「南無アッバ」を生きる ホーム »2010年04月
2010年04月の記事一覧

04/29のツイートまとめ  

yohaku5

ひさしぶりの登場
04-29 09:13

ただいま、「余白の風」への一文を検討中
04-29 09:25

西行と短歌の関連か。。。。
04-29 09:25

信仰と詩。。。
04-29 09:26



category: 『日本とイエスの顔』

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東京教区・井上洋治神父の模索(下)  

カトリック新聞 第4033号 20O9年12月20日付 3面記事
(この記事は、著作権者の許諾を得て転載しました。中央協著承第CS2010-1号)

インカルチュレーション(文化内受肉)とΓ風(プネウマ)の家」運動

東京教区の井上洋治神父(82)は、長年にわたって日本の文化的風土にキリスト教を定着させる「インカルチュレーシヨン(文化内受肉)」の問題に正面から取り組んできた。

前回は、1950年代のフランスで7年間修道生活を送った井上神父が、「日本人が真のキリスト者になれるとするなら、それは日本キリスト者になる以外にはない」と、カルメル修道会を退会し、帰国して東京教区の司祭に叙階されるまでの経攣を紹介。

今回は、井上神父が二十三年前から精力を傾けてきたインカルチュレーシヨンヘの取り組み「風(プネウマ)の家]運動について。

「日本に〝直輸入″された西欧キリスト教は、西欧の文化の中で開花したもので、長い年月をかけて西欧の人々の血と汗でつかんだもの」と井上神父は話す。

日本人としてそれを尊重しつつも、日本の文化的風土の中にイエスの福音を根付かせ、「日本キリスト教」として
″自分たちのもの″にしていく努力は不可欠なものと確信した井上神父は1986年、59歳の時、白柳誠一枢機卿(当時東京教区大司教)に、インカルチュレーンョンの問題に正面から取り組んでみたいという思いを打ち明けた。

そして白柳枢機卿の賛同を得て、東京教区のインカルチュレーション担当者となり、小教区から離れて、若者たちと「風の家」運動を開始した。

日本人の心に触れるイエスを

この運動は、「日本人の心琴線に触れる〝イエスの顔(キリスト教の在り方)〟を探しながら、一人でも多くの日本人にイエスの福音の喜びを伝えたい」という願いを込めた試みだ。

典礼なども、作家の友人たちを相手にする時は、自由に新しい試みを行うことも白柳枢機卿は許可してくれた。

井上神父はこれまでに、若者たちが自由に語り合う場を提供したり、機関誌『風(プネウマ)』を発行したりするなど、さまざまな取り組みを行ってきた。

また10年前から「南無(なむ)アッバ」のミサも始めた。

このミサは毎月1回、東京・千代田区六番町のニコラ・バレ修道院でささげられるが、信者でない人々(非信者)を含む百人以上が参加する。

キリスト教を知らない人にもミサを身近に感じてもらいたいと、「奉献文」以外のミサ式文の一部を「風の家」独自の言葉に置き換えてささげている。

例えば「アッバ、アッバ、南無アッバ」という祈りを挿入したり、聖霊を「おみ風様」という言葉で呼んだりする。

そしてミサの後は、西欧メダイの代わりに、「南無アッバ」と書かれた木製の札(ふだ)が入った、井上神父手作りの〝お守り〟を、信者、非信者を問わず希望者にプレゼントしている。

これもインカルチュレーションへの一つの試みだ。

<写真(略)>井上神父の霊性を理解する聖会神学院校長の広谷和文司祭と。

やさしい御父にすべてを委ねる

「南無アッバ」とは、井上神父がちょうど10年前、ふと思いついた言葉だ。
「南無」はサンスクリット語で、「すべてを委ねます」という意味。

そして「アッバ」は、ヘブライ語・アラム語で「お父ちゃん」だ。

神様への親しさと絶対的な信頼を込めて、「神であるお父ちゃんにすべてを委ねます」という祈りの言葉だ。

この霊性は、聖テレジアの霊性そのもので、イエスの教えの本質だと井上神父は強調する。

「病院の待合室で、『主の祈り』を唱えている間に、自分の名前が呼ばれて、途中で祈りが中断してしまうと、神様に申し訳ない気がします。

でも『アッバ、アッバ、南無アッバ』という短い祈りなら病床でもどこでも祈れます。

それに、日本人の心にピタッとくるでしょう?」

井上神父は、今までに数多くの著書を出版しているが、イエズス会のアルフォンス・デーケン神父からは「井上神父の本を読んで、教会を訪れる人は多いですよ」と、うれしい〝報告〟を受けたこともある。

