「南無アッバ」を生きる ホーム »2005年05月
2005年05月の記事一覧

足が吊る(質問)  

数日前に、寝床の中ででつったのか、左ふくらはぎがつれる感じです。
とくに、朝晩はつま先を伸ばす=ふくらはぎがたわむと途端につれはじめる。
何か、いい治療法はないでしょうか?


category: ○雑記

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弁当実話  

ある日、昼休みの廊下で、
女生徒「あ、先生!それ、愛妻弁当??」
わたし「ちがうよ。自分で作ってくんだ」
次の日、
女生徒「あ、先生!それ、愛妻弁当じゃない??」
わたし「ちがうっつーの。自分でつくってんだよ!」
そのまた次の日、
女生徒「先生、それ、愛妻弁当でしょ?」
わたし「あのね、自分で作ったんだよー」
女生徒「ほら、やっぱり愛妻弁当じゃない」

=====================
付記:昨日今日は、風邪で寝込んでいる三男坊の分も含めて、三つつくっちゃいますたー。


category: お父さんが作るお弁当

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平田栄一求道俳句全集  

1986.8~2005.5発表全作品
Copyright © 2005 Eiichi Hirata, All rights reserved.

<まえがき>
1981年、遠藤周作氏の畏友・井上洋治神父からカトリックの洗礼を受けました。

その後5年間は、わたしにとって“祈り”の模索期間でした。そして山頭火に出会い、自由律から俳句の道に入ったのでした。

定型が主になった今でも信仰と俳句は、わたしにとって生きるための両輪です。信仰を持たなければ俳句をやろうとはしなかったでしょうし、俳句がなければ信仰を持ち続けることもできなかっただろうと、今しみじみ思います。

これまでキリスト教をテーマにしたエッセイ詩集といったものは何冊か出させていただきましたが、個人句集の出版についてはまったく頭にありませんでした。

しかし、思えば俳句を始めて早20年になります。

このたび『俳句でキリスト教』(サンパウロ)を上梓することになり(5月出版予定)、この節目の年に、やはり一度、自作をまとめておくべきではないのか、と感じるようになりました。

処女句集といえば、選を重ね、できる限り佳句をそろえようとするのが一般的でしょうが、ここではあえて発表してきた全作品を一挙掲載することにしました(逆編年順)。それは、費用負担のないネット句集の強みでもあるのですが、自ら「求道俳句」を提唱する者として、作品のいわゆるデキより、たどたどしくとも正直に求道の跡が透けて見える句集にしたかったからです。

読者のご感想・ご批評をお待ちしております。

この拙い句集から、一人でも俳句やキリスト教、さらに日本人の求道性(スピリチュアリティ)に関心を持ってくださる方が出てくるなら、著者として望外の幸せです。

末筆ながら、これまでわたしの活動をあたたかく見守り、助言と励ましをくださった井上洋治神父をはじめ、信仰と俳句で出会った多くの師友に心より感謝し、お礼申し上げます。

2005年5月 平田栄一

<目次>
2005年  2004年  2003年  2002年  2001年  2000年  1999年  1998年  1997年  1996年  1995年  1994年  1993年  1992年  1991年  1990年  1989年  1988年  1987-86年


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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「余白の風」第110号-求道俳句とエッセイ  

Copyright © 2005 余白こと平田栄一, All rights reserved.

本誌(1990年創刊)サイトは俳句を中心として、日本人の心情でとらえたキリスト信仰を模索するための機関誌です。随時発行しています。どなたでもご自由に投稿・感想をお寄せください。ネット環境のない方のためには、本サイトを(拡大字)印刷して無料配布しております。高齢の方など、そうしたお知り合いがいらっしゃいましたら、お申し出ください。
(採否主宰一任) 投稿先
掲示板ICF求道俳句板

ユダの裏切りの解釈:小さき花
山根さんの井上神父「福音書をよむ旅」による聖書講座
イスカリオテのユダについての話の続きです。
ユダの裏切りについてあるキリスト教辞典に4通りの解釈が載っています。
1。貪欲で金に目がくらんだ、聖書にもそう思わせる記述があります。
会計を預かり、信頼,信用されていたユダ.銀貨30枚より、預かっている財布を持ち逃げする方が得だったのではという反論があります。
2。ゼロテ党(熱心党)の支持者で武力的イスラエル解放者,政治的メシアを期待していた。イエスに愛着を感じていたので、裏切られたと失望し、敵に内通した
3。ユダは悪魔だった、サタンが入った。外国人神父様ですんなりこの説をおっしゃる方も多いです。
4、これが興味深い解釈です。
ユダが故意ではなくイエスの晩餐の夜の居場所を大祭司側に悟らせてしまった.ユダはガリラヤなまりがなく,会計係なので、神殿で過ぎこしの子羊をほふってもらう役目だった。ユダに気づいた祭司が、イエスがエルサレムで過ぎこしをすることを聞き出し、ベタニアの宿舎へ帰るイエス一行を必ず通るはずのゲッセマネで待ち伏せした.ユダは、思わずイエスに取りすがって許しをこう懺悔の接吻をしたが、結果的にはイエスの存在を敵に教える失策であった。
この解釈の根拠には、洗足でユダもイエスに足を洗われた愛された存在だったことなどがあります。

旧約による権威づけが新興宗教のキリスト教にとって重要だったローマ時代、ユダは旧約に書かれた裏切り者というのが、福音書が書かれた時代の教会の通説となっていました。
ユダもペトロも他の弟子達もイエスを裏切りました。ただ、ユダは、お前のせいで先生は逮捕されたと弟子達にも責められ、他の弟子達とも別れてしまいました。ものすごい孤独の中でとうとう命を絶ってしまったのです。.
生き続けていればイエスの許しのまなざしに出会うことができたのに。
他の弟子達は絶望しながらも苦しみ祈り続けました。
神の愛に絶望することが罪です。それは神に対する傲慢です。神の大きな愛に信頼し、人生を捨てないこと、それが大事なのです。
イエスの愛はペトロ、ユダどちらに対しても注がれていました。
洗足、そしてパンと葡萄酒を私の体と血であると分け与えました。「これは多くの人のために流される私の契約(ディアテケー)の血である。」
ユダや教は契約宗教。神と人との契約.アブラハムと神との契約を受け次ぐという形で、新約とは新しい神との契約。そういう意味ではこの言葉は契約とも訳せますが、私の遺言,形見であるという意味が強い言葉です。
裏切っていく弟子達に対し、このパンとぶどう酒は私が愛した弟子達への形見であり、私自身なのだと言っているのです。

司祭が聖変化させたパンとぶどう酒はイエスの体と血そのものというのがカトリックの考え、プロテスタントでは象徴としてとらえています。
聖堂に赤い小さなランプがともっているのは聖体がある、つまりイエス様がそこにおられるというしるし、まるでご本尊みたいに聖櫃の中に聖体がおかれています。
そして聖堂の中は聖なる祈りの空間になっています。
聖餐式は象徴的にイエスの体と血という言葉をかみしめます。このあたりが教会の雰囲気の違いになっています。礼拝のときは聖なる場所であっても普段はコンサートやバザー会場、会議の場になったりします。カトリックは空間自体が聖なる場所と考えます。

裏切りを預言されて、絶対,たとえ殺されることになっても裏切りません、というペトロの言葉.ペトロは皆の代表者.皆同じように思っていたのでしょう。
それがマルコ14.71「呪いの言葉さえ口にしながら、知らないと誓いはじめた」
大変な裏切りです。つかまりそうになって、本当に恐ろしかった、自分の命が助かるのなら何を言ってもよいと思ったのでしょう。
これは後から作ったものではないでしょう.初代教会がペテロを特別悪くいうことはありません、逆にその言葉を削ることはありうるでしょうが。
とすると、間違いないく、そういうような呪い言葉さえいった、こんなに弱い人間だったとペテロ自身がのちに語った話が残っていたのでしょう。
カヤパの官邸跡らしい鶏鳴教会の発掘現場を井上神父様と勉強会の一行で旅行したことがあります.昔は講座と巡礼旅行がセットのようでした。.そこの崩れかけた階段を歩くとペテロが泣いた思いが伝わってきました。

