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2008年07月の記事一覧

井上洋治神父の新刊『イエスの福音にたたずむ』(08年7月)  

機関誌「風」に連載された「日曜日の福音ばなし」から編んだ珠玉の説教集です。
井上洋治著『イエスの福音にたたずむ』(日本基督教団出版局)



ぜひ、ご一読ください。
<目次>
イエスの誕生物語
占星術の学者たち
清めの式
洗礼者ヨハネ
イエスの洗礼
イエスの弟子たち
カナの婚礼
三つの誘惑
ヨハネ教団との訣別
救いの福音
弟子の招き
ペトロ、ヨハネ、アンデレの召命
ガリラヤ地方
奇跡物語
アッバの神
病気治しの奇跡物語
安息日論争
革袋のたとえ
山上の説教1
山上の説教2
サマリアの女
放蕩息子を迎える父親
自分の命
良い麦と毒麦
パンの供食
自然奇跡の物語
神の業が現れるため
イエスの祈り
種を蒔く人のたとえ
羊飼いと羊
イエスの宣教
イエスの変容
新しい宗教
何回赦すべきか
一デナリオンのたとえ
アッバの悲愛
最も重要な掟
十人のおとめのたとえ
羊と山羊
世の光
敗北ではなく栄光の時
イエスの最後の場面
別れの言葉
「南無アッバ」への目覚め
復活という出来事
エマオの旅人
あとがき


category: 井上神父の思い出

thread: 宗教・信仰

janre: 学問・文化・芸術

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08-7-12南無アッバミサ:伊藤幸史神父の説教  

http://page.freett.com/yohaku5/
こちらから録音声を聞くことができます。
暑い中を、たくさんの方が、参加してくださいました。

井上神父は、ミサ後、「南無アッバのお守り札の意味」を
熱く語られました。


category: 井上神父の思い出

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『日本とイエスの顔』-まえがき  

井上神父の処女作。

1976年、遠藤周作の紹介により、北洋社から刊行。

のち、選書版をへて、現在版権は日本基督教団出版局にある。

あとがきにかわる「本書に寄せて」において、遠藤周作のほか、劇作家・矢代静一、文学者・三浦朱門らが、文章を寄せている。

【キーワード】
ヨーロッパ 日本人とキリスト教 ボルドー リヨン フランス 風土 文化 大和 万葉 十字架 死海 エルサレム 日本語 ユダヤ人 言語 イエス イエスの教えを日本語で

p5
「日本人とキリスト教」という課題の困難
日本人としてはじき返されるヨーロッパ文化
厳しい修道院入会
p6
骨を埋める覚悟が4,5年で変化――日本人以外になれない。
文化はものの見方、感じ方があり、深層に根付いている。
帰国後、京都・大和路散策で自然、古代人を身近に
――大和路の自分と十字架の前の自分が無縁に感じる
p7
イエスの教えの日本語表現、日本人の生活感情で受け止めること
=井上洋治神父生涯の課題と思うようになる
ヨーロッパ人は彼らなりにキリスト教を吸収した


category: データベース

thread: スピリチュアル

janre: 心と身体

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南無アッバを生きる「余白の風」 第151号  

2008年 7月発行
Copyright©2005余白・平田栄一,All rightsreserved.

主宰作品   蓮田市 平田栄一

人の世の流れについて説きし人流れに乗りて逝ってしまった

春へ脱ぐ肩書き一つひとつずつ脱ぎ終わりては何も残らず


ヨハネ1・29~34
見よ神の小羊が来る其処此処に受験の子らに病の床に

マルコ2・18~22
新しき酒は飲め飲め花婿よ末席汚す我も楽しき

僅差にて大結論に達したる会議の後の甘苦きガム

慎重に審理つくしたはずなのに出た結論に澱む悲しみ



作品とエッセイ(*主宰寸感)