長年、「イエスの人間的な魅力」を伝えようと、故・遠藤周作氏と共に努力してきたが、一方で「イエスを単なる人間だと思ってしまったらどうするのだ」という厳しい批判を何度も受けてきた。

今、井上神父はこう答える。
「とにもかくにも、キリスト教を知らない日本の人々に、イエスの魅力を伝えるのが(自分の)一番の使命。

まずは、キリスト教の本質を伝えたいのです。
人々がイエスを本当に神と思えるかどうかは、神様からの恵みによるものだと考えているからです」

キリスト教が日本に入ってきてまだ四百六十年に過ぎない。

まずは「日本キリスト者」の一歩として、井上神父は、一人一人がイエスの教えについて分かりにくいところは
″風呂敷に包ん″で、「いつか分かる時に教えてください」と神に委ね、分かる部分を自由に大きく広げていくことが大事だとアドバイスを送る。

そして井上神父は、「私の人生は、リジューの聖テレジアに始まり、聖テレジアに終わるのですね」と、神にすべてを委ねた聖女の霊性に感謝する言葉で締めくくった。(おわり)


category: 井上神父の思い出

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

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04/10のツイートまとめ  

yohaku5

さて、今日は南無アッバミサですね。四谷14:00どなたでもお越しください。 #namuabba
04-10 06:02



category: 『日本とイエスの顔』

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東京教区・井上洋治神父の模索(上)  

カトリック新聞 第4032号 2009年12月13日付 4面記事
(この記事は、著作権者の許諾を得て転載しました。中央協著承第CS2010-1号)

日本人の心の琴線に触れるキリスト教を求めて

キリスト教をその土地の文化と融合させ、自分たちのもの″にしていくことは、一人一人にとって重要な課題である。

東京教区の井上洋治神父(82)は、親友の故・遠藤周作さんと同じ考えで、日本の文化的風土の中で、キリスト教を定着させる「インカルチュレーンョン(文化内受肉)」の問題に真正面から取り租んできた。

井上神父が二十三年前から精力を傾けてきたこの文化的土着化運動「風(プネワマ)の家」は、キリスト教を知らない日本人にもキリスト教がより身近に感じられるように、「日本人の心の琴線に触れるキリスト教の姿を探求し、広めていこうという試みだ。