遠藤さんの「イエスの生涯」ではカヤパの宮に仲介者とでかけてたことをこう解釈しています。
わざわざつかまる危険を冒してペトロ一人がでかけたのではなく、弟子達の代表として取引をした。つまり、イエスと自分たちは関係ないとはっきり言って誓いをたてることでつかまらないようにしたと、作家の想像力で書きました。それが事実であれば、より弟子達はイエスの命とひきかえに自分達の命が助けられたことになります。
罪をイエスにかぶせたのです。
弟子達の罪をかぶったいけにえの子羊ということは弟子達にとっては、観念ではなく、具体的な事実だったのです。
自分たちが助かった.弟子は自分の裏切りを、自分たちの言いようのない恥ずかしさ、自分の命がたすかるために仕方がなかったと言う自己弁護.弱者である者の自己弁解です
イエスの十字架上での赦しのまなざしに出あって百人隊長がこの人は神の子であったと告白するように、自分たちが赦され愛されていることを体験した弟子達の復活顕現物語での変貌へつながります。(2005.05.21)


作品集2-250


父母逝きてトックン爪切る午前二時   マルコ

目覚めれば隣りは義父のデスマスク

リウマチを病む人置きし砂糖水メジロくるくる青ゲラの来る

苛立ちて蹴りたる小石弾き来て吾の小指を打ちて止まりぬ

神様は はぐしてくれんが 彼はする   ako虫


花愛し 手間暇かければ 美しく   厳禁旦那様

右側でイエスに寄り添うヨハネが憎い ako虫

連翹のさざめき風にのりてくる   いう

人生を 共に漂ふ 花筏   NK

午前2時あの日のあの人ふと想う ako虫

花冷えの夕べに子猫とまどいせむ 厳禁

システィーナ・チャペルに響く鐘の音は新たな章の導き手告ぐ   いう

み風吹くローマに新た人々をよみしすべます恩寵の名にて

願わくはあまねく人に開かれる集いとなりて道を歩まん

余白:数年前の「イエズス・ドミヌス」が気になりますが、前教皇様の他宗教・他教派対話路線だけは続けて欲しいです。
いう:実は私も気になっています。心配、と言っていいかもしれません。今度の教皇様は、神学で高名ですが、実際のお人柄はシャイでおだやかなのだそうですね。良い方向に向けてお働きになれるように、教会が人々を遠ざけるのではなく、腕を広げて迎え入れるように発展することを心から祈ります・・・。


曇り日の香りつつまし紫木蓮   いう

黒豹にならんと猫も吼える春   いう

子を望む子宮チカチカ点滅す ako虫

咲き初める花をねたしと降り積もるみぞれの雪も美しと見ゆ   いう

今日も今日とて無言なる神おわす ako虫

余白:直接でなくても、自然や隣人を通して、日々アッバは語りかけては来ないだろうか。。。

菜の花やアバの御胸に死者名簿     栄一
JR福知山線脱線事故死者追悼

桜花 ちりにしあとも 白波のごと  厳禁

余白:はい、散りゆく花も最後の最後まで、アッバを表現しているのですね。
その一枚の花びらに気づかされることも、お恵みだと思います。


においまつりかの香りにつられ君と会いし日  厳禁

教会の 庭に輝く 八重桜    ねこ背

雨降れば雨の中ゆく雀かな   いう

余白:植物にも動物にも教えられること多いですね。
どんな境遇、環境でも文句言わず、黙々と生きている、、、えらいなー。人間はホントわがままです。


藤棚に 蜂が怖くて 近づけず  ねこ背

上を 見上げりゃきりが無い 下を 見下ろしゃ果てしない だけど隣に君の居る幸せ   厳禁

夫婦仲 サクランボのよう 初夏の味   yohannna

出番待つ舞子の背を押す春の風   いう
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平田栄一求道俳句全集
初出以来、過去20年間の発表作品1500句余を
ネット俳句集として、一挙に掲載しました!

ご笑覧いただければ幸いです(全部読むのは大変でしょうが。。。)


いう:1500句!すごいですね。昨日、行って読んできました。ここ数年のものと、定型を中心にされる前の頃のものを中心に。初めの頃の作品に、はっとさせられるもの、どきりとするものがあり、その後の余白さんの句の雰囲気との違いがおもしろかったです。
それから、最後にあった青囲みの後記、よかったです。余白さんの思いが感じられました。
お気に入りに入れましたので、またゆっくり読ませてください。

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茶畑の 緑眩しき 八十八夜  ねこ背

年末に 楽を せむとて 中掃除 厳禁

神様と繋がってろと言うけれど「いかに?」の問いに答える人なし ako虫

神様はいるけど、具体的に「どうやったら繋がっていられるか」を教えてくれないキリスト教。
「どうやって」を語り、熱心に実践するが、神様のいないにゅーえいじ。
ますますひねくれそうなGWです。

余白:ふむふむ、救いの実感、あるいは現在性の問題ですかね?
そうですね、すぐ私たちは見失ってしまう。
たとえば、こんな聖句はどうでしょう。

「あなたがたの思い煩いをすべて神のもとに投げ込みなさい。神があなたがたの面倒をみてくださっているのだから。」(一ペトロ5:7 岩波訳)

この最後のところ、「みてくださる」じゃなくて、すでに「みていてくださっている」ということ。つまり、私たちが救いを実感しようがしまいが、神様はすでに、今ただちに、現在完了進行形で、私たちにあちらから「つながっていてくださっている」ってことです。
このことを信じましょう。


連休 事故の悲しさ 尾を引いて   yohannna

信仰は思考停止の罠くぐり   ako虫

「すでにみていてくださっていること」を「常に実感するためにはどうすればいいか」ということもありますね。「救いを常に実感」できなければ「みていてくださっていること」も信じられない私です。
信じるって 一体どういうことだろう?なんの疑問も持たずに「そうですか~☆♪∮感謝、ハレルヤ~♪☆」と、鵜呑みにすること?鵜呑みにして、だまされて、辛い思いをしている人達を見ていると、素直に「信じます」とは言えなくて、でも信じ切れないことが辛くて悲しい。

大体、ナニを信じたらいいか、ナニを信じてはいけないのか、すら私にはわからないです。


余白:なるほどなるほど、世の中にはそうした宗教にだまされて、お金や心身をぼろぼろにされた、っていう例が後を絶たないものね。
ちょっと整理すると、
1.実感信仰の問題。
いつも五感的に感じていないと、、、というのは、突き詰めれば、自分の感覚を絶対化する、という危険がくるんじゃないかな。
2.じゃあ、どうすればいいか。
ここからいろいろ意見が分かれる。人様のことはわからないから、僕自身のこと正直に言えば、求道中から今も、まず、
①その宗教なり信仰を具体的に生きている人を見る。
②お金をせびらない。
③恐怖をあおらない。
上②③は繰り返しここでも言ってきました。
①は、やはりわたしには井上神父との出会いが大きい。こういう人が一生をかけている信仰なのだから、間違いない、って信頼できた、ってことだと思います。
まあこういうのも、人間としての自分の判断じゃないか、といえばそれまでなんだけど、上の「実感信仰」とはちょっと違うと思う。
たとえば、信仰がぐらついて、神も仏も・・・っていうとき(情けないけど、今でもよくぐらつくよ)、信頼したあの方が言っているのだから、もう少し我慢しよう、みたいなところがある。
いずれにしろ、信仰には、目に見えない、実感できないものに「エイッ」って賭けるところがどこかで必要なんだと思う。


カバリスト:横ヤリを入れてすみませんが、
③恐怖をあおらない。
について質問があります。
キリスト教が勢力を拡大していく過程において、イエス・キリストによる救いを強調するために、「信じなければ地獄に落ちる」と宣教するのはこれに抵触しませんか?
仏教なんかに比べると恐怖心あおりまくりのように思えます。


余白:キリスト教2000年の歴史を見渡せば、③だけでなく②お金についても、さんざん悪いことをしてきたと思います。
しかしまた同時に、それを反省し、立て直そうとした人々も出てきました。
免償符を売りつけるカトリックはまっぴらですが、フランシスコやマザーテレサなどに出会えば、こういう人たちの信仰の仕方にはついて行こうとする人が出てくるのだと思います。
キリスト教、あるいはカトリックとして、十把一絡げには判断できないと思います。


