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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

わが心の春夏秋冬─心の不発弾--求道記(1)  

 寺の庭に錆びついていた、あの不発弾はどうなっているだろう。境内の黒土に尻半分を埋め、斜めに突き刺さって、いかにも「不発」というにふさわしい。その姿に、訪れる者は〝いつ爆発するやも知れない〟という不安に駆られる。わが心の不発弾は──。

 この寺の管理下にある近くの観音堂に、わが家の墓地がある。今から40年近く前、その堂内に安置されている阿弥陀像の首から、小さなマリア像とくすんだ木製の十字架が発見された。西国から逃げてきたキリシタンに恋した、名主の娘の供養を願って、父親が奉納したものだという。

1980年春、就職浪人の私は不安定な立場にあった。同時に精神的にも、学生時代からずっと棚上げにしてきた、〝生き方に対する根本的な迷い〟をどうにもごまかすことができなくなっていた。図書館に通い詰め、哲学書や宗教書を貪る日々が続いた。

しかし書物からは結局、納得のいくような答えは見つからず、いつしか近隣のキリスト教会へ顔を出すようになった。そうした中で次第に、求道するならキリスト教で、という考えが固まっていった。しかし一方で、教会特有の禁欲的な、あるいは不自然な親切さとでもいうような雰囲気にどうしても馴染めず、それがキリスト教の敷居の高さの象徴として感じられた。

  神を呼び神を疎ましく生きている

夏になって、作家遠藤周作氏の著書から井上洋治という神父のことを知った。同じ頃、あるプロテスタントの集会でも、神父の『日本とイエスの顔』という著書を紹介された。プロテスタントの人がカトリックの神父の本を紹介するとは・・・・「何かある!」と思った。

私は意を決して神父に電話した。受話器の向こうで淡々とした、しかし明らかに温かい人柄を直感させる神父の声が応じた。東京の某所で輪読会をしているから、よかったら参加してみては、と言う。瞬間、初心の者にそんな資格があるのだろうか、とも思ったが、求道に行き詰まりを感じていた私は、晩秋のとある土曜日、思い切って出かけて行った。

有名作家が推薦する神父の輪読会だから、さぞかし多くのインテリが集まっていることだろう、目立たないように末席に、と思いながら恐る恐るドアを開けると、さして広くない集会室に四、五人。学生、OL,それに中年の婦人が二人ほど。面食らった。正面に座っているのが井上神父であった。

電話での声と顔が一致した。「平田君ですか?」と神父から声をかけてきた。私はあまりに予想外の光景に戸惑いながら、生半可な返事をした。しかしいかにもやさしいまなざしは、予想通りでほっとした。師は日本文化とイエス、ないしはキリスト教について淡々と語った。私は、細大漏らさず師の話を聞こうと必死でメモをとった。

井上洋治神父は終戦直後大学を卒業し、カルメル会という厳しい修道会で学ぶべく、フランスへ向かった。その船の四等船室でたまたま旅を共にしたのが、公費留学生の遠藤周作氏であった。氏のエッセーに、夜の更けた甲板でひとり跪いて祈る井上青年の姿が描かれている。井上神父と遠藤氏は、宗教者と文学者という立場の違いこそあれ、期せずして同じ問題意識、〝日本人とキリスト教〟という大テーマを抱えて帰国することになる──。

(潮文社『わが心の春夏秋冬』第二集「心の不発弾」より)

category: 求道記

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janre: 学問・文化・芸術

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