井上神父の取り組みのプロセスと活動を二回に分けて紹介する。

井上神父がキリスト教に出会ったのは、20歳の時。
東京工業大学の学生時代は、「人間は原子の海を漂っている存在にすぎない。

それなら生と死にいったいどういう意味があるのか」と考え、死ぬほど悩み苦しむ毎日を送っていた。

そうした青春期に、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの著書『時間と自由』に感銘を受けた。

読んでいるうちに「井上の(生と死についての)考えは間違っている」と言われたような気がして、東京大学哲学科に転校した。

そしてさまざまな宗教を勉強し、プロテスタントやカトリックの教会にも出入りした。

だが相変わらず喜びは見いだせなかった。

イエズス会の司祭の下で勉強を始めていた時のことだ。

リジューの聖テレジア(カルメル修道会=以下カルメル会)の自叙伝に出会ったことが人生の転機となった。

--神様は、小さな子を腕に抱いて、暖かな目で見てくださるお父さんのような存在。

弱ければ弱いほど、不完全であればあるほど、神はその人を愛して、豊かな恵みをくださる。

私たちは、幼な子のような心で、神の深いあわれみの愛に信頼するだけでいい--。

このテレジアの霊性に救いを感じた。

そして洗礼を受けた。

井上神父は当時をこう回顧する。

「ものすごい感動を覚えたのです。

『これだ』と強く思いました。

『フランスに行けば、テレジアの見たものが見えるはず。

聖テレジアが歩いた道を自分も生きたい』と思い、カルメル会に入会することを考えたのです。

当時は日本に男子カルメル会はありません。

それでフランスのカルメル会に『入会したい」と手紙を送ると、聖テレジアのお姉さんのシスター・ポリーヌがご存命で、快諾の返事をくださったのです」

大学卒業後の1950年6月、23歳で横浜港からフランスへ渡航。

その船で出会ったのが、4歳年上の遠藤周作さんだった。

遠藤さんは、戦後初の留学生としてフランスに向かう途中だった。

以来、二人は親友となり、そして信仰生活でも同じ〝壁〟にぶつかっていく。

〝ダブダブの洋服〟

フランスでの修道生活が始まったが、修道院には、奥村一郎神父などもいた。

長上たちは、日本人修道者が三人いれば、日本にもカルメル会を創設できると考え、井上神父も2年目から司祭になるための勉強を始めた。

七年間の厳しい修道生活を送り頑張ったが、終生誓願を立てる前に〝壁〟にぶつかった。

「ヨーロッパのキリスト教の重みに押しつぶされそうになりました。

まるで西欧人にならないと、本物のキリスト者になれないというような風潮」に抵抗を感じ、『(西欧というこの服では)ダブダブで動けん』という思いがしてきました。

日本人が真のキリスト者になれるとするなら、日本キリスト者になる以外にはない」と確信した井上神父は、修道会を出て日本に帰る決心をした。

遠藤さんも、母親の意向で幼少期に洗礼を受けたため、「キリスト教という自分の体に合わない洋服を着せられているようだ」と生前よく語っていた。

修道院長は、井上神父にこう言った。

「私はフランス人を立派なフランス人キリスト者に養成することはできます。

でも君を立派な日本人キキリスト者に育てる自信はありません」

そして修道院長が紹介してくれたフランスの神学者ジャン・ダニエル神父の著作にもおおよそ次のように書かれていた。

--キリスト教の歴史は二千年。

まだ始まったばかり。

紀元2,3世紀の教父たちも自分たちの文化を大切にしながら、イエスの福音を自分のものにしようと努力しました。

この姿勢を、私たちも学ばなければなりません--。

井上神父に、この時初めて「司祭になりたい」という思いが突き上げてきたという。

「日本人の心情に合うキリスト教を模索しながら、イエスの福音の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたい」。

井上神父は、そんな思いを胸に五八年に帰国。

東京教区(当時・土井辰雄大司教)が受け入れ先となり、六○年、32歳の時に東京教区の司祭として叙階された。(つづく)


category: 井上神父の思い出

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

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他ブログで紹介された詩歌  

御紹介ありがとうございます。
わたくしと病臥の・・・・http://d.hatena.ne.jp/torae173/20100314

ごく薄く・・・・http://kanitachi.exblog.jp/13028985/

生き方の転換・・・・http://ameblo.jp/sho1-1944/entry-10470202767.html


category: 平田栄一求道詩歌(2)

thread: 短歌

janre: 小説・文学

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第172号 2010年4月発行  

*本誌は、井上洋治神父の提唱する日本人のキリスト信仰を生きるため、詩歌を中心として、共に道を求め、祈り合うための会誌です。

井上洋治神父のうた

ホームに立って/電車待つまに南無アッバ

向かいの席 むきだしの少女の白い腿に/思わず目を閉じ南無アッバ

*「主の祈り」よりもっと短い「南無アッバ」の祈り。六字名号「南無阿弥陀仏」よりもまだ短い。だから「電車待つま」も「向かいの席」が気になっても「南無アッバ」。「祈りは長さではない」とは、よく神父様の言われることです。


作品とエッセイ(*主宰句評)

豊田市  佐藤淡丘

初蝶や信じる高さ決めてをり

置き去りのトロッコのあり春の泥

亡郷や父に直足袋春の泥

遥かなる声をかぎりの芽吹きかな

雪柳通用門は半開き

 ときおり、プロテスタントの教会の祈祷会に出て、牧師先生の話を聴くことを楽しみにしています。先週はレント(受難節)の祈りの会でしたが、次のような話があり心に深く沁みたものでした。