細木:余白さんが、思ったより淡白で違った方向からの回答だったので、細木も一言。
勢力拡大も強調もへったくれもなく(言葉悪いかな)、そういう教義なのだから仕方ない部分があります。
すると、恐怖心をあおるっていうのは、別な面のことになるはずです。
具体的には、現在の行動をいちいちあげつらっては、それでは地獄に行きますと脅すやり方です。カルトが使うやり方です。でも、それでは救いじゃないから、「矛盾しておろうが」と打ち捨てておけばよいと思います。

ako虫:①常々、信頼できる師(?)のいる余白さんをうらやましく思っています。
②③は言わずもがなです。終わりのほうのお話も、大人になって理性を使えば理解できます。

(実感信仰について)
私は③の恐怖から癒されたいがゆえに、五感(六感もかな?)で神を実感したいのだと思います。
私の精神は子供のままなので、神様に「こわかったんだねーよしよし」と、母親のように「文字通り」抱きしめてもらい、お乳を飲ませてもらいたいんですよ。神様から直接体温と声と眼差しと柔らかさと滋養を与えてもらいたい。そうしてもう一度あらためて、神様の愛のもとでスクスクと大人になってゆきたい。もしこういう体験ができるのであれば、「大人になったとき」今度は実感に頼らず「理性で」神を(信仰を)理解できるでしょう。
私の一生をかけての望み、人生を賭けて得たいモノはそれだけです。

いろんな話をごちゃ混ぜにして、わかりづらい話をしてスミマセンでした。結局、これは宗教的な問題というよりも、親子関係の問題がウェイトをしめているかもしれないと、今書いていて思いました。

余白:とても考えさせられます。また真摯な姿勢に心打たれます。ありがとう。
同じ人生はないし、同じ体験もないから、なかなかうっかりしたことは言えないのだけれど、親子関係や以前の信仰のことなど、特殊・個別の問題があったとしても、アッバなる神様は、すべての苦しみや悩みをご存知のはずです。
そして、どんな人生も暖かく包んでくださるのだと、、、やっぱりぼくは、僕自身のおそらく個人的な特殊性の中で、信じさせてもらっている、またたびたび揺らぐこともあります。
ともに祈りましょう。

さあ出かけよう:島一木
もはや あなたたちと
多くを語るまい
この世の支配者が来るから
だが 彼はわたしに対して
何の力もない
しかし わたしが
父を愛しており
父のお命じになったとおりに
行なっていることを
この世は知らなければならない
立ちなさい
さあ 出かけよう(ヨハネ14:30~31)


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カトリックとプロテスタント--掲示板より

あこ虫:ここ数ヶ月、もしかして自分はカトリックの方が合うんじゃないかと思ってます。最近こやりにもソウ言われてるんですが。
カトリック教会にもいろんなタイプがあるようなんですが、比較的解放的な雰囲気の教会てありますか?もし知ってたら行ってみたいので教えて戴ければうれしいです。

余白:うん、「開放的」って意味が具体的に何を意味しているか、個人的にいろいろあるんでしょうが、、、ただ、現実的なところで言うと、カトリックは教会間の垣根というか壁はすごく小さい。ほんらい教会は「小教区」とよんで、司教区の一部と考えられているから、独立性はないのです。
だから、「所属」と通常「通っている」教会が異なる、ということはよくあることで、とくに違和感もありません。
どこのカトリック教会も、プロテスタント信者に対して、「教会」として偏見や強行姿勢をとっているところは、まずないと思います。

まいまい:ばかでっかい教会だとほとんど放置プレイだから,開放的?かも
まいまいは,四谷イグナチオ,吉祥寺というJR利用者にとって至便の二教会と荻窪教会を主に利用--だってさオーソはいろいろめんどいんだもの--していますが,どこも気軽ですよ~
( 実は吉祥寺教会脇のマンション内にある 黙想の家東光庵の毎日(火曜を除く かな?)10時からのミサが出席人数も少なくて和室で行われることもあって大好きです.--ただし,ミサのあと12時ころまである黙想会には出ざるを得ない雰囲気・・・ --いや実際にはそんなことはなく,ただまいまいの思い込みかもしれないけど )

余白:東光庵、なつかしいねー、20年くらい前に1、2度行ったことがあります。
座禅式の黙想をしました。。。カトは幅広いです。

あこ虫:余白さん>そうですか、自分プロテスタントだから、ヘンな目で見られるかなとか、心配だったのですが(結構チキンなハートの持ち主)じゃあ、近くの教会へ行ってみることにします。
あと「開放的」という言葉には「赤い靴を履いて行っても怒られない教会」という意味もこめてました(赤い靴って童話知ってますよね?)
まいまい>放置プレイはいやだなー。できれば神父に依存したいアダチル気味な私ですが
プロテスタント=牧師も信徒も自立した大人でないとやってけない
カトリック=信徒は結構神父に依存できる
と感じているのですが、大間違いでしょうか。
あと、オーソって、オーソドックスの、オーソ?

余白:ako虫 様<
>プロテスタントだから、ヘンな目で見られるかなとか<
まあ、カトも11億いろいろいますから、、、もしかするとそういう人に出会うかもしれませんが。。。日本では確率低いかと。。。
>赤い靴を履いて行っても怒られない教会<
異人さんに連れられてっちゃう、ってやつですかね。。。
服装は、ジャージ・Tシャツ・サンダル履きでミサに出てる人もいっぱいいまして。。。。
>まいまい>放置プレイはいやだなー。できれば神父に依存したいアダチル気味な私ですが
プロテスタント=牧師も信徒も自立した大人でないとやってけない
カトリック=信徒は結構神父に依存できる
と感じているのですが、大間違いでしょうか。<
まじめに、問題はここですね。
ちょっと大きなカト教会では、せいぜい希望があれば自己紹介、くらいなもんで、「よーきた、よーきた」と引っ張りあげられるようなことはめったにない。信者同士全員が知り合いじゃないことも多いから、誰が新参だかもわからない、という始末。
ただそういうところは、たいてい「案内」のような人がいますから、遠慮なく申し出て、「プロテスタントの~です。はじめて来ました。神父様を紹介してください!」とはっきり申し出れば、きっとそうしてくれますよ。
小さい教会なら、最初から神父様が声かけてくれるんじゃないかな。。。
結論:こっそりのぞくなら大教会。最初からじっくり付き合いたいなら小教会、って感じかなー。
他にも、カトの方見てましたら、アドバイスを。

あこ虫:>余白さん
いえ、良く来たね~とチヤホヤされたいのではなく・・・カトは、神父は結婚しないでしょう?だからソノ分信徒の面倒見が良いのかな?という期待がある、ということです。
告解などはプロとの違いが顕著なものですよね。
プロは、いちいち人の悩みを聞いてくれませんよ・・・・もっとも牧師にもよりますが。
ともかく告解という制度があることが、信徒の神父への「依存」をわりと赦している証拠かと。
考えが、あさはかでしょうか。(大汗)
ただ、余白さんみたく、尊敬するお師匠のような聖職者の存在が私も欲しいなと思ったりしていて。

余白:>あこ虫様
>いえ、良く来たね~とチヤホヤされたいのではなく・・・カトは、神父は結婚しないでしょう?だからソノ分信徒の面倒見が良いのかな?という期待がある、ということです。<
そういう制度にはなってるけど、これも牧師先生と同じ、神父によりけりです。
ただ、面倒見が悪いなあという評判の神父様も、別のところで、例えば神学とか、福祉活動とかで貢献していたり。。。
>告解などはプロとの違いが顕著なものですよね。
プロは、いちいち人の悩みを聞いてくれませんよ・・・・もっとも牧師にもよりますが。
ともかく告解という制度があることが、信徒の神父への「依存」をわりと赦している証拠かと。
考えが、あさはかでしょうか。(大汗)<
そうですねー。告解は本来そういうものじゃなかったと思いますが、今はカウンセリングに近い意味があるようです。
だから逆に、共同告解のときなんか、「人生相談は別の日にやってください」と注意を促すこともあります。順番がつかえてる。。。てなわけで。
>ただ、余白さんみたく、尊敬するお師匠のような聖職者の存在が私も欲しいなと思ったりしていて。<
こやりどんじゃ、、、あまりに近すぎるのかな???
そうですね、ただ、ぼくの場合もということだけど、ぼくは、井上神父ファンではあっても、依存じゃないと思います(昔は口論もしたしー)。
通常通うK教会のS神父は、淡々と毎日あげる早朝ミサなどで尊敬しているし、日常のことはこの神父に相談することが多い。
また、むかしいっしょに病院訪問したR神父、この方は暇さえあれば信者のうちを巡回していた。。。そういう田舎司祭的なところにほれ込んでいます。
それぞれの持ち味で、という感じ。
遠藤さんが、「告白は知らない神父のところに行って、こっそりやる」といってましたね。
そういえば、わたしも井上師に告解してもらったことない、、、ように思う。

