悲愛の息吹き――聖霊によって浄化されることを願う。

 第三段落は、「空を行く雲、小川のせせらぎ、一輪の野の花」など自然が捧げる祈りに合わせて人間が祈る――自然とともにある人間という、即自然的な井上神学の特徴をよく表している。

 第四段落前半は、前述のように山上の説教に代表されるような、イエスの倫理的言葉伝承に弱い日本人には、重要な信仰告白である。つまり、イエスの言葉伝承だけでなく、物語伝承を仔細に検討していくならば、一見厳しいイエスの言葉の裏に、「人々の弱さ、欠点、罪をさばくことなく、まずこれらを受け入れられた御子イエスの悲愛の心」が前提されているということである。「みだらな思いで他人の妻(口語訳「女」)を見る者はだれでも 、既に心の中でその女を犯したのである。」(マタイ5.28)という厳しい言葉が、『ヨハネに よる福音書』八章冒頭の「姦通の女」の物語状況の中で語られたとする井上氏の解釈は、その典型であろう。そして第四段落後半では、「わたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った」(マタイ8.17)と信仰告白されるイエスにならい、人生の重荷を担って苦しんで いる人々の「心を映しとれる友の心」――マルタのように焦り行動する態度ではなく、マリアのようにまず神に聞き、あのサマリア人のように自ずから「腹わたする」悲愛の心を辛抱強く願うのである。

 最終段落はこの「祈り」の、あるいはこの詩集の総括として、私たちの人生共通の究極目的とも言えるものを指し示しているように思われる。

「『苦しみも哀しみも喜びも、すべてをあなたの御手から受けとることによって、わたしたちの日々の生活が、あなたの悲愛の息吹きのはたらきの場となることができますように』というふうに、わたしの人生はわたしの人生であると同時に、それ以上に神さまがご自分のはたらきをなさる場なのだという思いで、神さまの前にたたずんでいく必要があると思います。」(『福音書をよむ旅』315頁)

 苦しみや困難がなぜ存在するのか、だれにも簡単に答えることはできない。しかし私たちはとくに、病み、苦しみ、老いていくとき、こんな苦しい自分の人生が何のためにあるのかとしばしば問わずにはおれない。そして私たちの自我はもがき、あがき、さらに苦しむのである。そんなとき、「本当の自分の人生の主人公は自分ではなく、神さまなのだということに改めて想いをはせること」(前掲書327頁)、それが「祈り」なのである。



  うらを見せおもてを見せてちるもみじ



 これは、良寛が死の床で口ずさんでいたといわれる句である。井上氏はイエスの十字架の死を思うたびにこの句を思い出すという。「苦しみも悲しみも喜びも」すべてを含めた私たちの生活が、神の「悲愛の息吹きのはたらきの場」となっていくとき、狭い自我を超えた、一人ひとりの人生の目的が達成されていくのである。

                                   (おわり)

【以上、『風(プネウマ)』誌 第52号(1999.9)~第54号(2000.4)連載】

category: 井上神父の思い出

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