「神さまの愛は感傷でも同情でもありません。神さまの御子(イエスさま)が代りに死ぬことで高い代価が払われた。絶対的・具体的な愛です・・・・」と。

 なるほど、その通りなんだ、安価なものではないのだと今更のように分かりました。どうか信仰をもっと、もっと強めて下さい、と祈るひとときでもありました。

*第一句、信仰の逡巡。第二、第三句、「春の泥」に痛みがあり、受難節にふさわしい作品になりました。第四句、ゲッセマネの園から十字架、そして御復活へとつながる一句。第五句、「半開き」の「通用門」にリアリティ。


秦野市  長谷川末子

 春
花芽が今朝の初桜/枯木に見えた幹の裏/細い枝先根元にも/こんなにこんなに美しい//鶯数羽飛んで来た/美声が起こるあちこちに/枝から繁みに飛び移り/うっとり過ごす二時間を//土筆が二本いえ十本/広い草原日がぬくい/固い帽子は幼くて/白い帽子は私かな//春風吹いて花咲いて/小鳥の囀り薄霞/主の御恵みに目をみはる。

*こちらも、今は桜が満開。華やかなようで、どこか悲しくて、妖しくて・・・・桜は不思議な花だと思います。やはり、日本の詩歌を詠むにピッタリの花ですね。掲詩、春の自然にとけあう「私」と「御恵み」。


  聖週間        蓮田市  平田栄一

曇天の枝の主日の枝を持ち吾が内にある罪の確かさ  受難の主日

主のもとに集いし人の数多あり吾らと同じ思惑もちて  受難の月曜日

裏切りし弟子を見つめるまなざしは朧の月をこえてさやけし  受難の火曜日

ユダにつき「生まれなかった方が・・・・」とうイエスの言葉いまも謎めく 受難の水曜日


三原市  荒木千恵子

紅椿ぽつり舞い落ちアッバの土に

白椿葉かげに憩うめじろたち

*千恵子さん、御出句ありがとうございます。素直な詠いぶりに好感。第一句、下「アバの地に」とか「アッバの地」など、この場合は、定型でまとめた方がリズムがいいと思います。


名古屋市  岩崎姫公子

水仙の祈る姿や浄き雨

碧き空溶けゆくさまや白木蓮

野外ミサベールの上に雪とまり

赤きストラ神父の肩に雪はげし

蓬餅施設の母は季(とき)を食む

受洗待つ友輝いて花芽吹く

*姫公子(きくこ)さん、はじめまして。御出句ありがとうございます。第五句、「季を食む」が効いています。「蓬餅」を頂いて、まだまだ「がんばるぞ!」というお母様のバイタリティを感じます。


練馬区  魚住るみ子

蕗の薹二つ三つまたあそこにも
     光
ひかりにあゆめよ尊きみ教えの歌声満てり佳き日聖堂(みどう)に

*「ひかり」は復活の象徴。ふきのとうやつくしも、その喜びに次々と若芽を萌え出だす。


名古屋市  片岡惇子

花の芽や天を切り削く枝の息

沈丁花目を見開いて闇を解く

春泥や天国の鍵呑み込んで

寂しいと言えば人去り雪柳

白木蓮否定されては散りゆきぬ

涙の種蒔いて祈るや土香る

 御ミサの後「夜七時の十字架の道行は、来る方が少ないので止めます」神父が宣言。「九時までは、御聖堂を開けておくので自由に」と。御聖堂で外国人の青年をお見かけしたので、私は続けることを伝えました。彼は一言「残念ですね」と言われました。

一週目の金曜日。朝からの雨が夕方からは、どしゃぶりとなっていました。御聖堂で祈っている彼がいました。毎週二人だけの「十字架の道行」が続きました。はじめて言葉を交わして、彼がアメリカから技術者として日本に来て六年。日本語は、技術用語ばかりの仕事の中で覚えただけとのこと。それでも私が先唱し、彼が後を祈るのに、流暢に続けられます。

