「南無アッバ」を生きる ホーム »2010年07月
2010年07月の記事一覧

07/26のツイートまとめ  

yohaku5

どんなにか背伸びをしてもアバ様の御手の中では一寸法師 #namuabba
07-26 11:24



category: 『日本とイエスの顔』

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07/23のツイートまとめ  

yohaku5

明日は4回目の講座ですね。http://yohaku5.blog6.fc2.com/blog-entry-1421.htmlお申し込み下さった方、暑い中ですが、お気をつけておいでください。講座後、いつもどおり、喫茶店エルでおしゃべりしましょう! #namuabba
07-23 08:44



category: 『日本とイエスの顔』

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07/15のツイートまとめ  

yohaku5

その無意識の理を分析すると、「日本人とキリスト教」というテーマが見えてくるということでしょう。 #namuabba
07-15 16:31



category: 『日本とイエスの顔』

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07/13のツイートまとめ  

yohaku5

「そのとき、イエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱(しか)り始められた。」(マタイ11) 見ても見えていない私たちに、本質を見抜く目をお与えください。 #namuabba
07-13 10:38



category: 『日本とイエスの顔』

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07/12のツイートまとめ  

yohaku5

今日の御言葉:自分の十字架を担って私に従え(マタイ10) #namuabba
07-12 08:27



category: 『日本とイエスの顔』

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07/06のツイートまとめ  

yohaku5

求道詩歌誌「余白の風」 第175号 2010年7月発行しました!http://yohaku5.blog6.fc2.com/blog-entry-1465.html  井上洋治神父の替え歌がいい。 #namuabba
07-06 09:06



category: 『日本とイエスの顔』

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第175号 2010年7月発行  

井上洋治神父の提唱する「南無アッバ
日本人のキリスト信仰を生きるための求道詩歌誌

井上洋治神父のうた
yuyakekoyakede-higakurete.jpg
*神父様自ら「最終にして最高傑作(笑)」と自負した替歌讃美歌。エッセイ・童話・詩の総決算のよう。

会員作品とエッセイ(*主宰句評)

蓮田市  平田栄一

耳鳴りはこの日も止まず西方に浄土あらんと囁くように

その後の風の行方を思うなりアバミサ止みしその後の風


稲城市  石川れい子

時鳥古都虚子立子記念館

七変化胎児の顔をみる如し

菖蒲園明治の母もみてをりぬ

風のかたち
ヨット ヨット/  風のかたちは 帆のかたち/みなとみらいの よこはまの/  シンボルビルは ヨットの帆//「風のかたち」は 映画です/  小児がんの 子らの声/夏のキャンプの 十年を/  伊勢真一監督が 寄り添った/いのちの希望の 実話です//御神風(オミカゼ)さまは 聖霊です/  アッバアッバ 南無アッバ/唱えていると 天の父/  私の内に 吹くのです

*と同時に、吹く風に促されて「南無アッバ」と唱えさせられているのかもしれません。


八王子市  井上文子

確りと手を繋ぎ合うぶどうの木

長命の家系に生まれ南無アッバ

かえ歌の賛美老若男女の和

三界に家なくてよし風の旅

*幼い頃に心に刻んだメロディで、今アッバを賛美できる幸せ。


練馬区  魚住るみ子

口遊む夕焼け小焼け南無アッバ一日(ひとひ)の終りを感謝しまつる

生かされて余生の祈り常住坐臥一生(ひとよ)の畢(おわ)りを感謝しまつらなむ

卒寿なる夫へ塗箸春爛漫

*ご夫婦の変わらぬ愛情。「余生」を心から感謝できる幸せ。


文京区  大木孝子

ひと汝を大工と呼べり桷(ずみ)の花

形代にうすうす骨の見え来たる

水密桃一日を神のごと眠る

*「野守」通巻40号より。「神のごと」きとはどんなものか、「水密桃」のごとき甘い眠りか。


名古屋市  片岡惇子

昭和つなぐ枇杷鈴なりに祖母の家

七変化アッバの中に心無き

梅雨晴間ペトロとパウロの心読む

静寂を切り裂き滝の止めかな

*「心無き」この場合は、無心ということか。聖なる闇――無としての神を思わせる。


大和市  佐藤悦子

悩むなと呼びかけてくるみ言葉よ濡れて佇むアジサイの花      マタイ6・34

なつかしく金祝の記事読みたれば思い起こせりルツ記二・二〇

主は守りわたしの足を堅く立てねむることなくまどろみもなし

聖霊降臨の日は、特に足の痛みがひどく、一日外出できず、夜一人でなんとなくN響アワーを見ていました。すると字幕に、メンデルスゾーン作曲、組曲エリヤから合唱、東京芸大合唱団、

主は苦しむあなたを見守っている・・・・
ねむることなくまどろむこともない

と、くり返し、くり返し流れてきました。私はしだいに画面に引き込まれていき、これは憐み深い神さまから私への慰めの言葉だと気づかされて、いたく魂に響き、忘れられぬ貴重な体験となりました。後で調べると詩編121からの言葉でした。

