「南無アッバ」を生きる ホーム »2018年11月
2018年11月の記事一覧

11/27のツイートまとめ  

yohaku5

RT @JBSbible: ☆ 31年ぶり(1987年以来)の新翻訳!『聖書 聖書協会共同訳 引照・注付き』(B6判・クロス装)ご予約はお近くの書店またはネットで。https://t.co/Wz8yAJAFU824日(土)日本経済新聞の読書欄に載りました。↓ https:…
11-27 06:28



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11/26のツイートまとめ  

yohaku5

@201yos1 まったくそのとおり。楽しみです。これで何冊になるかな?
11-26 18:11



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11/25のツイートまとめ  

yohaku5

「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方」(黙示1:8) #今週の聖書
11-25 08:28



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11/23のツイートまとめ  

yohaku5

@201yos1 これは、楽しみです!
11-23 10:37

楽しみにしています。 https://t.co/ARaQFC25Hx
11-23 10:38



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11/21のツイートまとめ  

yohaku5

@yomutokaku そしてこれらの悲しみや痛みをすべてわかっていて下さる方が確かにいるのだという安らぎ
11-21 13:08



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11/19のツイートまとめ  

yohaku5

今週土曜日11/24、予定通り、第101回特別講座を行います。https://t.co/k1oAii59Wb連休のはざまですが、どなたでもおいでください。南無アッバ
11-19 08:57



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11/18のツイートまとめ  

yohaku5

「わたしの言葉は決して滅びない。」(マルコ13:31より) #今週の聖書
11-18 07:37

@201yos1 おめでとうございます。今まで読んだトマスに関する本の中で、画期的に読みやすい御本でした。
11-18 07:40



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共苦神イエス  

要約・南無アッバの集い&平田講座

(テキスト『心の琴線に触れるイエス』聖母文庫)

〇第五一回(続2)

野呂氏の論文から私なりに要約しますと、北森の関心は、贖罪論的なものに絞られており(p.6)、北森神学には、歴史の中の人間の苦しみに同情して、神が痛み苦しむという思想はないといわざるをえません(17)。

そしてまとめとして、神の「痛み」を本質としてしまうというところに無理があるのではないか(25)。

なぜなら、その思想は、痛み・苦しみをそれ自体で良いものとしてしまう危険があり、また苦しみ、痛みと愛は必ずしも比例しないからです。

私たちは、神が喜びであればこそ、救いを望むのです。


以上のような野呂氏の指摘は、井上神父の「・・・・それ【イエスの十字架の痛み】が父なる神にまで行ってしまうときつい・・・」を思い起こさせます。

結局、北森神学は、怒る神が前提の父性原理が強い神学、ということになると思います。

戦後の日本人が欲した苦しみを共にしてくれる神(=「共苦神」と呼ぶべきか)は、遠藤の同伴者イエス、井上のアッバ、また青野の「ために」でなく「ともに」のキリスト論など、いわば「母性神学」をしてようやく開花したといえましょう。


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試練からの出口  

ヨブ記   東京・横山光代

現世(うつしよ)の厳しさ識(し)りし夜更けにはヨブ記読まむと机に向かひぬ

主は与へ主とり給ふとヨブ記のことば心澄ませて脳(なづき)に秘めおく



*「神は真実な方です。耐えられない試練には逢わせず、そこからの出口も備えていてくださいます。」

(Ⅰコリント10・13より)


category: 求道詩歌誌「余白の風」

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復活の体  

練馬・魚住るみ子

年賀状の交換のみに互(かた)みにし変らぬ友情なつかしみ来(こ)し

相逢はぬ年月を経て姿かたち予想以上に変貌したる

気持のみ昔と変らず健やかに再会のよろこび限りもあらず

たちまちに時間は過ぎて又の逢ひ願ひつつも見送りにけり



*②お互いが同じように老いていっても、自分の目は昔の記憶のままで相手を見てしまいます。

しかし、「予想以上に変貌したる」「姿かたち」であればこそ、復活の体が愈々待望されます。


category: 求道詩歌誌「余白の風」

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日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

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