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第155号-10月南無アッバミサ前講話1  

平田栄一

 みなさま、こんにちは。このあとの御ミサでは、明日の朗読箇所が読まれていくと思いますので、わたしの方では今日の朗読配分の所からヒントを頂きまして、少しお話をさせて頂こうと思います。お手元のプリントをご覧下さい。

 第一朗読では『ガラテヤの信徒への手紙』三章二二節から、そして福音朗読の方は、『ルカによる福音書』十一章二七節からですが、時間の関係もありますので、第一朗読は二段落目だけを読ませて頂きます。

 <信仰が現れる前には、わたしたちは律法の下で監視され、この信仰が啓示されるようになるまで閉じ込められていました。こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが信仰によって義とされるためです。しかし、信仰が現れたので、もはや、わたしたちはこのような養育係の下にはいません。>

と書いてあります。要約すると、律法の下にあった人たちが、信仰の時代になったのだから、その監視、養育係を離れるということだと思います。
つづく
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