豊田市   佐藤淡丘

葉脈を擦りし烈火のほととぎす

水の輪に蝌蚪の吐息のありぬべし

絶妙や登りつめたる蝸牛

眼帯のをとこ麗し椎若葉

かわほりや橋の匂ひを連れ還る


 先回(第一五〇号)で新美南吉の詩「墓碑銘」のことについて触れましたが、わが師、俳人・故小川双々子の展墓の折、その一角(カトリック墓地)に、次のような墓碑銘が刻まれていたのを思い起しましたので、ここに謹んでご披露させていただきたいと思います。

  枯菊を焚き天よりの聲を待つ   小川双々子

  神のもの霧は自由に天にかへる  小川 法子

  水の上に一人が立ちて水澄めり  岸  貞男

  美しき日傘の翳をすこし貰ふ   箆津

 俳誌「地表」(廃刊)の主宰・小川双々子とその高弟の眠る墓碑は、尾張野の冬空に凛として耐え、その声や。発止とまで受けとめる思いで暫し立ち尽くしたものでした。

<お詫びと訂正>先号で、新美南吉の名前を新見南吉と誤って書いてしまいました。お許しください。


名古屋市  片岡惇子
惠かな十字架の道に夏の雨
イエスの道巡りて痛し薔薇深紅
異邦人もその一人日焼けして
ガリラヤ湖恐れるなと主風涼し
信仰の中に日常と芙蓉不動


外観にとらわれていた私の中に、静かに、それらが取り払われていきました。
モーセに導かれエジプトを脱出したイスラエルの民。目指したシオンの山。

しかし、彼らは神様に不平を言い、それでも神様はナム(パン)を与え、七日目には安息をするようにと、六日目には二日分を与えられた神様の配慮(愛)のこと。神様は、これでもかと最高の愛を示して下さいました。イエス様の十字架と復活。

パウロによって、異邦人の私にも福音して下さったのに同じように不平(罪)を言い、信仰の中に生きていない私。

僅かに覗く空がにわかに雷模様。ビア・ドロローサ(悲しみの道)を三人で十字架を担ぎ、石畳を墳墓教会へ向かう。今担いで下さった十字架は、全人類のために、闇の中の光となって償って下さったと思うと、心の中の涙が止まらない。

ガリラヤ湖は、涼しい風が吹き渡っていました。遥か山上の垂訓教会を見ながら周遊。舟を止め、はるか二千年前の波の音、鳥の声を聴く。その時、イエスは湖上を歩いて弟子たちのところに行かれた。恐怖の叫びをあげた弟子たちに「恐れることはない。」

ペトロが舟から降りて水上を歩き、イエスの方へ進んだが、強い風に怖くなり主に助けを求めた。イエスは、手を伸ばして捕まえ「信仰の薄き者よ、なぜ疑ったのか」と、叱った。私の耳に響きます。信・望・愛を、私の中に深めて下さいと、祈りつつ。感謝の巡礼の旅。


秦野市  長谷川末子
海芋咲く給ひし人の訃報聞く
花茨瞳澄みたる人の逝く
鉄線花召されし友の面差しを
朴の花激痛に勝ち友召さる
生も死も涙ぬぐはる神の御手
 

大笹姉の昇天は驚きと悲しみで一杯でした。リウマチ末期の激痛と闘う毎日でした。しかし、痛みを顔にださず、訪れる人々の相談相手になり、多くの人と人を結び、又慰めていました。「世界一の仕合せ者」が口癖でした。新薬の実験台にもなりました。

教会員の中で一番遠い存在の私には、部分的にしか分かりませんが、悲しみと人柄を偲んでいます。死を身近に感じ、一日の重さを考える様になりました。

文京区   大木孝子
羊皮紙の膚のぬくみや百忌
金絲雀(カナリヤ)と蒸しパンのある春景色
ガリラヤの春の丘邊を寄邊とす
はくれんや嚙むに忍び難き御聖體(おんからだ)


(野守三二号より)


相模原市  柳瀬佳枝
捨てたいと思へど天からの涙
微笑みに助けられて街に出る
囀りが朗らかに聴えるペンテコステ



鈴木大拙著『妙好人』ノート2

4 他力教の長所:妙好人を育てたこと
受動的「ありがたさ」だけでなく、
禅者以上に酒酒落落、
哲学者以上の宇宙観
栃平ふじ「この茶の中にも三千世界」ほか
小川チエの歌・・・損と儲け:絶対矛盾の自己同一