今年の四旬節は、イエス様の十字架の道をよく黙想出来ました。何よりも二人だけでしたが、共に祈ることが出来た方がいらっしゃったことは、この上ない喜びと希望でした。

*「十字架の道行」をとおして、すばらしい出会いがあったのですね。祈りも求道詩歌も同じ。共に歩む仲間がいると、ほんとうに心強い。私も理屈でなく実感しているところです。


大和市  佐藤悦子

還暦路南無キリストよわが道よ

病む脚は主と共にあることの安らぎよ

*悦子さん、はじめまして。御出句ありがとうございます。二句ともストレートに素直な信仰が表現されていますね。第一句、「路」と「道」の重なり、第二句、「ことの」を推敲されると、より良いと思います。



講座「井上神父の言葉に出会う③」5月22日(土)
13:30~四谷ニコラバレ・受講料千円・平田まで



人も変わる、教会も変わる:平田栄一

(南無アッバミサ前講話(抄)〇九年十二月十二日於ニコラバレ聖堂)

母は、わたしがカトリックの洗礼を受けたいと言ったときには、強く反対しました。どうしてあんなに反対されたのかな、と今振り返ってみますと、ある宗教団体にかかわっていく、そうするとなんというか、あらぬ方向へ、息子が行ってしまうのではないか、そういう心配をたぶんしてたんだと思います。

ところが実際井上神父様にお会いしたり、神父様のテレビを見たり、ラジオを聴いたり、あるいは、わたしも『俳句でキリスト教』(121頁)という本にちょっと書きましたが、フランス人の神父様で日本の文化に非常に理解がある方がいて、そういうことを父母が見ていて、だんだん変わっていったんです。

父母は信者にはなりませんでしたが、姉が後に信者になったこともあって、いまでは実家を家庭集会に開放したり――。まあ、人間というのは、いくつになっても変るもんだなーと感心しています。

そういうことで、先日母が入院したときも、「南無アッバ」のお守り札をもっていったんです。そしたら、もう喜んで、枕の下に置いて、何度も確かめていました。有難い、有難い、の一点張りで。頭じゃないんですね。「南無アッバ、南無アッバ」って毎日やる、文字に書く――わたしも手紙だ、メールだ、サインだ、と機会あるごとに書く。唱える。

そうすると、ほんとうになじんでくる。ナムもアッバも、これは音声的な組み合わせもあるんでしょうか、何か懐かしい故郷の言葉みたいな気がしてくるのです。井上神父様も、日本人のそういう郷愁みたいなお心がずっと積もっていって、一九九九年初夏、突然のように「南無アッバ」と出てきたんじゃないでしょうか。

お札は、私もあちこち配ったり、それこそ今回、母の入院の時にも、痛感しましたが、お祈りもなにもできない状態になったとき――これは他人事じゃない、あるいはうちの母のように、いわゆる信者じゃない、そういう人にも、「携帯電話のようにそばにおいてください。私が代わりにお祈りしますから」といえば、信者、未信者関係なく、まず理屈なく喜んでもらえる。

そういうお祈りの即物性というか身体性というか、日本人にはとくに大切な要素なんだと思うようになりました。ですから、わたし自身も、変えられたんです。アッバによって変えられるんですね。

そして、ここに今日おいでくださっている方たち、以前は予想しなかったような方々――広谷先生や小宮山先生や多くのプロテスタント、求道者の方々の参加、これも、このミサ、いや日本のキリスト教が変わりつつある、変えられつつある証拠です。

さらに、最近うれしかったことは、カトリック新聞です。この12月13日号とその次の号に、「井上洋治神父の模索~日本人の心の琴線に触れるキリスト教を求めて」という題で、よくまとまっています。わたしもたいへんうれしいですが、これも時代が変わった、変えられたのだと思うのです。

マリア様は、イエス様をご体内に宿された時、わからないままに、きっと不安でいっぱいだったでしょうが、そのままに「fiat mihi お言葉のとおり、この身になりますように」(ルカ1・38)とおっしゃった。これはマリア様の「南無アッバ」です。そしてアッバのお言葉が実現していきます。

