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作品とエッセイ-第146号-p.4  

初日の出・二題  豊田市 佐藤淡丘

俳句初学のころ、次のような句を作った覚えがあります。

 初日の出顔に温かいと言ったか

 愚息がまだ幼い頃、洋上に上がる初日を観にいった時、昇り切った太陽を見て「父ちゃん顔があったかいね」と言った。右はその儘を句にしたものである。

句のよしあし善悪はともかく三十年を経た今も、その情景は鮮明にたどることができます。
 以来早起きの好きな私は、この初日の出を折にふれ眺め続けて来ました。
今年も初日をみて左の句を作りました。

  連嶺を離れてなほも初日かな

 初日の出を拝みに近隣の方々が沢山周りにいました。金色の太陽が山並を離れるにつれ人々は踵を返すようにして帰ってゆきます。

あの曙光の瞬間を忘れたかのように。でもこの日の太陽は営々として働き続けるのです。しかも、無償の愛をこめて。南無アッバ。

元旦の宇宙美わし神と和す

しずかなる夜景みつめて二日かな

寒林に礼儀正しく陽が沈む

大いなる底が連なる枯野かな

凩を抜け来て眼美しき


*四句目・・アッバは太陽のように、天からお恵みを注ぐと同時に、「大いなる底」からも、ずっと私たちを持ち上げ、育んでくださっている。

「枯野」の下では、その「底が連なって」いるとは、意味深長な句心。

→p.5
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