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アンソロジー井上洋治神父の言葉(43)  

井上神父が創刊した「風」誌に毎号連載しています。
第103号、2017年冬(43)

〇 十字架は「悲愛」の頂点

本連載第一部で、「罪と苦しみ」という問題を考えるきっかけとしてわたしは、井上神父と佐古純一郎氏の対談を引用しました。そのなかで「十字架」の意味について、二人は次のように語っています。その一部を再掲します。

<佐古 ‥‥イエスはいったい何で殺されてしまったかということになっちゃうと、イエスをあんな苦しみに遭わせたのはおれじゃないかというところに出てきて、やっぱり罪の、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう」という問題が出てきているんですな、私なんかは。

井上 私はね、むしろ、イエスの十字架というのは私たち一人一人の人生の苦しみをそこでいわばmitleidenして(共に担って)くれたという感じです。これからの私たち一人一人の苦しみというものを、あそこにおいてイエスはすでに受け取って、神様のもとにさし出してくださっているんだという感じです。

佐古 そのことは、まったくそうですわ。

井上 だから、「惨めな」というか‥‥。もちろん、私たちのために死んでくださったというのはあるわけですけれども、そのときのニュアンスの置き方ですかね。例えばパウロとヨハネを並べると、パウロは、ユダヤ人に対してだと思うのですけど、もっぱら犠牲とかそういう面を強調しますね。

ヨハネの場合は、むしろギリシャ教父たちが言うように、こちらに来てくださって、みんなをぞろぞろと愛で包んで、また向こうに戻ってくださったという感じがありますよね。

だから、私はそっちのほうがどうも考えやすいというか、何か、私の人生を先につかまえてくださって、これからの死の苦しみを、もうすでに先に一緒に歩んでくださって、もう行ってくださったから、私の人生は保障されているというか、キリストがもっていってくださった。>(『パウロを語る』一八七~一八八頁)

対談での話し言葉をそのまま文章にしているので、ちょっとわかりにくい部分がありますが、井上神父の言いたいことは明白です。

すなわち、神父にとってイエスの十字架は、罪を贖う「犠牲」としてよりも、わたしたちが人生の途上で味わう、様々な喜びや苦しみや不安――その最大のものが死への不安だと思いますが――そういうものをイエスが「すでに受け取って」=先取りして、「もうすでに先に一緒に歩んでくださって」いる。

それゆえに「私の人生は保障されている」のだ、という絶対的な安心を与えてくれるものなのです。

ひとことでまとめれば、わたしたちがどんなにひっくり返ろうが、人生全体がイエスを通してイエスと「共に」アッバに「包容」されている、という信仰による安心――そういうものを、悲愛の頂点としての十字架に見ているのが、井上アッバ神学なのだと思います。

そしてわたしは、十字架のイエスが一糸まとわぬ「全裸」であったという事実は、イエス自らがどん底まで降りてわたしたちを引き上げてくださる、という「保障」を決定的なものとする象徴のように直観したのでした。

つまり、わたしたちの人生がどんなにひっくり返っても――そのようにしか思えない状況にあっても、けっしてこのイエスの十字架を頂点とするアッバの悲愛の御手から零れ落ちることはないのだ、という確信を与えられたように思ったのでした。

人生の喜びも悲しみも苦しみも――すっぽりイエスの十字架を頂点とする生涯のうちに「包容」される安心、それが井上神父がなんとしても、わたしたちに伝えたかった福音だったのではないでしょうか。

「全裸」――人類、否、万物が経験したことのない、また今後も経験することがないだろう「屈辱」と「苦痛」の中で、「十字架につけられ給いしまま」(ガラテヤ三・一、文語訳)今も「うめき」(ローマ八・二六)つつ、吾らの人生のあらゆる時と場面に「つきそい」(風の家の祈り)「共に」(悲愛の「悲」)歩んでくださるイエス――。

こうした信仰をわたしは、井上アッバ神学から学び、近年さらに青野神学によって確信することができるようになったのでした。

〇 イエス最期の叫び

<しかし、『ヨハネによる福音書』一四章以下では、イエスさまの悲惨な死がいかに栄光に輝いているものであるかということをヨハネが説明しています。非常に心打たれる箇所です。

もちろんそれは、当時のユダヤ教の人たちに「弟子たちにも裏切られて、素っ裸で吊るされて、そして呻いて死んでいったあんなやつを、なんで神の子だ、救い主だなんて言っているんだ、おまえら少し頭がおかしいんじゃないか」と言われたことに対するヨハネの弁論でもあるわけですが、「あの出来事は栄光の時であったのだ」とヨハネは一生懸命繰り返すのです。>(著作選集5、一四頁)

「素っ裸で」吊るされ、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」と「呻いて」、前述のとおり「見捨てられて」死んでいったイエス。今度は、この「呻き」――『マルコ』におけるイエス最後の「叫び」について考えてみます。