あこ虫:余白さん>
いろいろありがとうございます。
ちょっと考えが甘かったようです(汗)
聖職者を頼って相談して信頼する=依存
罪の告白を聴いてもらって精神的にほっとする=依存
だと考えてたんですが、どうも違うみたいですね。
基本的に人間関係というものが、いまいちわかってないみたいです。
あと余白さんの話だと、神父と牧師は立場的にそう変わりがない様子ですが、一点気になる事もありますし、やっぱり教会行ってきます。カトリックのはなしをいろいろ聞いてくるつもりです。ありがとうございました。
ちなみに、尊敬してるけど、こやりはあくまで「夫」だからなあ。牧師として見るのは多分むずかしいです。

余白:>ちょっと考えが甘かったようです(汗)
聖職者を頼って相談して信頼する=依存
罪の告白を聴いてもらって精神的にほっとする=依存
だと考えてたんですが、どうも違うみたいですね。
基本的に人間関係というものが、いまいちわかってないみたいです。<
いや、そんなこともないと思います。「依存」ってコトバにニュアンスがいろいろ受け取り方があって、上記のような部分は確かにあると思います。
>あと余白さんの話だと、神父と牧師は立場的にそう変わりがない様子ですが、一点気になる事もありますし、やっぱり教会行ってきます。カトリックのはなしをいろいろ聞いてくるつもりです。ありがとうございました。<
うん、やっぱ実際は、具体的にいくつかの教会、何人かの神父様に接触してみてください。
要は、共鳴する方に出会えればいいのですから。。。
>ちなみに、尊敬してるけど、こやりはあくまで「夫」だからなあ。牧師として見るのは多分むずかしいです。<
だよねー、そう思います。

いう:私の個人的なカトへの転会のいきさつ、途中までだけどブログにアップしました。あんまり参考にはならないかもしれませんが、よかったら読んでみてください。
まいまいさんの、「ばかでっかい教会だとほとんど放置プレイだから,開放的?かも」っていうのを読んで、くすっと笑ってしまいました。「放置プレイ」!
帰国したときに、たくさんのカト教会を訪れましたが、声をかけられたことは一度もありませんでした。(^^;)
輪の中で一緒にお茶を飲んでいたのに誰とも話さなかった教会もあって、半ば感動しました。カト教会に行ったら自分から声をかけないといけないのね、と。(多分、しつこくすると嫌がる人もいるから、という思いやりからなのでしょうね)
カトはゆったりとしてるところが好きです。

余白:>帰国したときに、たくさんのカト教会を訪れましたが、声をかけられたことは一度もありませんでした。(^^;)
輪の中で一緒にお茶を飲んでいたのに誰とも話さなかった教会もあって、半ば感動しました。カト教会に行ったら自分から声をかけないといけないのね、と。(多分、しつこくすると嫌がる人もいるから、という思いやりからなのでしょうね)
<そう、このあたりをどう感じるか、ですね。
さっぱり、ざっくばらんでいいと思うか、冷たいと思うか、、、両方の意見を聞いたことがあります。
最近は、教会ごとにも、「もう少し新しい人に声かけようか。。。」って動きもあるようですが。

あこ虫:お邪魔します。
カトリックの放置プレイ(笑・・・)実際に教会員になったら、それだと寂しいですが、キリスト教恐怖症の私がクリスチャンになったキッカケは、まさにその放置プレーでした。
留学中、外出中にちょっと一休みしたいなと言う時に、よく教会(カト)に入りました。静かで、誰も話しかけてこない。ベンチで20分も座っていると、不思議と心が休まりましたね。
知らずにプロ教会に入ってしまったことが数回ありますが、その時はすかさず牧師がやって来て、アレコレ話かけられて「うざいなあ、ほっといてよ・・」と思いました(汗)
私のように、もともと疑い深く内向的な人間が初めて行くなら、カトリックのほうが、もしかしたらいいのかもしれません・・・ということを、書いてみたかったのでお邪魔しました。

小さき花:目白の住宅街の某教会、こやりさんご存知の場所に親子ともお世話になっていました、今も友人多数います。週報に今日の礼拝参加者○○名、なんてこじんまりしたところです。
結局、超放置プレイの信徒数4300人というカトリックで受洗。神父は信徒の名前を覚えられない、信徒総会なし、名簿はパソコン管理で信徒は見られない、というくらいあっさりしたところです。
ほっとかれたいタイプなので気楽です。
婦人会地区会も任意加入なので、ミサに出るだけ信徒が多数。奉仕に燃える人、仲間作りの人、ボランティア大好きの人とグループがなんとなくできてます。
主日ミサは土曜夕方と日曜で6回。同じ教会でも会えない人が多い。のでサボってもばれない。それを寂しいという人もいます。
心に大きな悩みごとを持っている人には勧めない場所です。孤独で、苦しんでいても気づいてもらえません。
好きな教会、修道院のミサに出るというわがままな信者です。
カトリックでも1000名規模の地元の教会だと婦人会や地区会に全員参加、名簿、連絡網もあります。活動も活発です。本当はそこへ移りたいのですが…。
楽天ではさるすべりというHNでブログ書いてます。

余白:小さき花さん、体験記ありがとう。
他にも、カト・プロ体験談ある方、書き込んでください。
プロ→カトってのが多いようですが、逆に、カト→プロってのはないですかね??

michaela:はじめまして。色々たどってここにたどり着きました。
私はずっとプロテスタントの環境にいました。(家はふつうに仏壇と神棚がある家ですが・・・)
学校も、回りもプロテスタントの人ばかりの中で
この春のご復活にカトリック教会に転籍しました。
私の場合はプロテスタントの中学時代からカトリックに惹かれるものがありました。
でもカトリック教会に行くことが出来ずに、そのままプロテスタント教会で洗礼を受けました。
その洗礼から18年、やはり自分はカトリックのほうが向いている・・と思い、思い切って転籍したのです。
私はカトリック教会にいるほうが神様を身近に感じることが出来たのです。
私はかまってくれるのも好きなので、カトリックの「ほおっておく」感じにはさびしさも感じますが、
それでもやはり導かれたのですね~
歌う聖歌もまだまだ讃美歌のほうが魅力を感じるところもあるのですが、
カトリックに移ってよかったな~と神様の恵みを感じる日々を送っています。

余白:michaelaさん、はじめまして。ありがとうございます。
カトリック2000年、プロテスタント500年。
どちらが絶対、ってのは無意味な比較。
それぞれ長短があって、最後は自分の感性にあったところに落ち着くってことでしょうか。
それでも、そう、いろいろ贅沢いったらキリないもんねー。

あこ虫:小さき花さん>のお話、読んでいてちょっと弱気になってしまいそうです(汗)信徒数4300人なんてありえん・・・・!そんな数を聞くと、日本のクリスチャン人口が1%未満だとは到底思えない・・・!
ただ、いろいろと目的別のグループがあるようで・・・・なんとなく、中学生の時クラスにいくつもの「仲良しグループ」があったが、私がどこにも属せないはみだしものだったコトを思い出し、ちょっと苦い気持ちに・・・・・・(大汗)
行ってみようというキモチはかわりませんが。
michaelaさん>ほっとかれて寂しくても、最終的に自分の感性にあってればOK、ってことなんでしょうね。寂しさに負けるか、それとも寂しくても信仰の喜びを取るか、選択をせまられそうな予感であります。
余白さん>贅沢言っているつもりは全くないんです。必ず私にあった教会はあるハズだと信じてるだけで・・・・・。私は贅沢じゃなく「欲が深い」んだ、たぶん。

