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ボリビアで働く野原昭子さんに-第148号  

     名古屋市  片岡惇子
  
春の土一粒の種受け入れて

働く人春の光受け美しき

流れて水春を流れて煌めけり


葦松明湖岸に妖し春告げる

三角に残る春田や神のもの

鳥帰る旅人は重き足引いて

春雷や湖波立たさせ目覚めよと

桜咲く光より早く闇くぐり


 京都山科に人に会いに出かけたその帰り、足を伸ばして弟夫婦のところへ立ち寄りました。

たまたまその夜、琵琶湖開きの葦松明を燃やす行事があるとのことで、一泊することとしました。

宵の七時。

湖岸を渡る風は心地よく、一発の花火を合図に、一斉に点火され、激しく燃えていきます。

同時に若者たちによる和太鼓の演奏が始まりました。

心を打ちたたいて、激しく炎と同化していきます。

やがて、その命を終わろうとする気だるい一瞬が訪れて、燃え尽きていきます。

こうして、琵琶湖に春が告げられます。

翌日には、琵琶湖を埋めつくしていた鳥たちも、一斉に帰っていきました。

この地は、近江米の米どころで、まだまだ田んぼが残ってはいますが、あちらこちら宅地化され、近い将来全てが消えていくような、不安を感じます。

日本の食料はどうなっていくのか。

春の風物詩の中に、暗い暗示を見ます。


*ここにも、地域間の、あるいは昔と今の光と影を見る思いです。
物事には、必ず両面、多様性があり、この世では、それはすべて相対的なものです。
完全なものは、神の国完成の時まで待たねばなりません。

それまで、わたしたちは「一粒の種」として、「松明」として、与えられた時と場で、生かされるよう祈りましょう。
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