この断末魔の叫びをどう受け取るかについては、拙著『すべてはアッバの御手に』最終章、第十章で井上神父の考えをわたしなりに敷衍しましたが、今ここでは、その人間イエスの惨めな姿、「叫び」を目の前で見聞きしていたと福音書が伝える、異邦人であるローマの「百人隊長」の言葉に注目したいと思います。

<百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。>(マルコ一五・三九)

この節にある「このように」とは何をさすのか。三七節の「大声を出し」たことか、あるいはその前の三四節「大声で叫ばれた」ことでしょう。三八節には「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」とあります。ちなみに『マタイ』の並行箇所を見ると、

<百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。>(二七・五四)

となっています。『マルコ』を下敷きにして書かれたと思われますが、『マタイ』は「百人隊長」他のイエス処刑目撃者の「神の子」発言を、「地震やいろいろの出来事を見」たことによる、としています。

成立年代の最も新しいと考えられる『ヨハネ』はもちろんのこと、三つの共観福音書でさえ、このイエスの最期の記述には大きな違いがあります。

とくに『マルコ』と『ルカ』を比較するなら、その違いは歴然としています。

神に恨み言を叫んで息果てる『マルコ』に対して『ルカ』は、

<イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。>(二三・四六)

と記述し、

<百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した。>(同・四七)

と続けます。

「この出来事」が、四四~四五節にある「全地が暗くなり」「太陽が光を失って」「神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた」ことを指すのか、あるいはイエスが大声で叫んだことをも含むのかわかりませんが、いずれにしろ、イエスの立派さ、神の栄光の顕現によって、「この人は正しい人だった」と、百人隊長らに告白させています。

しかし、『マルコ』に戻って、素直に文脈をたどるならやはり、イエス自身の絶望の叫びを伴った死に様こそが、「百人隊長」をしてイエス=「神の子」告白をなさしめたのだ、と読まざるを得ないと思います。

<いまこの【物語における】深層意識的原体験の事実を「真実」という言葉で表現してみれば、物語は歴史的事実を伝えていないかもしれないが、しかしその奥には深い真実が秘められているのである。>(著作選集4、一三頁)

福音書がイエスの伝記や「事実」の忠実な歴史書ではなく、当時のキリスト者の信仰の「真実」を宣言した書物であり、わたしたちがその<真実>――「福音」に出会うための「実践指導書」(井上神父)である、という立場に立つならば、四福音書の「どれが正しいか?」という問いは、相対化されていくかもしれません。

しかし、信者かどうかにかかわらず、一般常識から見れば、『マタイ』のような異常現象を起こし、『ルカ』のように、神への執り成しの祈りや信頼を示す「スーパーマン」のようなイエスをこそ、「神の子」あるいは「正しい人」にふさわしいと思うのが当然でしょう。

青野氏も新約聖書の最初に位置する『マタイ』の強烈な記述の影響のためか、ある時期までは、百人隊長の告白は、様々な異常現象を見たがゆえのことと思い込んでいたそうです(『「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」』一七一頁他)。

しかしマルコは、己が運命を嘆き、神に異議を申し立て、不信を露わにした――「罪人」イエス――「このようにして」死んだイエスをこそ、「神の子だったのだ」と、異邦人に告白させているのです。改めて考えてみると、これは大変衝撃的なことです。

〇 「罪人」イエスと「共に」

わたしが毎月一回おこなっている南無アッバの集い&講座では現在、井上アッバ神学の「共にいます神」ということをめぐって、ブルトマンの非神話化や聖書の実存的解釈の重要性について話しています。

その第七七回では、「共にいます神」をめぐって、二〇一六年十月の「風の家」三十周年記念集会で取り上げられた「悲愛」の「悲」――「悲しみ」ということに触発されて、井上アッバ神学と青野神学の十字架の意味について次のように話しました。


井上神父はキリスト教で言うアガペーを、日本語聖書でよく使われる「愛」ではなくて、「悲愛」と訳しました。

このなかの「悲」というのは、仏教の方で言う「慈悲」や「大悲」の「悲」から連想したといいます。

そして大事なことは、これらの「悲」には、単に悲しむというのではなくて、「共に悲しむ」「共に苦しむ」というときの、「共に」ということが含まれているということです。

それでわたしが思い出すのは、いつだったか、井上神父が講座か講演でもおっしゃっていましたし、個人的にも聞いたことがあるのですが、「人生というのは悲しいものです」と言うのです。

わたしはこの言葉を最初に聞いたとき、「おやっ?!」というか、正直ちょっと嫌な感じがしたのです。

というのは、わたしは二十代で教会の門をたたき、神父にたどり着いたわけですが、なぜそういう求道を始めたのかといえば、あのころ自分なりに抱えていたいろいろな問題があり、そうしたことがもたらす「悲しみ」や、生きづらさから何とか逃れたい、楽になりたいと思ったからです。

