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書評:神父が書いた詩集――井上洋治著『風の薫り』を読む――(四)  

 「憧れ」からさらに六年後の一九八三年、井上氏五十六歳のときの作品が詩集中三番目の作品「一本の老木」である。



一本の老木



 厳しい冬の青空を背にして

 葉を落とし 寒さに耐えながら

  たった一本でこんなところにたっている老木よ



 あなたは一体何を思っているのか



 その昔 元気で緑の葉をつけていた頃

 たくさんの小鳥たちが翼を休めにやって来た

  あの楽しい日々を思っているのか



 夏 暑い日の午後

 汗をふきながら あなたの木陰で休んでいった

  あの若いカップルのことを考えているのか



 あるいはまた

 こんなところに一本だけとり残されてしまった自分の運命を

  この厳しい冬空に問いかけているのか



 あなたの気持ちはわかるなどと

 そんな思いあがったことをぼくはいわない

  でも一つだけ

  ぼくにもあなたに言ってあげられることがあると思うのだ



 もう小鳥もよりつかない

 若い男女も見むきもしない

 そんな枯れきったあなたが

 そこにじっと立ちつくしているからこそ

  この冬枯れの丘は美しいのだということを



 『日本とイエスの顔』出版以降の氏は、キリスト教の日本文化内開花をめざして、著作活動を中心に、講演、聖書研究会など精力的に活動している。ここで前号で記した年譜に続けて、以後の氏の主な著作を一覧してみよう。



『日本とイエスの顔』(1976 北洋社)

『私の中のキリスト』(1978 主婦の友社)

『ざっくばらん神父と十三人』(対談集1979 主婦の友社)

『余白の旅――思索のあと』(1980 日本基督教団出版局)

『イエスのまなざし――日本人とキリスト教』(1981 日本基督教団出版局)

『愛をみつける――新約聖書のこころ』(1981 潮文社)

『新約聖書のイエス像』(1982 女子パウロ会)

『人はなぜ生きるか』(1985 講談社)

『キリストを運んだ男』(1987 講談社)

『まことの自分を生きる』(1988 筑摩書房)

『風のなかの想い』(1989 山根道公共著 日本基督教団出版局)

『キリスト教がよくわかる本』(1989 PHP)

『パウロを語る』(佐古純一郎対談 1991 朝文社)

『イエスをめぐる女性たち』(1992 弥生書房)

『イエスへの旅』(1993 日本基督教団出版局)

『福音書を読む旅』(1995 NHK出版)

『小雀健チャン物語』(1996 聖母の騎士社)

『イエスに魅せられた男』(1996 日本基督教団出版局)

『風の薫り』(1997 聖母の騎士社)

『我等なぜキリスト教徒となりし乎』(安岡章太郎対談1999 光文社)



 「一本の老木」が作られた前年、一九八二年に出版された『新約聖書のイエス像』には次のような記述がある。

 「このごろ、私はつくづくと、人生は老後こそがたいへんなのだと思いしらされるようになった。・・・・目に見える生産と能率だけを価値とする現代社会の風潮のなかで、ただ食べて寝ているだけで何も生産せず、かえって人の世話になってその人の能率を低下させていることしかしていない老人は、そうは言わなくても、なんの存在価値もないもののように見なされ、また自分でもそう思うようになる。〓皆の邪魔でしかない私のような者がな ぜ生きていなけれ ばならないのでしょう〓そう老人から問われるたびに、私 は胸がぎゅ っとしめつけられるような痛みをおぼえる。〓 存在していることが価値がないと自分で決めつけることはできません。それをおきめになるのは神様だけです〓そう 確信をもって言えるようになったのは、私にとってもそう昔のことではない。」(138~139頁 傍戦平田)

 実際、小生も井上師をはじめ何人かの神父を知っているが、傍で見ていても、つくづく大変な職業だと思う。その人たちは皆若い頃から毎日のように老人や病人に接し、生死の究極の問題を突き付けられているのだから。しかし共感――共苦という点から言えば、若い神父と経験を重ねた神父とは生身の人間である以上、自ずと差が出てくるにちがいない。〓存在それ自体に価値がないとは言えない〓と確信を持てるようになったのが「そう昔のことではない」とは、この時期、年齢から推しても氏自身、老後の悲哀というものが切実な問題として実感されるようになってきたからではないだろうか。自らも今から数年前、緑内障を患うなど老いやそれにともなう病の苦しみを体験している。

 「大自然の中の草花が、大きく美しい牡丹も、人目につかないような道端の小さな名も知られていないような花も、みんな無心に己の生命を生きることによって、己自身の美しさ以上に大自然の美しさを表現しているように、私たち一人ひとりの人生も、神から置かれたそれぞれの場で己の役割を生きていくものなのではないか。私たちの人生は己を表現する以上に、私たちをささえているもっと大きな何かを表現していくものではないか。」(139頁 傍線平田)

 自分の生きていく目的や意味は何なのか。とくに老いや病をきっかけに、だれでもが必ず問わずにおれない問題である。「一本の老木」という詩をつくった一九八三年一二月に氏が行った「クリスマスが語りかけるもの」という講演、あるいは翌八四年に行った「宗教のこころ」という講演でも繰り返し、確信をもって主張する。

 「私たちの人生というのは、私たちが何かをし、それによって私たち自身を表現するものではなくて、神が――神という言葉がお嫌いな方は、私たちをささえている大自然の生命と受けとめてくださっても結構ですが――私たちの生涯において己れ自身を表現させるものだ、ということなのであります。」(『人はなぜ生きるか』15頁、197頁 傍点井上)

 人間の視点から見て、役に立つとか立たないということを問題とする限り、老人や病人に生きがいや人生の意味はない。そうではなく、「神」または「大自然の生命」が自らを表現するのが人生の目的だというのである。いわば「あちら様が主になって自分が従になる」(同16頁 傍線井上)という「逆主体的段階」の生き方こそが大切なのである。

 「一本の老木」は厳しい寒さのなかに佇み(第一連)、元気 だった昔を回顧し(第三、第四連)、ときに行く末に不安を覚えている(第五連)。そんな「老木」へ「一つだけ言ってあげられ る」こととして氏は断言する、「枯れきったあなたが/そこにじっと立ちつくしているからこそ/この冬枯れの丘は美しいのだ」(終連)と。

 ここまで書いてきて私は、この終行から二行目の「こそ」に注目する。冬枯れの丘が美しいのは、「老木」が枯れきり、そこにじっと立ちつくしているから「こそ」なのだ。幾多の年輪を刻んだ老木が、気負わず、そのままの姿をさらけだしているからこそ、その立っている場としての丘は美しい。「冬枯れの丘」の美しさは「枯れきったあなた」〓「老木」でなければ演出できないのだ。ここには、老い(や病)に対する受け取り方が「主体的段階」を越え、ひとたび「逆主体的段階」に移行したときかえって、周囲を魅了する美しさとして現世的にフィードバックするという、老いの積極的意味が強調されているのである。



  風に己れを

  委せきって

  お生きなさい (ガラティア5.16)  洋治
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