小さき花:脅かしてしまってごめんなさい。
カトリックでも大所帯の所と小さな所では雰囲気もずいぶん違います.
教区の教会と修道会の教会でも違いは感じます。
全世界、同じ典礼で安心感はあります。
自分に合う所をゆっくり探したらいかがでしょう。

あこ虫:小さき花さん、あやまらないでくださいー(汗)
脅かされたっていうより、あまりにも私の教会とは違うので(人数が)びびっただけです(汗)
ちなみに小さな教会だと、たとえばドレくらいの人数なんでしょうか。プロテスタントみたいに、5人だけとか、そういう教会もあるんですか?

michaela:あこ虫さん、おはようございます。
私はまだカトリックになって日が浅いのでいろんな教会へは行っていませんが、
先日出かけ先の教会でミサに与ったときは20人くらいでした。こじんまりとした田舎の教会で、入ったときは
「プロテスタント教会みたい」と思ったのでした。
ミサの後は「今日は初めての方がいらっしゃいますね」と神父様。前に出され自己紹介をさせられました。
予想外のことにドキドキしました。でもそれだけ。あとは誰と話すでもなく、そのまま子供たちや夫の待つところへ・・・
私の住む街には日本基督教団だけでも20教会くらいあります。そのほかの教派をかんがえると、かなりのプロテスタント教会があります。でもカトリックはというと一桁です。教会の数が全く違うのです。カトリック教会は数が少ないので、ひとつの教会に集まる信者さんの数が多いのかなあと思ったりします。
プロテスタントは「開拓伝道」などで、どんどん教会が増えていますから、信者さんもバラけているのかなあって。
教会も通い続けると自然に「知り合い」も出来て全くの孤独ではなくなると思います。
そして私が大事にしたかったのは「私と神様とのつながり」でした。
私が神様とよりつながっていられるところとして、カトリックを選んだので。
でも人の集まりなのでそこも気になりますよね~

小さき花:たとえば高松教区(四国)全体で、5000人台.ひとつの教会並みです。
都会の交通の便の良い所は桁外れに大きいけど、住宅街の教会だと、ピーコック隣の教会くらい(わかりますよね)かなあと見ています。
修道院のミサだと、10名ほど。
あこ虫さんの近辺のいくつかのカトリック教会の情報もありますので、良かったら楽天トップからでもメールしてください。

いう:ako虫さんのお話もきっかけになって、ブログのほう、カトリック教会の門をたたいたきっかけを書き終えました。自分を省みることにもなってよかったです。
一人一人違った形で、神様は導いてくださってるのが不思議ですね。プロテスタントの教会でも、カトリックの教会でも、神様を見つめることがよくできるなーというところがいいですね。(^^)

余白:ということで、以下、いうさんのサイトから、転載させていただきます。

心の旅~カトリックへ:いう 1
(昨年の堅信前に、友人に宛てたメールから。)
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○○様、

カトリックに転会希望とのこと。私も、自分自身のことを思い出しました。

私もずっとプロテスタントでしたし、今でもお世話になった人たちと教会に感謝しています。そしてプロテスタントもカトリックも正教会も、その他のキリストを信じる人たちみんながひとつであってほしいという願いがあります。

でも、今はこうしてカトリックに転会しようとしています。そのことを少しお話しますね。

プロテスタントで洗礼を受けたのは学生時代です。当時は熱心に通っていましたが、働くようになってから度重なる転勤や激務のために教会に行かれない年月が過ぎました。また、私自身、自分の考えや行動が、クリスチャンとしてふさわしくないような気がして、しかも、自分自身を改めようという気も起こらず、そのまま時が過ぎました。

結婚してからは、ある程度落ち着き、プロテスタントの教会に通うことができました。その後、アメリカへ転居。

さて、どこの教会に行ったら良いのか、と困りました。日本キリスト教団のような合同教会はありません・・・。

電話帳には数百もの教派のリスト。そのどれを選んでいけばよいというのでしょう。途方にくれてしまいました。やはりそれぞれ教義上、強調するところがあるのでしょうし。

私は教派について考えるようになりました。プロテスタント諸教派の発生には、歴史的な必然性があったと思っていました。

でも、これでいいのか、という思いも同時に起こったのです。これから何回もすることになりそうな引越しのたびに、教会選びを一からするのは大変です。 もし、行った教会が、ニュースでよく見るような政治と深く関った保守的なところだったり、カルト的だったり、偏ったところだったら困ります。

私は観光地にあるゴスペルが有名な教会(メソジスト系)にたまに行ったり、大きくて安全なところ(!)という観点から、米国聖公会の教会に行ったりしていました。その時点で、カトリックは全く選択肢に入っていませんでした。 

(2へ続く)

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最近、カトリックに興味をもっていらっしゃる方からのメッセージをいくつかいただきました。自分自身を振り返る意味でも、私のカトリックへの転会をまとめておこうと思いました。これは私の場合のことで、プロテスタント教会への否定ではありません。こういう人もいるということでお読みください。

文の元は、友人へのメールです。状況説明等を付け加え、upしました。使って良いといってくれた○○さん、どうもありがとう!

カトリックへ 2
(続き)教会に通えず、数年過ぎた頃、職場の近くにカトリック教会を見つけました。ちょっと覗いてみるつもりで入ったら、たまたま平日ミサがはじまるところ。私はその様子を一番後ろの席で見ていました。

ぽつぽつと集まる人々が祈りをささげ、聖体拝領する姿。平日の朝、静かに祈りをささげる人がいる。こういう信仰のあり方もあるのだなと意外な感動がありました。

当時はまだ、カトリックは間違っていると単純に思い込んでいましたので、何か近寄ってはいけないような、憧れと同時に後ろめたさをもったのを覚えています。

それからぽつぽつとミサを見学するようになりました。その落ち着いた祈りの雰囲気に惹かれながらも、反発を感じていたのは次のような思い込みからです。

(当時漠然と感じていたことを書きます。なぜそう思っていたかは、多分、カトリックによくない思いをもっている人の言葉を、聖書研究会などで聞いたことがあったからだと思います。ただ、これはたまたま私がそういう人の言葉を聞いたことがあっただけで、多くのプロの人がそう思っているわけではありません。気を悪くされる方がいたらごめんなさい。)

1.カトリックはマリアを拝んだり、聖人を拝んだりしているのではないか。
2.迷信が多いのではないか。
3.聖書に付け加えをしているらしい。(煉獄とかプロの聖書にないことを言っている)
4.歴史上さまざまな罪を犯している。
5.教皇制って理解できない。
6.神父が信徒と神の間に入っているらしい。(罪の告白をなぜ神父に?)
等々・・・。

立派なアンチ・カトリックですね。

そんな私に、知人の、「カトリックは聖母崇拝してるわけじゃないらしいよ」という発言は驚きでした。(続く)

カトリックへ 3
(続き)そんな私に、知人の、「カトリックは聖母崇拝してるわけじゃないらしいよ」という発言は驚きでした。そうでないのなら、今まで思ってきたことは全くの誤解ということになります。

それから、教会史、元修道女の書いた本、ビデオ、護教論・・・、そんなものを読み始めました。すると、今まで思い込んでいたことが、誤解であることがわかってきました。

(*マリアについては、彼女の信仰、彼女を通してイエスがこの世に来たことを深く覚え、親しんでいるのだということ。マリアは信仰の対象ではないということ。ロザリオの祈りは、イエスの生涯を黙想する祈りだということ・・・。

聖人は信仰の先輩。プロテスタントで言う「兄弟姉妹」の枠が広いのだということ。絵や像は、リマインダーであること。等等・・・)

一番大きなショックは、聖書の、いわゆる「続編」といわれている部分のことで、実は、宗教改革者が削除していたというのが本当だった事です。 (*これは、どの原本から取ったかということがからんできて、一言でかたずけられない問題ですが、「聖書のみ、信仰のみ」を柱とする改革者がそれを取らなかったということに驚きました。「カトリックが付け足している」というのは、全くの誤解だったのです。)

