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作品とエッセイ1-第149号 2008年5月発行  

(*主宰寸感)

名古屋市  片岡惇子

  雪柳燃ゆる千手の掴むもの

  春眠や息吹き受けて甦る

  花の中一つの命確認す

  花冷えや白衣の人と歩む道

  咲ききって桜の命わが命

  ミサを生きるそうありたいと柿若葉

  初燕放蕩息子も帰り来ぬ

  八重桜年を重ねて恵とす

  山つつじきつくなりゆく道選ぶ

  藤房を軽くして真理イエスの目


 柿若葉の瑞々しい季節となりました。生命力あふれる季節。
私の一番好きな季節です。

 平針教会で長く俳句を作っておられる方がいて、「余白の風」を差し上げたところ、ご主人から、井上洋治神父様をとても敬愛しておられ、神父様の書物を全部持っておられるとのこと。

『余白の旅』を貸してくださいました。
井上神父様は、ご自身を裸にして全てをさらけ出して下さいました。

お名前は存じておりました。特別なエリートの神父様と思っておりましたが、多くの弱さをさらけ出して下さっています。

そして、だからこそ「アッバ」と祈られる神父様。これこそほんとうの信仰だと強く思いました。素朴に原点に帰った信仰。なぜ「余白の風」なのか、お聞きしたいと思っていましたが、ここから来ているのですね。

「余白の風」に出会ったこと、改めて嬉しく思いました。ご不自由な身体でがんばっていらっしゃる何人かの方から、〝「余白の風」を楽しみにしています。〟そう言われて、このことも嬉しく思いました。

*右文は、もともと編者への私信として頂いたものですが、感銘を受けたので、ご無理を言って、掲載させていただきました。ありがとうございます。

ご指摘の通り、井上神父のすばらしさは、何よりも、気取らず、飾らず、「南無アッバ」一途の信仰ということだと思います。
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