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ある卒業生の手紙から  

先日、数年前に卒業した教え子から久しぶりに連絡をもらいました。
分厚い手紙――彼女は大学生活を終えて、この四月から社会人になりました。
彼女が君たちと同じ高校三年生のとき、ぼくは彼女のクラスの「倫理」を受け持ったんです。
それがきっかけで、彼女の受験のために、小論文を見てやるようになって、だんだんいろんなことを話すようになりました。
今回の手紙には、大学側のすすめもあって受けた中堅の金融会社に就職が内定し一安心したこと、でもその後の入社研修で、内定時には知らされていなかった早出や残業が当然のことのようにあると聞き、心身とも弱い自分がそうした厳しい環境の中で果たしてやっていけるのかどうか不安になったこと、などが書かれていました。
その上で、「人間はこうしてがむしゃらに働いて、老いて死んでいくのでしょうか。そういう人生に何の意味があるのか改めてわからなくなりました・・・・。」と手紙を結んでいました。
ここで「改めて」と彼女が言っているのは、高校在学中にも何度か〝人生の意味〟といったことについて悩み、相談を受けたことがあったからです。
今はむしろこういう学生は少なくなっているのかもしれませんが、そのときどきの楽しみや遊びを見つけて、それで何の疑問も悩みもなく一生暮らせるかどうか。。。。むしろ彼女のような問題意識は、大人になる過程で、だれでもいつか一度は持たざるをえないのではないでしょうか。
そうした意味では、彼女の直面している問題は、ひとり彼女だけのものではなく、ボクらみんなの問題でもあるといえます。
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コメント

はじめまして

ランキングぽちっと押しておきました。

toshi #5inoubSE | URL
2006/01/01 16:24 | edit

toshiさん

ありがとうございます。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2006/05/04 15:44 | edit

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