「・・・だから、カトリックは違うのでは?」と思っていたことごとくが、崩れていきました。(続く)
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(*部分は、補足のために後から書き加えました。)

カトリックへ 4
(続き)「・・・だから、カトリックは違うのでは?」と思っていたことごとくが、崩れていきました。

(*後でわかったことですが、私がもっていたような偏見の出所は、大きな誤りを含みながらも1962年の出版以来版を重ねている「Roman Catholicism」(Loraine Boettner著 1962)がもとだとのこと。それ以後の本に多く引用され、プロテスタント側からのカトリックのとらえ方に、不幸にも大きな影響を与えてしまったのだとか。

偏見が取り去られるにつれ、さまざまな出来事が思い起こされました。

子供の頃、公園で子供たちにお祈りを教えていた修道服のシスターを遠くから見つめていた私。熱心な仏教徒の両親に無理強いされ子供の会合に出ながら、神様にお祈りしたいと思っていた私。

お金をためて出かけたスペイン、どの街にもあったカテドラル。ステンドグラスにたくさんのキャンドル・・・。歴史あるマリア像の置かれた洞窟。ぎっしりとはられた愛する人の写真と髪の毛。こうやってささげられた想いは間違いなのだろうか。ロヨラが発心したモンセラットの修道院。ここから日本への布教が始まったのだと複雑な気持ちで思う私。

宗教画、宗教音楽、建築に惹かれながら、何かストップがかかっていたような私。初代教会から宗教改革までの歴史がすっぽりと抜け落ちているような感覚に満たされない思いをしていた私・・・。

調べごとをしようと見るインターネットサイト。カトリックの人の書いたものにより共感できることを不思議に思う私・・・。

・・・思えば、いつも、心はカトリックに惹かれていたのです。

私は、近くのカトリック教会の平日ミサに行きました。その日の司祭のお話。

「カリフォルニアのオレンジカウンティーでは、電話帳に200以上ものキリスト教の教派がリストアップされているそうです。この分裂はどういうことでしょう。人を見てはいけません。人を見るとわかれることになります。私たちの視線は、常に天へ、神へと向けられるべきなのです・・・」

私はもう迷いませんでした。アメリカに来てから人と接することが億劫になっていたことを思うと今でも信じられませんが、私はまっすぐにオフィスに向い、カトリックに興味があることを伝え、典礼担当の方のアポイントを取りました。・・・*)

それから、担当の方との話し合いを1年間。グループの入門講座を半年間取り、今に至るわけです。カトリックのもつ伝統・普遍性に、今やっと安心して教会にいけるような気がしています。(*2004年2月。4月には堅信を受けてカトリックに転会しました)

長い歴史に培われた典礼、記念日などは、案外、日本人にあっているのでは、と思います。聖人として、先人のキリスト者の生き方から学ぶものも多く、うれしいです。実は、堅信のとき、霊名に日本に関る人の名前をもらおうと思っています。

長くなってしまいました。なんだか自分のために書いてしまったようです。読み捨てておいてください。

それでは、これからますます忙しい日々になることでしょうが、どうぞ体に気をつけて。お子さんと楽しく過ごしてくださいね。またページにお邪魔します!

2月21日
いう
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「カトリックへ」終わり。元は友達へのメールでしたが、状況説明など(*部分)書き加えだいぶ長くなりました。読んでくださった方、ありがとうございます。


category: 平田栄一求道詩歌(1)

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平田栄一求道俳句1986~7年発表作品  

1987年12月

力なく握り返す手に言葉が継げない

別れ来て最終列車待つ重さのない時間

時を飲み干した空徳利の四五本

ほろ酔いの下駄引っ掛けて出た夕映え

病み上がりの子に枇杷むく厨のくらい灯

1987.10

人生にも放物線がある 飛雲の緩やかなカーブ

時間切り刻む人間として小さな時計腕にもつ

1987.09

大樹深閑と夏を貫く

死んだ虫の名を尋ねるにあどけなく

何事もなく暮れて静かに街灯抜けゆく車窓

1987.08

埋め尽くせぬ言葉の溝に雲ひとつ浮く

厨春子の病み上がりの好物を煮る

手作りの絵葉書に綴られた新生活の抱負

1987.07

白いコーポ人待つらしいカーテンの灯がもれる

箪笥据えて片付かぬ十年を押し込む

酒盛りする桜のむこうに神の御座

高架線の開通間近に古い町並みが黙る

1987.06

手入れされた庭木の寒々と豪邸の表札

朽ちかけた木塀を背につまみ菜の芽ばえ

とりどりの弁当広げて春めく茣蓙の感触

1987.05

薬飲み残して癒えて小春日の身の軽さ

片言の理屈聞いている親子の長湯

子の熱下がらぬまま二日続きの雪しぐれ

どぶに成り下がった流れを彼岸花咲きつづけ

1987.04

病癒えてゆく夕日の輪郭がやさしい

もみくちゃな新聞のやる瀬なさが転げる終電

かわいた心に甍の痛いほどの小春日

1987.03

陽炎走者の一念に立つ

妻の寝言のはっきりと立ち入れぬ世界をもつ

1987.02

煎餅ほお張りもの言う教え子の言語感覚

それぞれの鳴き声貰うて秋を鳴く

1987.01

童話話す妻の声色古里の母に似る

切り出しにくい話に鉛筆何度も転がる

言い過ぎたあとの傘深くかたむける

軽やかに秋雨の涼陰に抱かれていく

一歩譲る度猫背になってゆく

1986年12月

水鏡に己れを捉えた金魚の顔

メスの下の私を見入るもう一人の私

1986.11

小さな拳が眠った妻の添い寝

ヨブ記繙く雨上りに残る雷鳴

1986.10

患者さんと娘に戻った看護婦さんの休日

よちよち児の歩く岩だたみの紛れもない年輪

1986.09

春昼のブランコ児の肩やわらかな

いとおしき児と聡き妻といて死思うてみる

1986.08

信仰などいらぬという涼しい目をしている

神を呼び神を疎ましく生きている


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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平田栄一求道俳句1988年発表作品  

1988年12月

夏の昼下がり蝶の死軽々曳かれていく

祖父の愛した山高帽そっと秋陽に置く

芯熱残る体もて余している秋の夕暮れ

重患に耐えて神の存在疑わぬ淋しい笑顔

秋陽はや傾く店先に無口な鸚鵡が売られている

1988.11

問いただす程口つぐむ子の頑なに揃えた指

差し出した手に温もり残して退めてゆく子

踏み締めた草に濡れて素直な気持ちに還る朝

待っても鳴らぬ電話の人恋しい雨音ばかり

秋の朝靄をカンバスにパステル画風の町並み

芯熱残る朝の梅雨空が重い

1988.10

寄る辺ない夜の灯へ黄金虫舞い込む

雨垂れ傘に重く待ち合わせの刻過ぎている

小さな胸痛むことのあり積み木積んでは崩す

1988.08

古里へ帰る鳥か朝日に真向うて二羽

箸持つ手の重く昨日の疲れ抜け切らぬ朝

夕陽に火照りレモン切る妻の艶めく

墓石一斉に夕日へ向いている花冷え

点滴につながれた命の極みを見つめる

私の命に確かな朝がきている

子を叱った夜の雨軒をたたき続ける

雲染める間の夕陽がとらえた街のスナップ

雨音五線譜にのせ退屈な夜を弾く

1988.05

読み返すことのない日記の十五年の重さ

少し疲れた冬夜のワイン赤い影もつ

妻の箸の椀に触れる音も病み上がり

1988.04

神棲む森に遊んだ少年期の痛む

梢かすかに揺らす黄昏の風のモノローグ

議論めくこともなくなり子を見せにくる友

何もかもうまくゆきそうな月夜の下駄鳴らす

セピア色の頁が風に踊る復古調の夕暮れ

1988.03

熱燗の首つまんで実はと切り出す

雑踏の中の無情な一人として靴鳴らす

花時計花盛り緩やかに季が巡る

1988.02

冬陽が斜めに切り取ってゆく病棟の一日

人気のない時間が夜の深みへ蛇行する街

犬の遠吠えが悲しげな冬空の満天の星

まなこ地を見据えて老犬病んでいる

不治の病人(ひと)見舞った日の妻強く抱く

色褪せた街の釘のような人影


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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平田栄一求道俳句1989年全作品  

