「南無アッバ」を生きる ホーム » 求道詩歌誌「余白の風」 »主宰作品-求道俳句とキリスト教 余白の風 第145号 2008年1月発行

主宰作品-求道俳句とキリスト教 余白の風 第145号 2008年1月発行  

Copyright © 2005 余白こと平田栄一, All rights  reserved.

主宰作品  蓮田市 平田栄一

永遠の命 マタイ19・16~22

蝉しぐれ天に宝を積む如く


教師キリスト マタイ23・1~12

ガラシャ忌を一人下山の道辿る


救いへの道 マタイ17・22~27

つまずきの石取り去られ盆の道


火と分裂 ルカ12・49~53

死蝉の吹き寄せられし垣根かな


招かれる マタイ22・1~14

末席の気楽さが好き夏の宴


子供のように マタイ18・1~14

殊のほか静かに暮れしコルベ祭

「自分を低くして、この子供のようになる人が、

天の国でいちばん偉いのだ」

とイエスは言います。

強制収容所という極限状況のなかで、

淡々とその使命を果たした聖者コルベ。

わたしたちが学ぶべきは、

結果としての仕事の大きさではなく、

それぞれが与えられた場の中で、

謙虚に自分の使命を果たす、

ということではないでしょうか。



――わたしの選んだ句――平田栄一薦

クリスチャンにて軍歌が得意さるすべり  大口元通

日本の一般読者は、「クリスチャン」と「軍歌」に

二物衝撃を感じるかもしれない。

クリスチャンといえば、禁酒禁煙・博愛主義・・・・

といったイメージが、まだ根強いからだ。

しかしそうであれば、ブッシュがイラクに聖戦?

という報復をしかけたりすることはないだろう。
        
「麦」〇八年一月号より)
関連記事


category: 求道詩歌誌「余白の風」

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/1060-d796917b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

リンク

検索フォーム

▲ Pagetop