*日常の中に、密かにいろいろな仕掛けをして、アッバは私たちを導いてくださる。ご自愛ください。


豊田市  佐藤淡丘

百合活けてすこしずらしぬマリア像

あじさゐの斜面ほどよき雨の中

水鏡帰燕近しと水敲(たた)く

手を容れて届かぬものや木下闇

「俳句は一神教に耐えられるだろうか。」との命題を、ぼんやり考えていた時代が長く続いていましたが、今回本誌(#174号)の主宰、小講話「求道詩歌のすすめ」を読んでいて、はっと、?これでいいのだ?と気付き元気が出ました。

そこには井上神学の基本的考え方、「汎在神論」(パンエンティズム)が述べられ、歌道や俳句道との相性は、キリスト信仰のなかで抹殺されることはなく、むしろ息を吹き返すことができるのだと、ハッキリ述べられておりました。

今朝も丘に登り若葉をたたいて主を賛美して、イザヤ書を反芻しました。「山と丘はあなたたちを迎え、歓声をあげて喜び歌い、野の木々も手をたたく」(55・12)と。南無アッバ、南無アッバ。

*テレジアやフランシスコの霊性を学ぶとき、詩歌は自然と神の関係を素直な心で取り結ぶ絆のようです。


立川市  新堀邦司

郊外に集ふ家族や昭和の日

法学士老いけり憲法記念の日

新任の若き牧師や復活祭

*「日矢」6,7月号より。ご自身やご家族のことを読み込んだ句から、しみじみした感慨を共有できます。


一宮市  西川珪子

祭壇にバラいっぱいのミサ進む

風誘ひたんぽぽの絮中空へ

新緑の下に寂かに眠る古葉

祈るほど蛍袋の白輝き

*蒸し暑い日が今しばらく続きますが、ちょっと庭を見れば、緑がぐんぐん濃くなっていく。命なりけり。


秦野市  長谷川末子

紫陽花の下に隠れる幼き子

父の日の桃の滴り手も舐めて

蛇苺刈り残したる清掃日

プラタナス
冬の間は丸坊主さぞ寒かろう寒かろね/春の恵みに芽が生えて/ぐんぐん伸びて夏となる/台風きても逆らわず葉裏を見せて右左/日暮れとなれば小鳥の塒/晴れても降っても小鳥のお宿/真夏の道に葉影を広げ/誰もが通る片道を/すべて御神のなさる慈悲

*四季のめぐりの中での喜怒哀楽。まことに単純なことですが、このリズムから抜け出ることはできません。


高校倫理「キリスト教」授業録5-平田栄一

――前回162号の続き――マルコ10・17~31 

この「金持ちの男」はある意味でぼくたち人間の代表といってもいいんじゃないかな、と思えてくるんです。そこで、「善い先生!」という彼の呼びかけに対して、イエスが「わたしはそういう者じゃないよ」ってかわしたのがジャブだとすれば、二〇節、彼が、「先生、そういうこと(掟)はみな、子供の時から守ってきました」と胸を張って答えたのに対して、今度は二一節、イエスが、「あなたに欠けているものが一つある。

行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」っていうのは、ノックアウト。つまり、「金持ちの男」の「おれ」意識=自我(自己)中心性をイエスがたたいた、ということじゃないだろうか。

 でもね、「金持ちの男」に意地悪したんじゃないと思う。それは、二一節の「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた」という言葉からも明らかだ。この男を思いやって、彼の「おれ」意識、自我にジャブをかまし、ノックアウトしたんだと思うんです。そういうふうに、ぼくはこの話を読んでいます。

七 「おれ」意識――自己中心性の問題

 ぼくたちはいつも、なにかにしばられている感覚とか、将来への不安、そういうものから自由になることを願っていないかい。どんな高尚な哲学を持ってきてもこの現実は否定しようもない。

 <その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。>(二二節)

 この話でイエスは、結果的に彼を突き放したように終わっているけど、そうじゃないと思う。「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた」(二一節)という言葉には、この男はけっきょく財産を捨てられないないだろう、ってことをイエスが十分承知していた、というニュアンスも含まれているんじゃないかな。

それでも、この男に自分の中の「おれ」意識に気づかせる必要があった。そうしなければ、この人にほんとうの幸せはこない、そう思ったんだろうね、イエスは。

 この男が無意識にこだわっていた「おれ」意識。それは、「財産を捨てろ」といわれて、やっぱり「捨てられない」財産へのこだわりとして顕在化(表面にあらわれること)、意識化された。気づかされた。(つづく)
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*本誌は、井上洋治神父の提唱する日本人のキリスト信仰を生きるため、詩歌を中心として、共に道を求め、祈り合うための会誌です。
*初心の方はもちろん、どなたでも、賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)
*締切=毎月末 *年会費二千円(半年千円 誌代送料共)
*入会案内 余白メールへ。
*ご意見ご感想をお寄せ下さい。
yohakunokaze-mihon_convert.jpg見本誌A4判両面刷1枚


category: 求道詩歌誌「余白の風」

thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

tag: 平田栄一,井上洋治,南無アッバ,
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07/01のツイートまとめ  

yohaku5

予告:次回7/24の平田の四谷講座「井上洋治神父の言葉に出会う」は、ベルクソンの続きと、できれば、小さきテレジアのところまで入って行きたいと思います。 #namuabba
07-01 21:13



category: 『日本とイエスの顔』

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日本人にわかるキリスト教を求めて

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