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書評:神父が書いた詩集――井上洋治著『風の薫り』を読む――(二)  

 この詩集中唯一、フランス出発前の詩「願い」の第二連、三連は次の通りである。

 難しい神学は何一つわからないでも

 素晴らしい説教は何一つできなくても

   夕日に映える

    ぶなの木の林で

   小鳥たちと一緒に神の愛をうたう

  そのような

  そのような人に 私はなりたい


 難しい神学は何一つわからないでも

 素晴らしい説教は何一つできなくても

   誰一人通らない山の小路に

  それでも微笑みながら咲いている花のような

  そのような

  そのような人に 私はなりたい


 「夕日に映える/ぶなの木の林で/小鳥たちと一緒に神の愛をうたう」、「誰一人通らない山の小路に/それでも微笑みながら咲いている花のような」には仏渡航前すでに、自然と一体となって救われたいという氏の強烈な「願い」が込められていたのである。

 氏はカトリック受洗前後も、当時のキリスト教に違和感を持っていたという。おそらくそれは、自然の一部として自覚される日本人である自分が直感的に抱く、西欧直輸入のキリスト教への反発であったのだろう。「対自然的な人間中心主義」と「即自然的な私の自然観」との軋轢、葛藤は渡仏していよいよ先鋭化していった。氏がこの問題解決の糸口を以下のようなパウロの書簡に見出だすまでどれほどの年月を費やしたことだろう。

 「このギャップを乗り越えさせてくれたのは、何といっても第一にパウロの『コロサイの信徒への手紙』の次の言葉でした。『神は御子の十字架の血によって平和を打ち立て、天にあるものであれ、地にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。』」(1.20)(「あとがき」)

 『コロサイの信徒への手紙』は、『エフェソの信徒への手紙』・『フィリピの信徒への手紙』そして『フィレモンへの手紙』と並んで、パウロの獄中書簡のひとつである。『コリントの信徒への手紙』など、およそパウロの手紙には相手方への苛立ちや怒りなど、彼の激しい性格を反映している記述が多いのであるが、獄中書簡には落ち着いたパウロの心境がにじみ出ているものが多い。

井上氏も「もしパウロの手紙の中で最も好きなものは?と聞かれれば、私は躊躇なく『フィリピ』をあげる。」と述懐している。日本人キリスト者には人気のある手紙である。当の『コロサイ』は、一章一五節から二〇節が、「賛歌」といわれ、この手紙が書かれる前からすでに存在していたものである。

 「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、・・・・万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。」(15~17)

 『コロサイ』全編を通して、「すべての造られたもの・・・・に対するキリストの首位性と卓越性について述べられている」(フランシスコ会訳聖書解説)。「すべての造られたもの」とはすなわち「万物」であって、人間に限ったものではなく、山川草木、生きとし生けるものすべてを含むのは当然である。ここには、ユダヤ・キリスト教系列の、神―人間―自然というヒエラルキーは薄まり、キリストを「頭」とし、万物を一体として救おうとする神の意志が強調されている。万物同根の仏教的な思想に近い。

 「ここには人間中心主義は全くみられません。万物、即ち生きとし生けるものは人間を含めてすべて御子キリストによって救われるのだとパウロは言っているのです。・・・・『万物はキリストに根を同じくする存在』即ち『万物同キリスト根』であるといえるのだと思います。」(「あとがき」)

 こうしたことからキリスト教を「汎キリスト論」「汎在神論」(パンエンティズム)と捉え、神と自然とは「不一不二の関係」にあると氏は言う。さらに、『マタイによる福音書』の有名な山上の説教や『ルカによる福音書』の並行箇所にある「空の鳥を見よ・・・・野の花を見よ・・・・」を引用し、「これらのイエスのまなざしやパウロの教えに接したとき」、旧約聖書にみられる「動物差別の教えは、神の言葉ではあっても、それはイエスさまによって、乗り越えられ、過去のものとされた神の言葉であって、イエスさまの教えは決して人間中心主義ではないのだ。」ということを井上氏は確信していったのである。

 「そして長い間苦しんできた、キリスト者としての私と、日本的な自然観を持つ私とのギャップを私なりに埋めることができたと思ったのでした。」(同)

 これほど明確に、井上氏の回心記が述べられている文章は他の著作には見当らない。

 「・・・・詩集『風の薫り』はこのギャップが私なりに何とか埋められたと思えたとき、作品の巧拙はぬきにして、ともかく初めて自分の心を素直にうたいあげることができた作品なのです。」(同)

 こうした「あとがき」から、この一冊の詩集が読者を意識せずかなり自由に書かれ、それだけに氏の心情、喜びをホットに伝えるものであることが窺える。この拙文をしたためているとき氏から頂いた手紙にも、次のように記されていた。

 「『風の薫り』は『日本とイエスの顔』『余白の旅』とは全くちがいますが、またそのちがったところで、私がこめられていると思っているので、正しい評価をいただいて、まことに嬉しく思っています。」(98.9)

 「『風の薫り』が私の生涯の中でしめている位置をこんなに正確に把握してくださったのはあなたがはじめてです。」(98.11)

 『日本とイエスの顔』や『余白の旅』についてはここで詳述するいとまはないが、とくに前者は井上氏の処女作であり、遠藤周作氏は前述の通り、「この井上神父の本は、私の考えでは、戦後出たキリスト教関係の本の中で、日本人の神父が自分の歯で噛み砕いたキリスト教についての説明、もしくは体験を語ったもので、このような本はほかになかったと思います。」(『私のイエス』)と絶賛している。

 以上見てきたようなパウロの書簡の他に、井上氏の回心に決定的な影響を与えた書物として、リジューのテレジアの伝記『小さき花』がある。むしろ後者との出会いの方が早い。彼女との出会いものちに形成される井上神学に重大な影響を及ぼしている。ここでそのテレジアについて一言しておきたい。

 「イエスさまは、この神聖なかまどに行くただひとつの道を、私にこころよくお示しくださいました。その道とは、おん父の腕のなかに、なんの恐れもなく、まどろむ幼な子の委託です・・・・。」(原稿B)

 「おお、イエスさま!私を天にまでのぼらせるエレベーター、それは、あなたのみ腕なのでございます。ですから、私は大きくなる必要はありません。かえって、小さいままでいなければなりません。」(原稿C)

 テレジアの霊性スピリチュアリティは一言でいえば、〝幼な子の 道〟である。それは救いへ至るために苦行に励むような自力の道ではなく、母の胸に抱かれて安んじて眠る幼児のように、「イエスのエレベーター」に乗って救いに至ろうとする絶対他力の道である。このテレジアの霊性を知るに及んで、氏はカルメル会入会を決意したのである。

ちなみに、テレジアにはほとんど奇跡的な事績がないにもかかわらず、カトリック教会は彼女の死後異例なスピードで聖人の位に上げ、近年「教会博士」というトマス・アクィナスにも匹敵する称号を与えている。混迷する現代社会のなかで教会が、テレジアの霊性を高く評価しているということは意味深長である。

 この原稿を書いている最中(98.12.27)、「風の家」に伺ったおり、一枚の色紙を頂いた。そこには次のように筆書きされていた。はるかにほど遠いぼくの理想の境地です、ということであった。

    はて、さて

     夕焼けのお空から

     詩のひとつも

      釣れるかなあ

    ま、

      釣れても

       釣れなくても

       いいとするか
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