1989年12月

言葉なく交わる夜のなにげない雨音

花のない夕暮れ暑く黙りがちな心持つ

嘘つけぬ唇にうすくさした紅

1989.11

世に問う理想あり青年ひたすら数式解く

不可解な世に首傾げて死んでいるカラス

吹かれる度止まり直す蝶の一途な生

骨壷いっぱいになって気丈だった亡母

交わりの後の無口な時間の遠く雷鳴を聞く

言った言葉に嘘はない蝉しきりに鳴く

1989.10

落葉がうるさい程舞い病押して勤めに出る朝

父亡くした生徒(こ)が穏やかに語る未来の夢

病む顔火照りどこかで乳飲み子の泣く声

渋滞の尾灯に連なり少し無理した今日の仕事

花びら指で摘んでプラトニックな少女の恋

1989.09

反古にしたい一日の更けて硬い爪切る

微熱ある視線にもの憂い都会の煤けた夕日

出世望まぬ妻に今朝咲いた花の名を問う

秋立つか椅子に引っ掛けた妻のスリップ

1989.08

とりどりの花咲き継ぐ街にサーカスが来ている

恋に恋した頃もあった洗い晒しのTシャツ

黙々と編み棒動かす横顔の妙に他人めく夜

平行線をたどる話の紫煙のゆるやかにのぼる

沈みゆく心を刻デジタルの青い点滅

わずかの酒に酔うて夢語る妻との週末

1989.07

他人事と割り切れぬ長い影引きずっている

春夜のとりとめもない話に食卓の花匂う

妻に憎しみ持つ夜の冷たい足

丸文字几帳面に並べる無口な青春の独白

ハンドル切ったまま雨に濡れてる三輪車

1989.06

妻子のいない休日の募金丁寧に断わる

酔った女の愚痴黙って聞いている猫背な影

春の陽地にあまねく心にとげのない一日

仕事にかまけた一日振り返り今年暖冬

参観日の手高く挙がり交通標語正しく言う

1989.05

茶を入れればどちらともなく恋人に返る冬夜

喪中の悲しい乳房まさぐる寒い夜

数珠つなぎの車横目にちんどん屋が通る

いさかえば妻に味方する子と男同士の約束

性別不明の手袋がはりついている雨の車道

1989.04

不眠の頭を通り過ぎる色のない羊

点滴はずされた母と妻だけの白い部屋

散らばった一日を日記に収めとにかく閉じる

こだわりを捨てたい青春の暴走夕焼け真紅

1989.01

夕陽の絡まる足元から秋色に染まり

煎り豆掌に転がして飲む酒の心に妬み持つ

一生をかけるものがないが口癖の男の長い影

予定のない一日小さな仕事終えて降り続く雨


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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平田栄一求道俳句1990年全作品  

1990年12月

失速する夏の夜の指紋乱れる

離人症の足に吸い付く夏のスリッパ

するめかみかみかみがわからぬ

娑婆の縁尽きた所蝶が生まれる

話遮って点けたライターの長い火

天をつかみかけて事切れた手

捨て置け捨て置け神が拾う

1990.11

辞書から抜け出た言葉の柔な生態

息をひそめた森が風の言葉を語る

折れちまったクレヨン 風の絵を

君のボルテージを上げて時に抗え

そっとうなじに触れ夜風が昇華する

1990.10

髑髏と核搭載タイムカプセル深く埋め

捨て置け 神が拾う

不発弾眠る杜の蝉しぐれ

陽を飲み込んだダリア 黙示録閉じる

麦鳴る地平に馬がいななく

昨夜の愛褪せ朝の微熱だ

口笛軽やかに少年の抱く鳩の温もり

1990.09

陽へくしゃみし己が生き様を嗤う

爆音パラパラ秋の陽が散る

世紀末かじる金喰い虫の歯音

更なノートの少女幾度の恋に破れ

気弱な月が刃色の線路をまたぐ

ためらいが胸にのしかかる青い稲妻

1990.08

白い花散る振り向かずに別れて行く

来ない女を待つブラック一杯分の夕陽

嵐呼びそうな雲の流れ逢いに行く

薄陽さす廃屋に木と人の匂い

誰もいない部屋にせめて花飾りたい秋

1990.07

進化論の神恋し人間空に穴あけた

春の旅の鞄軽く小さな本屋に立ち寄ったり

手指死人のように組み雨の夜の何思う事のない平安

雫となって春告げる雨に少女密かな決意もつ

花散らす雨が一日夕暮れの長いサイレン

燕が軒を掠めたり海辺の宿の明るい朝

1990.06

暮れ残る草匂う夏のどこかで捨て猫の鳴く

春の灯を消して月影柔らかなカーテンの襞

異性の噂にどっと沸いたり卒業近い春の日

1990.05

辛夷灯るように咲いて静かな始発の入線

手指死人のように組み夜の雨安らかに聞く

一徹だった父の靴のかかとの減り様

霧雨の傘深くさしかけて身重な妻の歩に合わす

淡雪窓に溶けてゆく膝の児の乳の匂い

詮ない話と背で聞いて暖にかざす手の裏表

捨て猫らしい声遠のいてゆく街の黄昏深くなる

茜色の空を背に人を待つ影折れて佇つ

1990.04

林檎ほのかに匂う部屋の恋文めいた妻の伝言

病室にともす早い灯へ蜉蝣の命透けている

聖夜の妻の吹き消したキャンドルつと匂う

人と折り合えぬ性悲し街に聖夜近づく

サイレン遠くカマドウマのじっと動かぬ寒い灯

1990.03

一日笑わぬ顔こそばゆく我がデスマスクを想う

背広てれりと吊し寝そべって聞く妻の繰り言

手相見にもう客がいて浅草仲見世師走の朝

夜霧に街の灯色褪せ諍い後の淋しさ

地味に髪まとめて厨の少し不機嫌な水音

残月淡くて昨夜愛確かめた手の少し汗ばんでいる

きゃしゃな背丸めて夜なべする妻は教師

1990.02

母の帰りを待ちわびていた子の冷たい手

小春日に野辺送る喪服の樟脳が匂う

秋雨に濡れてきて仕事の愚痴になった酒

煮物匂う夕暮れをバイク好きな青年寡黙

句作即ち祈りとなれ抱壷思う秋の夜

1990.01

晩秋の駅頭急ぐ人人の後ろ姿皆やさしい

寝込む程でもない風邪が長引き仕事ややマンネリ

見送る母のまなざしを背に言いそびれたこと

月明かりの別れ道君の気持ちを確かめたい

異人街炎昼 当てレコの景色が動く

ダリア咲き盛りひねもす女ピアノ弾く


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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平田栄一求道俳句1991年全作品  

