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作品とエッセイ-第146号-p.3  

名古屋市  片岡惇子

森司教様始め四名の神父様の講話とごミサそして、分ち合いと、箱根で二泊三日の贅沢な時間をいただきました。

テーマは、「キリストは現代の福音になるか」学ぶ者は六十名。講話の後、六,七名に分かれ、分ち合いをしました。

現代こそキリストが必要であることの認識は一致しています。そのキリストの福音=生き方をいかに伝えるか、実践するかについて、それぞれが努力している日々、しかし、伝わらない。

変わらない無力感。
森司教様の最後のまとめ――神は人間を喜び輝くために創って下さった。いつもその原点は、人間の喜ぶ姿が見たいという神。

弱い人たちが弾き飛ばされている現代。そういう人たちと響き合う心。これこそ福音。弾き飛ばされた人と共に一緒に食事をする。これを目指して生きること――

外は雪。そして、枯枝にうっすらと積もった雪は、一面の薄墨桜。美しく輝いていました。今、ここにいさせていただいている私。感謝。

時満ちて来る時とは冬の虹

どうでも良きこと持ち越して新年や

口閉ざし聴けば吹雪きし荒野の声

綿虫や実態求め凝縮す

外は雪福音学ぶ私在り

良しと神喜び跳る風花や

小さき窓一月の月招きけり

尾張野に大根太く天仰ぐ


*森司教様は、井上神父がカテドラルにおられた時、ごいっしょだった方です。私も度々井上師からお話をお聞きしました。

「自然」と「聖書」とわかちあい、よい学びをされましたね。一連の御句、その情景が浮かびます。

→p.4
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