待降節中のミサの叙唱には「(主が)栄光を帯びてふたたび来られるとき、いまわたしたちが信頼してひたすら待ち望んでいることは、すべてかなえられます」とあります。

わたしたちも、だめかもしれない、たぶんだめだろうと落胆するときこそ、「にもかかわらず」「南無アッバ」「南無アッバ」と祈って行く、必ず神さまは良い方向に変えてくださるのだと信頼して、お任せする、そういう心を新たにしたいと思います。

アッバ、アッバ、南無アッバ
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*初心の方はもちろん、どなたでも、賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)
*締切=毎月末 *年会費二千円(半年千円 誌代送料共)
*入会案内 余白メールへ。
*ご意見ご感想をお寄せ下さい。
yohakunokaze-mihon_convert.jpg見本誌A4判両面刷1枚


category: 求道詩歌誌「余白の風」

thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

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求道詩歌・俳句・短歌の作り方  

 ここでは、初心の方のために、私なりに簡単な作り方のヒントを述べてみたいと思います。

1.求道詩歌とは

 ひとことで言うなら、「道を求める心から詠む詩歌」といえます。普通の俳句や短歌とどうちがうのか、とよく聞かれますが、最初は違いを意識せず、自由に詠めばいいのです。

あえていうなら、普通の詩歌より、少し聖書の言葉を取り入れたり、神や信仰を意識した詩歌を作ってみましょう、という運動です。

2.具体的には

会員の皆さんの作品を見ていただくのが一番だと思います。
○機関紙「余白の風」を毎月発行していますのでご覧ください。
カトリック新聞(4045号)2010年3月28日付にも紹介されています。

3.どのように作るのか

あなたがすでに、俳句・短歌などを作っておられるなら、いままでよりちょっと生き方や信仰、求道ということを意識しながら作ってみましょう。

もしあなたが初心の方なら、次のような作り方を例として、あげておきます。わたしが実践しているやり方です。

①神に向かう――聖書の一段落か一節をゆっくり読んで黙想し、印象に残った言葉を書き出してみる。典礼暦に沿った箇所がいいかもしれません。

 例えば、これを書いている今日は「受難の火曜日」なので、「ヨハネによる福音書」13・21-33、36-38
 「裏切り」「ユダ」「ペトロ」・・・

②自分に向かう――ときに吾にかえって身辺を見渡し、気づいたことを書きとめてみる。
「今朝の空は澄み渡っている」・・・・

③右の二つを工夫してつなげてみる。

<ユダとペトロの裏切り今朝の空すみわたる>――このままで、自由律作品としてもよいでしょう。

<ユダペトロ裏切りの空すみわたる>――五七五に整えて俳句になりました。

④もうひと工夫(推敲)
 ここで聖書に戻ると、場面は「夜」です。そこで、

<ユダ仰ぐ裏切りの月澄み渡る>――「空」を「月」に替えて、また一句。
さらに、
<裏切りし弟子をみつめるまなざしは朧の月をこえて清けし>――こんな短歌にもなりました。

4.継続は祈り

だれでも最初からうまくはできません。自分のスタイルを限定せず、いろいろためしてみましょう。極論をいえば、あれこれ工夫したあげく、作品が完成しなくてもいいのです。工夫していく過程そのものが「祈り」なのですから。

5.会員になるには

機関紙「余白の風」(月刊A4版2ページ=サイドバーから見本が見れます)に毎月必ず作品が掲載され、掲載紙2部をお送り致します。年会費二千円。サイドバーからメールでお問い合わせください。

経験上、「求道詩歌」の継続は仲間意識によって支えられることが多いので、できるだけ会員になることをおすすめします。

「余白の風」主宰 平田栄一(10・3・30)


category: 求道俳句・短歌の作り方

thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

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04/04のツイートまとめ  

yohaku5

ただいま、カトリック新聞記事をアップ#namuabba
04-04 21:36

今度の南無アッバミサは、私がしゃべる予定です。よろしく~。#namuabba
04-04 21:38

もちろん、タイトルは「求道詩歌」 #namuabba
04-04 21:39



category: 『日本とイエスの顔』

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求道詩歌のすすめ-カトリック新聞記事から  

句作通して信仰養う
″求道詩歌″はキリストへの旅
(カトリック新聞2010年3月28日付第4045号。中央協著承第CS2010-1号)

