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3 鈴木大拙のキリスト教観  

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ある意味、キリストも本質的に妙好人の一人

<大拙がキリスト教をどう見ていたか、興味あるところ>

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引用:マタイ11・16誤→11・25~27、

ルカ10・21

幼子に示される御心

キリストは妙好人より表現力・宣伝的精神・殉教的気魄優勢

イエス「子を知る父」「父知る子」

=親鸞「我一人のためなり」

=妙好人「自分のため如来様の苦労」「親さまの慈悲」


キリスト教と他力教の類似と相違

類似:神=父 弥陀=親

相違:「父」「親」に対する「感情」は違う

<日本のキリスト教研究には、ここは重要なポイント>

日本での「親」:父母を合わせた「人格」の観念

父:「父の愛は母ほどに本能的絶対性をもたない、たぶんに倫理性を具えている」

<厳格な父のイメージ>

子としても「あまえる」ことをしない、一種の「謹厳」さ

=「個人的隔離性」を自覚

母:母の愛に子は、無条件に屈服

→父母性合わせた親の観念

他力宗信者の弥陀:母性優位

「日本人の親に相応するものは、キリスト者にないようだ」

<この点こそが、日本のキリスト教にとって大問題>
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