1991年12月

なんでもそろってなにかと不自由

風鈴自在に朝の水中感覚

風に惑う朝の欲情

回廊の暗がりへ一族解体する

1991.11

午前零時の愛は分裂症的かもしれない

泊り明けの欲情炎天を帰る

陵に立つ稲妻 倭人の乳房揺れ

夜半通り雨 自画の森駆け抜け

精液の温もり程には愛の真実

月を射程に入れ非核都市のパラボラ

黙示録読み継ぐ放射能半減期

未定稿溜まる夜毎白い夢

返り血浴びて受験子花に埋もれ

聖夜言の葉降る S町某所にて

春に死す花のアンビヴァレンス

耳底へ降りてきた中年の足音

月満ちるとき花は花を忘れて咲く

中也の、ボードレールの夕陽から鳴呼一歩

春、カスタネットの口が蛇を噛む

酔客マンホールへ電気時計無音

1991.10

亡父の書棚ひそと原色人体図鑑

文学する月の体温掌にのせ

美醜あたためあたため雲と化す

私を遠巻きにして夜の蟻

君と噛むレモン 天地を引き入れ

クルス抱く無名氏に憧れてしまう

胡桃割る情死を月が予感する

無菌室に桜咲く夜の絶唱

昼酒のきくに任せて墓を掘る

身篭った女と、男の夜の死角

春歪む手擦れた遺書の膨張率

耳ある壁に吊す花の磔刑図

詩写三昧欠勤つづく参謀長

月夜の海体内時計遅れがち

モンタージュの顔ビルに密生する

アバ霊(たま)よ街から街を吹き抜ける

1991.09

原書重く夏型思考回帰する

背を丸め大正生まれの父である

春一番その日ヌードポスター豹変す

雲ひと日動かぬ地の狂人と化す

繚乱の街に神父ぬるい血を吐く

夕べ雲焼く空へ憎しみの緒を解く

蛇がのたうつ初夏のてのひら

時が満ちてくる地平線の初穂

1991.08

人間礼讃カナの遺書風に舞い

めくるめく夏失楽園の我が生業

ポストの隙間から我が家を覗く

風、子を叩く父を破門する

春雷の行間に神遊ぶ

春しぐれ 鉄錆に酔う

1991.07

言葉のバベル ファジー論持てはやす

朝、行きずりの葬列に微笑がある

陶器片、風すさぶ地のその昔

菜の花発光 細密描く手が震え

行き倒れてどぶの星空怒涛

ティシュ抜く一枚の饒舌な夜

ルーチンはねた短日に斜線

1991.06

未決囚が笑う月夜のオカリナ

ティッシュ抜く一枚の奔放な夜

ふやけた朝の二十四時間ショップ

轟々父焼かれる日の振る舞い酒

卑弥呼伝説 要塞に鳩を置く

冬帽吊す天の糸無限

戦禍告げる無言の速報文字

黒い雨苦よもぎ萌えいづる

高圧流れる街のストイックな夜

蛍光灯唸る二日酔いの人体図

A型の自問自答 マリモ浮沈する

二又を西へ東風先駆ける

素粒子の胃の腑の街を棲家とす

神が身投げした不凍湖の夕陽

春夢にレ点打つ魚眼こぼれる

失踪する夏夜の指紋乱れる

花びら舞う道で神隠し

ひと筆書き連ねよ子の振り子

パズルめく冬へ白蛾泳がす

呑んべと下戸が居並ぶ人祖(アダム)の縁

1991.05

稲妻射す街の塑型 鳥の首がのびる

冬ざれの白い陽へ吹く変調ラッパ

聖夜をはみ出たマリオの肢体

書き上げた右手の寒さ煙草を切らす

自画いりませんか捨て場さがしてる

毅然と夜のしじまの白い球体

1991.04

過労死認定セズ花曇リノ朝ノ常夜灯

風の死角で草笛吹くとき眩暈

人焼く匂い憶え霧の貨車失踪

神への不信きしきし風笑う

子を連れた女が訪うキリストの系図

1991.03

一日を細切れにして夕べ不整脈打つ

轢死体そのまま冬の街を結紮する

薬の匂い沁みついた父の軍属談

反古焼く匂い鼻にし朝の決意ゆらめく

心の定点越えそう乾いたマッチ擦る

十三階のしじま留守録ビデオ廻り出す

1991.02

失業中きのうと同じカーテンの位置

仮面脱いだ二十五時の客

解読不能幾何学の街並閉じたまま

無口な女の酒匂う鬼の館という店

へのへのもへじが黙殺した風の証言

闇からくわえてきた春の体臭

1991.01

過不足なく働き、何か足りない

告白に揺れる鳥のいない鳥篭

約めた生がガラス透かす蝶の標本

父を呪った日から詩が生まれる

不埒な影が月の負圧に閉じた耳

地下室凍結卵ねむる 脚本ページ白い

カードにのびた触角が明日を占う


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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平田栄一求道俳句1992年全作品  

1992年12月

発狂寸前夕日が落ちた

1992.11

人影北へ伸び対称形が崩れていく

どこまで続く0を、塗り潰して朝

落日の南風 星をねんごろに抱く

ぐるぐる巻きの包帯オブジェ朝を待つ

散文的朝、韻文的夜

1992.10

墓穴に毛髪ひかる教皇無謬説

投下時刻 風鈴じっと耐えている

覆面党員に冬 金平は甘く煮る

陣痛遠のく百日紅に長い落日

乳飲み子が遠目に見ている磔刑図

愛しきコトバ積み上げバベルの塔

不随筋ヒキツリ朱イ都会(まち)を往く

剛毛が貼りつく倒立の絵鏡かな

拡散する闇へ螺旋階段昇り詰め

インシュリン注す暗い血管花暦

月 等身の影を踏む

始祖鳥飛ぶ交差点イエス振り向く

1992.09

棺桶のなか目覚し時計鳴り止まず

舌点々地に蒔きゴルゴダの朝無風

酸性雨の街ナデシコばかりが繁茂する

月は朧に吾が遺影を抱く

稲妻射す茶室のこけし金縛り

ネオン反芻し都会が肥えてゆく

墓原にて愛語つぶやく胎教

国人の背信身ぐるみ海に捨て

槌音返す真昼野 神失う

人柱が細る都会(まち)の酸性雨

春夜首つりのコード物色する

家系図を背負(しょ)い祖父(イワン)さすらう

1992.08

比較級 女と五感は埒外に

脳死の血流処女地へ迂回する

列に割り込むトラック演歌にノッテル

人はかならず死ぬもの 指のささくれ気になる

子供預けて出た二人に街の灯艶めく

匿名の主人絶えて鳥孕む

利き耳立ててる街路樹 人間不信

霧に倦む樹海 蝸牛の絶唱

聞かざる耳 都市に息づく

第三惑星絶対0度へ旅立つ

汐の匂い纏うて同胞(はらから)を背負(しょ)う

後向きの暴走ニッポンジン

咽頭痛 ミサイル酸性雲をくぐる

1992.07

短命だった友へ長い弔辞

光年を飛ぶパルス旧約の神は宣うや

逃避行こがらし暗夜を先駆ける

斜径45゜テストペーパー彷徨する

VOL1完結無糖無害のウーロン茶

まがい物つかんで下りた夜のとばり

1992.06

鉄扉の軋み澱んだ時間を醒ます

月 背中で祈る

亡父を語る生徒(こ)の膝に置いたかたい拳

失地回復 股間にボレロ感じつつ

病人の匂い纏うて月うるむ

水無川に捨てた髑髏からリラの花

崖下に譜面漂う静かの海

こがらし闇夜を祈りはじめた

六月のキリストの神遊ぼうよ

流竄の霧積む末法工場地帯

星を呑む闇をおずおず神が抱く

コトバ身篭る聖夜 海黙す

左右空席 夜の逃避行

1992.05

死を生きよとドラセナの木が申します

夜は又ひとつの悪事に手を染める

秋、ボールと月の引力見えてくる

淋しい女の顔が長くなる

やすやすと御言葉の沁む雪しんしん

1992.04

積み上げた書類の山へ晒し首

精子揺籃期 朝のトマトまるかじり

屍にからくりはないサタンの弾痕

荒れ野にて母と女が交錯す

月残るインポテンツな朝です

1992.03

草原にギター捨てられ朝の縊死

なにくれとシンドロームの兆し激辛喰う

結氷期間近 俺 声にならぬ遠吠え

終電コトコト自殺願望遠のく

プチブルな夜の構図テーブルを泳ぐ

サタンのおとがい外れて創世紀

テレビ高笑う日本列島まゆごもり

1992.02

病苦の一生燃えつき骨壷の温もり

バッタ片足捨てて江戸川界隈

さるすべり零れる日輪の危うい位置

跛行カマキリ黄昏の死相つかみ来る

冬台風ビル街にα波混入せり

朝、秒針が撫でる国道のゼブラ

鋭角の時を刻み思想歩み寄り

DINKSやもめ足音静かな住人達

天国泥棒 邪な蛇のマニフェスト

煮こごり震え衣裳哲学体感する

幸福の木から萌え出た継母(はは)の手

隠語伝令する神経ニューロン停止

1992.01

花にかざす手 隣人に怯え

いつも遅れてくる青年昭和去く

黄昏に染まりハムレット終幕

相乗りしませんか 夜は長いのです

自画像笑む アンチークな椅子の脚線美

花崩れ 異人街炎昼

黄昏に置くレモン風台風沖へ去り


category: 平田栄一求道詩歌(2)

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