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「終末」論や「裁き」  

*実際、カトリック教会では「終末」論や「裁き」を強調することはほとんどありません。

私も求道者に聞かれたとき、そういう話はいっさいしません。

「でも聖書に書いてあるではないか」といわれればそうです。

しかしすでに今私たちが手にしている聖書は、せいぜい5世紀くらいまで、侃々諤々人間的・政治的な議論を重ねてやっと編集されたものですから、そこには人間的な作為や駆け引きなども当然反映されていると見ています。

ですから聖書を読むときは、わたしは「ここにこう書いてあるから」といって、聖句をすぐ普遍化することは危険だと考えます。

むしろ、「なんでこう表現したのだろうか?」と、著者の意図・編集意図を探って解釈します。

こういうのは現代聖書学ではあたりまえだと思っていますが、まあそういう作業自体「不謹慎、神のお言葉を何と心得る!」てお叱りになる方も多いです。

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