5 浄土真宗の二主流
(1)「教行信証」系・・・・学者としての良心:伝統思想で正当化、知性的・論理的
(2)「歎異抄」「和讃」「消息集」系・・・・「借り物」の漢文ではなく、普段着の日用の言葉で中からのまま率直に語る
主体的経験、ありのまま、赤裸々の吐く
和讃:まだ飾りもの、文学的工作
歎異抄:最も的確に表現・・・・他力宗経典の最高
宗教書は、平常語で書かれたとき、重要性が増す。
<作為と自然ということ、求道文学形式にもいえようか>
妙好人の流れは『歎異抄』から出る。
他力宗の真面目は老匠の座すより百姓の夕顔棚下の片肌涼みから
<うまいたとえ。庶民による発展。先アッバミサ伊藤幸史神父の発言を思い出す>
侘しい茶室で一服の茶を喫する「ゆとり」が妙好人の他力的安心
罪業深重・無知の自覚が学問・智慧の箔を剥ぎ落とす。→妙好人を生んだ。

6 妙好人と秘事法門の流れ同じ
しかし他力信心の獲得は唯識論的転依現象であり、心理的変態――宗教的準備ないと「狐つき」「神がかり」になってしまう危険。

7 妙好人は、よく所信を文字に表わす
字が書けなくても、表現衝動あり
「信心の喜びは、口に筆に出なければ承知できぬ、これが人間である。」
<これはうれしいヒント!われら求道詩歌人の創作動機となる――意識的、作為的伝道でなく、信心の自然発露めざすべき>
例:森ひな
「○となへるしようみよう、われがとおもうた、
そうでなかつた、みだのよびごえ、
ああ、ありがたい、なむあみだぶつ。」
――どのような他力宗信者も口にするところ
<聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。(Iコリント12・3)
神の子とする霊によって、わたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。(ローマ8・15)
神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった(ガラテヤ4・6)――まったく同じ心ではないか。>
宗教的矛盾の物言い:他力信心の不思議な浸透性
浅原才市「へ。たりき、じりきはありません。
ただいただくばかり。」を
トマス・ア・ケンピス「わが願うところは、悔い改めの定義でなくして、これを心に感じること」(キリストに倣いて)に比肩――妙好人は、この「感じ」「味わい」を中心に生活
<信心の理屈でなく、体験的・無意識的発露を言ったものか>

8 妙好人の世界的貢献
世界国民としての日本の他力宗の寄与として
妙好人を産出する偉大な霊性的創造力を世界に進出させよ。
対近代文化批判:人間性の外殻破るに無能、その相対性、物質生産面の底流汲み取れぬ、今後の文化への無計画性

9 「一 妙好人」所感
以上、妙好人の輪郭了得。
以下、実例として、浅原才市の自由詩紹介
<此処までの所感:一気に本書「その一」を楽しく読ませていただいた。鈴木大拙の文体は、時代的で硬いが、それがあるいは、妙好人という稀有な市井人の柔軟性を語るとき、相俟って味わい深いものになっている。また、私事ながら、浅学恥ずかしながら、これまで名称くらいしか知らなかった、この妙好人世界を垣間見るようになって、まだ日が浅いが、公私生活が幾分なりと、落ち着いてきたように思う。有難し 南無アッバ08/5/24夕刻記>


本誌「余白の風」(一九九〇年創刊)は、井上洋治神父の提唱する「南無アッバ」の心を生きるため、詩歌を中心に各自が模索する機関誌です。賛同される方の参加をお待ちしています。(原稿採否主宰一任)

○締切=毎月末。返信用切手一枚を同封してください。○会費は無料です。但し通信費援助として、切手(八〇円、五〇円、一〇円)をカンパしていただけると有難いです。○投稿先:ホームページ「今を生きることば」又は、郵送にて平田まで。

主宰著作『心の琴線に触れるイエス』(聖母文庫)、『俳句でキリスト教』(サンパウロ)ほか。


category: 求道詩歌誌「余白の風」

thread: 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など

janre: 学問・文化・芸術

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