つまり悲しみの解決を願い、きっとそうしてもらえると期待して神父を訪ねたわけです。

それがどうでしょう。神父からは、人生はそもそも悲しいものなのだ、ということを聞くとは。

そのようなことを何回か、神父がしみじみと語るのを聞いたのでした。

しかしその後、井上神父に師事して少しずつ学んでいくにつれ、このように「身もふたもない」と思った人生の「悲しみ」の問題が、実は神父がいう「悲愛」(アガペー)ということと密接に結びついていることに気がついていきました。

十月の記念集会でも、若松さんが「悲愛」について基調講演をしましたが、座談会では「必ずしも悲しみがいやされること自体が、救いではないのではないか」というような意見も出ました。

わたしはこれをきっかけにして、その後もこの「悲しみ」について改めて考えてみました。するとまず浮かんだのが、青野太潮先生がおっしゃっているイエスの逆説的な福音ということです。

すなわち、『マタイ』の山上の、あるいは『ルカ』の平野の説教として伝えられているイエスの言葉、「悲しむ人々は、幸いである」(マタイ五・四)、「貧しい人々は、幸いである」(ルカ六・二〇)という逆説の福音です。

これらは古来、いろいろな解釈がなされてきました。たとえば、ルカの「貧しい人々・・・」をマタイが「心の貧しい人々・・・」とし、日本の「共同訳」のようにこれを、「ただ神により頼む人々・・・」と解するなどといったようなことです。

しかしどれも十分に説得的ではないように思います。

それは、これが「逆説」であり、逆説というのは本来合理的に十分には説明できないものだからです。

逆説が真理とわかるのは、経験的事実を重ねていったときだと思います。

この点は、井上神父のベルクソン以来の「体験主義」や「信仰の神秘」への言及に通底するものがあります。

辞書で「逆説」を引くと、その例として「急がば回れ」というのがあげられています。

これもあれこれ考えを重ねた結果として真理だとわかるというより、たくさんの人が経験して、「ほんとうにそうだなあ」と納得したので、定着していったのだと思います。

この点は、ベルクソンの影響を強く受けた井上神父が、頭でイエスの語った真理「について知る」だけではだめで、ほんとうに真理「を知る」ためには、体験しなければならず、その意味で「新約聖書は実践指導書(ガイドブック)」である、と言っていたことに通じます。

わたしは、先ほどの座談会で出た「悲しみは必ずしも癒されることが救いではないのではないか」ということも、イエスのこの説教の逆説――「悲しむ人々は幸い」ということに通じるのではないかと思ったのです。

青野太潮先生の御説を参考にさせていただくなら、このイエスの語った福音の逆説は、十字架においてイエスご自身が身をもって証することになります。

ご存知のように、『マルコ』によればイエスは、十字架上で、あの有名な、不可解な、一見「神の子」らしくない、絶望の叫びをあげて息を引き取ります。

<わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか>(マルコ一五・三五)

これも古来様々に解釈されてきた箇所です。『ルカ』や『ヨハネ』は、この叫びを「神の子」らしい威厳とやさしさに満ちた辞世の言葉に換えた節もあります。

史実は、単に大声を上げられただけかもしれません。

井上神父は、死にゆく人の断末魔の意外な叫びだけをあまりにも重視するのは、イエスさまに「失礼」である、といった見解を持っていました。

しかしわたしはこの箇所に関しては、青野先生の御説を支持しつつ、わたしの思うところを述べたいと思います。

この箇所のショックな点は、まずイエスを「神の子」と告白する福音書にはふさわしくないと思われるイエスの叫びを(おそらくあえて)載せていることです。

すなわち、イエスが「アッバ」(パパ)と呼んで絶対の信頼を寄せていたはずの神に向かって、「自分は一生懸命アッバの御心にそって忠実に生きて来たではありませんか。

それなのに最後の最後で、どうしてわたしを見捨てたのですか?!」と、アッバに嘆きとも、疑問とも、不信ともとれる抗議をしているということです。

しかもマルコは、この十字架の目撃者である(ユダヤ人から見れば不信仰者の)異邦人、ローマの「百人隊長」の口を通して「神の子」宣言をしているのです。

つまり、アッバに不信の罪を犯した――自ら罪人となったイエスを、不信人な異邦人こそが、「神の子」と見抜いたとしているのが『マルコ』なのです。

青野氏は、信仰義認論は、パウロの十字架解釈だ、と言います。

どういうことかというと、おそらくイエスに会った事もなく、また十字架の事件に立ち会ってもいなかったであろうパウロは、あのダマスコの回心を含めての前後、イエスの十字架刑死の意味について思い巡らし、よく考えた。

