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作品とエッセイ-第145号 2008年1月発行  

(*主宰寸感)

名古屋市  片岡惇子

今年も白と薄紅色の小振りの葉牡丹を一株ずつ買って、小さな柿の木の下に地植えをしました。

これで正月の準備完了。葉牡丹は、広辞苑にはヨーロッパ原産、キャベツの一品種とあります。

白、黄、紫紅、鮮紅、淡紅など、どの葉の色も美しく、いつも迷います。

その葉の縮緬状のやわらかさは、優しく包みこんでくれるようで、安らぎを与えてくれます。

その葉に降りて、光っている朝露の美しさも、又、特別です。

これは、私への恵みなのですが、目の悪い私には、ダイヤモンドのように映ります。

私の所属する平針教会の御聖体台の後方の窓は、幼子を中心に渦巻にはめられたステンドグラスで出来ています。

夕日が落ちて、暗くなっていくその瞬間の美しさには、感動します。

闇の中に光をみるのです。葉牡丹をみると、その情景と重なります。(07/12/25)

葱刻む日常の中に祈りかな

*まな板に飽かずトントントン・・・・リズムも心地よい。細部と単純な繰り返しの中に、神が宿る。

謙遜や枯菊に幽か香の残り

*その「枯菊」もすばらしいですが、その「幽か」な香に気づく作者の心持がうれしいです。

枯葦やなびく彼方に創世記

*三句目、「枯葦」の向うの原初世界とも、イザヤ書の「傷ついた葦・・・・」からの発想とも、奥深い。

葉ぼたんの静かに包む神の影
          (神の影=奥村一郎選集⑥より)

葉ぼたんや貧しき人の宿となり

*エッセイと響きあって、読者の理解と発想を助けてくれます。一見簡素な葉牡丹の魅力を教えていただきました。


豊田市 佐藤淡丘

 私は「切通」が好きである。この切通を広辞苑で引くと、次のように書いてあります。

「山・丘・廊下など切り開いて通した通路」

 幼い頃、隣りの部落との間にこの切通が掘られ、トロッコが行き交っていたのを覚えている。

工事の人が居ないときなど、トロッコに触れたり、両側の斜面に現われた粘土層を切り取ったりしてよく遊んだものである。

 これに似かよった切通が、毎朝通う「会神の丘」の途中にあるのです。

登り勾配の下から見上げる切通の狭い空は、ここを先途とばかり寒星の住処(すみか)となり美しく輝くのである。

 抜け出る先は、北斗七星がひしゃくの柄を少し傾けて待ってくれています。

まさに、「南無アッバ」の世界が続くのです。(07/12/29)

短日や満たされぬもの持ち帰る

*淡丘氏の句は、いつも、連作としても優れて読ませます。

日が短くなると、心急くものがありますね。

下りたれば一瞬にして冬田かな

*切通を下って、目の前に広がる一面の冬田。爽快ですらあります。

駆くる間に白息となる犬の貌

*犬に引っ張られるように、切通をゆく。なぜか、佐藤春夫の「田園の憂鬱」など思い出します。

巻き戻すゼンマイじかけ冬の鵙

*しぐさか声か、「冬の鵙」を「ゼンマイじかけ」とは巧みな表現ですね。

手を挙げて寒星に触る切通

*星に手の届きそうな空気のなかに住んでおられるのが、羨ましい。

関町教会報「こみち」235号より 
練馬区 魚住るみ子

新涼や肌に覚えてうらさみし

*「新涼」は清々しさだけでなく、同時に、季節が秋へと動く寂しさがある。微妙な心の振れを表現。 

マスカット灯のもとに映ゆ誕生日

*果物屋さんに並んでいたか、お家のテーブルに盛られた「マスカット」か、この「灯」はきっと黄味帯びた白熱灯のように想像します。

  水仙花
ゆるされてわが身はありやうなだれて水仙の花唇に触る

*「うなだれた」「わが身」を、「水仙の花」が受け止めてくれているような、安らかな境地。

「野守」三〇号より 
文京区  大木孝子

銀杏を踏む忸怩(じくじ)たる夕まぐれ

*何に対してか「忸怩」たる思いを抱いた作者。

その遣る瀬無さを「銀杏」が受け止めてくれる。

人と自然の交流を、夕闇がそっと包む。

花ひひらぎほんとはさびし神様も

*中下は、キリスト者であればこそ、ドキッとする感慨かもしれない。

「も」がポイント――神がわたしたちに寄り添う、友(共)なるアッバであればこそ。
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