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『福音歳時記』にみるイエス-第149号 2008年5月発行  

【イエス・キリスト・主】一月

キリストのみ名に縋りて老の春   景山 筍吉

キリストのこゑ寒厳の裂目より   鷹羽 狩行

寒日差磔像の主は膝曲げて     西谷しず子

人来たらず磔刑イエズス凍てませど 阿波野青畝

極寒の磔像青き髯垂らす      内田 冬至

寒天の奥よりイエスみそなわす   阿部 誠文

主は来ませり主は来ませり燭凍てず 阿波野青畝

凍道にキリスト問ふ子恐れしか   山田みづえ

初日待つ丘にイエス待つごとく群れ 園本 穹子

主の傷の赤き繪硝子降り積む雪   内田 哀而


*福音の中心は、イエスにあるのだから、当然のことながら、イエスを詠った句は多いものと覚悟していた。しかし、実際、句を拾いながら、しばし考えてしまった。

「イエス」「キリスト」まではいいとして、たとえば「主」。この言葉は、キリスト者であればご存知と思うが、文脈によって、指し示しているものが異なる。

「磔像」「十字架」などは、直接イエス・キリストではなく、第一義的に「物」として詠ってる場合が多い。俳句が即物であるゆえに、そういう場合はここではとらなかった。

しかし、キリスト教俳句である限り、どの句にも、イエスの面影が詠む込まれているといって過言ではない。
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