そうして得た結論は、イエスの「十字架」は、直接的には「愚かさ」や「弱さ」や「つまずき」や「(律法による)呪い」を意味するが、しかしそのようにして生きて死んでいったイエスをこそ、神アッバは「よし!」「しかり」とし、復活させたのだということ。

すなわち、十字架は「愚かさ」「弱さ」「つまずき」「呪い」でありつつ、同時に真の「賢さ」「強さ」「救い」「祝福」をも、逆説的に意味しているのだということなのです。

『ローマ』四章五節では、「不信心な者」をそのまま無条件無制限に義とする神アッバが語られています。

<不信心な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。>

ここには、イエスの十字架や死を罪の贖いと信じれば救われる、ということは一切言われていません。

「不信心な者を」そのまま「義」とする――「よし」とする――神が受け入れてくださる、ということが大前提になっている。そのうえで、何も「働きがなくても」そういう神さまを「信じる」=信頼するとき、その信頼がさらに「義と認められる」と言っているのです(拙著『「南無アッバ」への道』第一〇章一〇「信仰義認論」とアッバ神学、参照)。

例にあげられるアブラハムやダビデについても、イエスの死による贖いを通しての義ということではまったく言われていない。

そしてイエスは、上のような逆説的福音を説きつつ、ご自身が十字架において絶望の叫びを上げ、「不信心な者」「つまずいた者」「罪人」となられた。

「そのようにして」死んだイエスを神アッバは、太古の昔からの御心――無条件無制限のゆるし原則のとおり、「よし!」「しかり」「義」とし、復活させたのです。青野氏は言います。

<すなわち、決定的な救いの出来事としてのキリストの十字架の死は、まさに「弱さ」「愚かさ」以外の何ものでもないのであり、しかもそれこそが、弱く罪深く、そして神なき者が、ただ信仰によってのみ義とされるというパウロの教えに表わされているように、真の救いなのだということである。>(『「十字架の神学」の成立』一八頁、傍点原文)

あるいは、「荒井献氏への批判的対論」のなかでは、次のように述べています。

<いずれにしても、ここ【ローマ八・三b】でイエスが「罪」あるいは「罪の肉と同じさま」における存在、すなわち「罪人」と考えられているということの中には、あの十字架の最期において神を疑い、彼自身の上に生起した不条理ゆえに神に抗議するという意味での「罪人」イエスという捉え方の反映はないであろうか。

つまりイエスの十字架上の絶叫を凝視することに通ずる捉え方がないであろうか。しかし神は、まさにこの「罪人」イエスをこそ、救済をもたらす者とされたのだ、というのが、パウロの逆説なのではないのか。>(同書、二七三頁)

井上神父から学んだ、先の「全裸のイエス」。

青野氏から学んだ、この「罪人イエス」――「罪人」となられたイエスこそ、われらを救う方――これほど逆説的で、かつ慰めに満ちたメッセージはありません。

教会にはふつう、

<この大祭司(イエス)は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。>(ヘブル四・一五)

と伝えられています。

イエスの生涯には徹頭徹尾「罪」がなかった、それ以外はわたしたちと同じだった、そのような「神の子」であるから罪人であるわたしたちを救ってくださるのだ、というのが正式な教会の教えでしょう。

しかし、右に引用したように、イエスを「罪深く、そして神なき者」すなわち「罪人」イエスとして捉えるというのはタブーなのでしょうか? 

異端でしょうか? 

人間イエスの意図していなかった所で、「なんで私がこんな目に遭わなければならないのですか」と叫んで、嘆いて、自ら「不信心な者」となられたイエス。

その「罪人」の頭をこそ、アッバは「無条件・無制限にゆるし」、「よし!」として復活させた。

罪の極みまでわたしたちと「同様に」なり、今も「十字架に架けられ給いしままに」「うめき」つつ「共に」いてくださるイエス。

こうしたイエスこそ、井上神父が言う所の「悲愛」の頂点――十字架において、わたしたちを救ってくださるイエス、と言う信仰告白につながるのではないでしょうか。

それはアッバにとって、イエスという「作品」における御業の完成でもあります。

わたしたちも、アッバが大事にしてくださった「作品」――人生の完成をめざして、このようなイエスと共に、イエスにならい――弱さと罪深さのなかで、「うめき」つつも「南無アッバ」「南無アッバ」と唱えつづけること、それこそがアッバがわたしたちに望んでおられる生き方なのではないでしょうか。
(つづく)



category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

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12/03のツイートまとめ  

yohaku5

@mitakaforest ありがとうございます。私も、井上洋治神父は、晩年になるほど、ますます良いお顔になられた、お祈りがにじみ出ていると思います。
12-03 06:45



category: ツイッター記事

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