「南無アッバ」を生きる ホーム »2010年10月
2010年10月の記事一覧

10/30のツイートまとめ  

yohaku5

今日のワンポイント聖書「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(ルカ14:7-11) 少しずつ吾がプライドは砕かれて真砂のごとく光る心地す
10-30 20:11

「余白の風」179号いっきに編集。でまた、背中に来ました。。。。無理は禁物。「短歌人」の月例投稿もかさなり、ちょっと忙しい。
10-30 20:40



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10/29のツイートまとめ  

yohaku5

すっかり、寒くなってきました。今日のワンポイント聖書「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださる」(フィリピ1・6)井上師が、よく黙想をすすめる箇所。あちらが主、こちらが従、たびたび思い起こしたい信仰の要。
10-29 17:12



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166-170 憐憫と悲愛  

アガペーは無価値な者を含む愛

ただし、憐憫とは違う

『事件の核心』(G・グリーン)スコウビイの愛ならぬ憐憫による自己崩壊

憐憫は自己肯定の情熱であり、
アガペーのように自己転換しない

"アガペーは相手の立場で無心に共に泣く愛
→「悲愛」初出
→十字架の姿

マルコ2:13-17
歴史的イエスの明白な特徴:下積みの人たちとの交わり-ブルトマンも認める

この特徴から、イエスの生涯を貫くものが見えてくる


井上神学=アッバ神学での最重要なキーワード「悲愛」が初出する箇所。

相手と同じ位置に立って、
「共に喜び、共に泣く」「悲」の意味が強調される。

このあと、
アッバ神学の特徴が鮮明になる。


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164-6 フィリアについて  

フィリアは他者に開かれる

共通の価値を追い求める(アリストテレス、ストア評価)

フィリアの問題
価値追求の同士から脱落者・裏切り者が出ると糾弾-例:浅間山荘事件
敵より同士を最も恐れた離脱軍人の話⇒原罪の傷口

フィリアで結ばれたファリサイ派⇒罪人を切り捨てる


エロスからフィリアへ

エロスが、一方的な自己満足の危険があるのに比し、
フィリアは、相互に高めあうという意味がある。

しかし、それは「同士」という前提があってのこと。


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10/27のツイートまとめ  

yohaku5

「風の家」および「余白の風」会員、読者の皆様、お元気でしょうか。寒くなってきましたね。お風邪などめさぬよう、お気をつけください。今後とも、講座や誌面でお会い出来ることを、楽しみにしています。
10-27 08:24

@mozu_san mozuさんお元気そうで。おかげさまで、余白の風も、ずいぶんと会員が増えました。
10-27 14:53



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163-4 鎌倉仏教と芭蕉  

無限への憧憬としてのエロス
⇒古今調~鎌倉仏教開祖らの自己否定と転換

比較:芭蕉⇒「無」体験あったが、言葉にこだわった
⇒無による真の転換たりない

開祖は、美の創造にこだわらず、
作品は「指導」「配慮」を目的あるいは結果としての「汗」

「歌よむは罪か」⇒法然:詠む行為に執着するかどうかが問題


この部分は、2ページほどなのだが、
歌詠み?としては、気になるところ。

たとえば、私の場合、
短歌・俳句の一般誌への掲載と、
求道詩歌誌である「余白の風」作品とは、
どういう関係にあるか、
考えさせられる。

求道性と作品としての出来の問題。

広くは、宗教と文学の問題へ。


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10/26のツイートまとめ  

yohaku5

おまかせ http://t.co/BwSvlgM
10-26 08:43

@qta_tokiwa ありがとうございます。以前のものですが、ご参考になれば幸いです。
10-26 14:53



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10/25のツイートまとめ  

yohaku5

158-163 エロスとアガペー http://t.co/6OfsMtC
10-25 22:02

156-158 愛は人を孤独から救うか http://t.co/95HCsog
10-25 22:02



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158-163 エロスとアガペー  

プラトンのエロス論
-ディティーマ:もともと一つのものが求め合う情熱

感覚を超えて、イデアにまで昇る、
「自分にない価値を追い求める」ため「自己中心的姿勢」

人間は、神を求める場合も、
エロスから出発せざるをえない。

二人が一生を暮らすためには、
エロスを超えたアガペーが必要

エロスが真の自己を開花するには、
永遠の生命-場によって自己転換必要
→アガペーにより包まれる

「忍ぶ恋」「道ならぬ恋」は、妨害によって燃える
ルージュモンの「トリスタン・イズー」-恋愛(エロス)と結婚(アガペー)峻別

注目点
1.道ならぬ恋は死によってしか結ばれない
2.エロスを燃やすために障害をつくる

エロスを持続するには「絶えざる渇き」が必要
cf『狭き門』のアリサ-エロス賛美者


プラトンとルージュモンの物語によって、
まず、エロスの特色をつかむ。

ここでは、エロスは高められなければならないが、
頭から否定されるべきものではない、
という点に、注目したい。

私たちは、いきなり天使にはなれないのだから。


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156-158 愛は人を孤独から救うか  

様々な「愛」の使われ方

人間の最大欲求は「孤独からの脱却」(フロム)
→愛においてのみ可能

愛は「技術」である(フロムの結論)?

ほんとうの愛のみが、
個々人でありながら一つである感応依存において、
孤独から脱却、互いに一致させる

これを命題として、
以下、なぜそうなるか考える。

イエスの愛は「アガペー」使用

パウロや福音記者ヨハネはヘレニズム文化の影響大

イエス以前はあまり使われていない「アガペー」


「第7章 悲愛」の始まり

本書の佳境に入る。

「愛は孤独から人を救い、幸せにするのか」
という、キリスト教の基本命題を、
このあと、丁寧に見ていこうとする。

このことを、
当然のこととして、
深く考えようとしない私たちは、
初心に帰る気持ちで、
いっしょに考えてみたい。


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