信仰を俳句や短歌などに詠みながら、キリストという「道」を共に「求」め、祈り合おうと、埼玉県・川越教会の平田栄一さん(54)=写真=20年前に「求道(きゅうどう)詩歌」を創始した。

平田さんの試みは、キリスト教を日本文化に土着化させようという取り組みの一つ。
俳人でエッセイスト、そして高校教師の平田さんに話を聞いた。

平田さんが「求道詩歌」を始めたのは、26歳で洗礼を受けて五年後の-九八六年のことだ。

洗礼を受けたという感動はあったものの、日々、信仰生活を送っているという″実感″がわかなかった。

「信仰生活に祈りが必要だということは、頭では理解していましたが、具体的に祈ろうとするとどうにもうまくいかず長続きしませんでした。

信仰生活が行き詰まっていた時、私に洗礼を授けてくれた井上洋治神父(東京教区)の『道を求めるためには、まずは一つの型に入ることが必要』という言葉を思い出したのです。

そんな折、書店で出合ったのが、種田山頭火の句集でした」

俳句は元来、「楽しむもの」。
そこに「求道」というものを取り入れれば、楽しみなから、自然に心の糧を得る「修養」ができるのではないか、と平田さんは考えたのだ。

以来、句作を自らの求道形式、また祈りととらえて実践してきた。

例えばこんな具合だ。

「癒えぬまま秋夕暮れを主と泣きぬ」(定型)

「夕べ鍵穴から預言者が出てゆく」(自由律)

旬会報も発行

平田さんは、自由律俳句結社「層雲」に所属し、九○年には新人賞を受賞、その後、「層雲青年句会」を立ち上げ、
句会報も創刊。

自身が当初から貫いてきた「求道」精神を前面に打ち出し、2001年、同結社から独立した。

現在、句会報は「余白の風」(毎月発行A4判1枚両面刷)と改名、年会費二千円で、会員たちがインターネットや郵送で「求道詩歌」を投稿し、〝祈りの場″としている。

一般的に「キリスト教俳句」には、「教義を宣伝するもの」という伝道のイメージが付きまとってしまうが、平田さんが提唱する「求道詩歌」は、自分自身を含め、一人一人が「キリストという道(生き方)を探求する」旅人だという求道の姿勢を貫いたものだ。

「創作形式は、俳句、短歌、一行詩など、短詩系文学全般です。

句会報は、文学的興味だけではなく、キリストという道を求める人たちに開かれていて、詩と生き方の自由な探求の場になれば」と平田さんは話す。

「求道詩歌」の作り方としては、まず ①日々の信仰生活を、メモ形式で書き留めていく。

次に ②題材として聖書の一節をゆっくりと時間をかけて読む。

そして⑧自分の信仰や聖書の題材から感じ取ったものを、詩歌で表してみる。

「求道詩歌を日記として書くのも楽しいです。

経験の有無、上手下手、季語や定型などを気にせず、自由な気持ちで、まず一行作ってみる。

あれこれ思い巡らし、言葉を紡ぐ過程で、次第に神に自分を委ねる心が養われていくことが大事なのです。

そうであれば、結果的に作品化できなくてもいいと思っています」

また「求道詩歌」では、平田さんの著書『俳句でキリスト教』(サンパウロ)にもあるが、表面的には〝普通の詩歌″でも、求道者としてその作品の中に宗教性を見いだしながら読んでいくことができるという。

「遠藤周作さんや、井上神父は、日本人の心の琴線に触れるキリスト教の姿を模索し続けてきました。

求道詩歌も、日本人キリスト者が、俳句や短歌といった、日本文化の中で自分たちの信仰をどう表現していくかという意味で、キリスト教を日本文化の中で開花させていく運動の一つになり得ると思っています」

と平田さんは話していた。


category: 平田栄一求道詩歌(1)

thread: 求道詩歌

janre: 学問・文化・芸術

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日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

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